赤い獅子と淑女

あーす。

文字の大きさ
21 / 44
オーガスタスの介抱

オーガスタスの介抱 1

しおりを挟む
 翌日、マディアンは階下で妹達の歓声が響くのを聞いた。
「ギュンター様は?
ご一緒じゃないの?!」

暫くして、ノックが聞こえ
「どうぞ」と言うと、扉が開いて…オーガスタスが、花を持って入って来る。



赤い、薔薇の花束。
「…左将軍に注意されたが…もっとその…優しい色の花がいいと。
だが他に無くて…」

マディアンはその大きな男が、困ったように言い訳するのに、くすくすと笑う。

「それに…あんたに嫌われるようにする。
と約束したから…」
「赤い薔薇も、大好きよ?」

オーガスタスは、失敗した。と言うように項垂(うなだ)れて室内に入り、花束を差し出した後、手紙を手渡す。

マディアンは花束を受け取り、差し出された丸めた羊皮紙を手に取ると、蝋印(いんろう)の付いた紐を解いて、広げる。



左将軍ディアヴォロスからの書状で、中には丁寧に不手際(ふてぎわ)についての詫(わ)びが書かれていて、その後(のち)

“オーガスタスの不手際なので、彼を貴方のお体が回復するまで、私の職務から外し、貴方の専属に配置致しました。
ご不自由かと存じますが、その男に何なりとご命令され、回復に努めて下さい”

と書かれてあって、マディアンは室内で突っ立つ、オーガスタスを見つめる。

オーガスタスは俯くと、ぼそり。と言った。

「左将軍から、君が動き回れるようになるまで、君の側を離れず面倒を見るように。
と言い渡されてきた」
「書状にも、そう書かれているわ」

オーガスタスはそれを聞いて、俯き加減に顔を下げる。

マディアンはオーガスタスの、少ししょげた様子に、不安になって尋ねる。
「あの…ご命令されて無理に嫌な事をしていらっしゃるなら、私の方から左将軍様に…」

「この男は貴方に気があって、深入りするとマズい。
と思ってるから、困ってる」



ふいに戸口からの声で、マディアンもオーガスタスも、室内に許可も取らず入って来た男を見つめる。

「…ローフィス…」
オーガスタスの呻く声で、彼は知人なのだと、マディアンに解った。

金に近い明るい栗毛の、青い瞳が印象的な爽やかな青年。
軽やかに微笑むと、寝台のマディアンに視線を投げる。

「この男はこの通り、力があるので貴方をご希望の場所に運びます。
私は、貴方が必要な物を調達する係」

そう言われて、マディアンはオーガスタスからしたら小柄な、けれど男性としては長身な、ローフィスと呼ばれた青年を見つめる。

「貴方も…左将軍の部下でいらっしゃるの?」

問われて、ローフィスは軽やかに微笑む。
「ああ失礼。
自己紹介がまだでしたね。
近衛で隊長をしている、ローフィスと申します。
この男とは級友で。
左将軍はそれを知っていて、この男の不手際の後始末の手伝いを、私に依頼しました。
ご覧の通り…」

言って、ローフィスはオーガスタスの横に来ると、うんと上にあるオーガスタスの肩に手を乗せ、オーガスタスを見つめる。
「非常に男らしいんですが、ご婦人の事には気が回らない」

「…私に気があると、世話をするのに困られるんですか?」
マディアンがローフィスに尋ねた途端、オーガスタスは顔を、俯ける。

ローフィスはそれを見ながら、朗(ほが)らかに笑う。

「この男は戦場では滅法強く、大層勇敢ですが。
その…女性の涙に、致命的(ちめいてき)に弱くて。
近衛の男が命を亡くすと、残された妻や家族が涙に濡(ぬ)れるのを、幾度も見ているので。
それで真剣に女性と付き合う事を、怖がっているんです」

マディアンは目を見開き、思わず叫んでしまった。
「怖がって…いらっしゃるんですか?!」

オーガスタスが睨(にら)む中、ローフィスはそれでも大きく頷(うなず)き
「ましてや貴方は、淑女の中の淑女。
更にとても心の暖かい、お優しいお方に見える。
そんな女性は、この男で無くとも悲しませたく無いと思うものです。
現に、私だって
“命の危険大きい、近衛の騎士等選ばず、他の連隊騎士を選ぶべきだ”
…そう思うくらいですから、女性の涙に死ぬ程弱いこの男が、私以上に思うのも、無理無い事だと思われませんか?」
そう、微笑む。

マディアンはローフィスの軽快な口調に、思わず内心ウキウキしつつも、尋ねる。
「…まあ…!
私…そんなにこの方の、弱味を突いてしまったのかしら?」
ローフィスは大きく頷く。
「ご自身か近衛か。
彼は選ぶ日が来る。
と、貴方を避けている。
つまりそれ程…」

「ローフィス。いい加減口閉じろ!」
オーガスタスの叱咤(しった)にも、ローフィスは悪びれなく肩を竦(すく)める。

「真実だから、怒ってる」

オーガスタスはもう、頭を抱えていて。
それでもにこにこ笑うローフィスに、マディアンは微笑み返す。

「では私、それほどまでに彼に好かれてる。
と思って、いいのかしら」

ローフィスは、答える必要があるのか?
とオーガスタスの、頭を抱える様を指差して、肩竦めて見せる。

マディアンがいっぺんに笑顔になり、ローフィスはますます笑い、オーガスタスは頭を抱えたまま、顔を上げられなかった。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

悪役令嬢のビフォーアフター

すけさん
恋愛
婚約者に断罪され修道院に行く途中に山賊に襲われた悪役令嬢だが、何故か死ぬことはなく、気がつくと断罪から3年前の自分に逆行していた。 腹黒ヒロインと戦う逆行の転生悪役令嬢カナ! とりあえずダイエットしなきゃ! そんな中、 あれ?婚約者も何か昔と態度が違う気がするんだけど・・・ そんな私に新たに出会いが!! 婚約者さん何気に嫉妬してない?

冷徹公爵の誤解された花嫁

柴田はつみ
恋愛
片思いしていた冷徹公爵から求婚された令嬢。幸せの絶頂にあった彼女を打ち砕いたのは、舞踏会で耳にした「地味女…」という言葉だった。望まれぬ花嫁としての結婚に、彼女は一年だけ妻を務めた後、離縁する決意を固める。 冷たくも美しい公爵。誤解とすれ違いを繰り返す日々の中、令嬢は揺れる心を抑え込もうとするが――。 一年後、彼女が選ぶのは別れか、それとも永遠の契約か。

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

婚約者の幼馴染って、つまりは赤の他人でしょう?そんなにその人が大切なら、自分のお金で養えよ。貴方との婚約、破棄してあげるから、他

猿喰 森繁
恋愛
完結した短編まとめました。 大体1万文字以内なので、空いた時間に気楽に読んでもらえると嬉しいです。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

処理中です...