22 / 44
オーガスタスの介抱
オーガスタスの介抱 2
しおりを挟む
午後、マディアンはオーガスタスに抱き上げられ、庭のあずまやで、陽を浴びる緑の木々と、咲き誇る花を眺めながら、心地良く吹く風に微笑を浮かべた。
オーガスタスは気づいたように
「肩掛けを取って来る」
とその場を外し、ローフィスは盆にティーセットを乗せて、マディアンの目前の石でできたテーブルの上に置き、カップにお茶を注ぎ始める。
ローフィスの差し出す、カップの乗った皿を受け取り、マディアンは尋ねた。
「本当に、そうお思い?
あの方が…私に気があると」
ローフィスは気づくと、真顔で言った。
「私は長く彼の友人をしている。
彼は貴方を“高嶺の花”だと思ってる。
彼の、生い立ちをご存知ですか?」
マディアンは、頷く。
ローフィスはその青い瞳を透けて陽に浮かび上がらせ、マディアンを真っ直ぐ見つめる。
「それでも貴方は、彼を侮蔑(ぶべつ)しない?」
マディアンは少し、悲しくなった。
「きっと…私では想像もつかないほど、過酷な体験をされていらっしゃったんでしょうね」
ローフィスは真顔で。
それでも低く抑えた、声音で告げた。
「たった五歳の時に。
自分の亡くなった両親の、布に巻かれた遺体が、地に掘った穴に滑り落とされていくのを。
奴隷小屋の窓から、見たそうです」
マディアンはそれを聞いて、カップを持つ手が一瞬で震った。
ローフィスが見ていると、みるみる内にマディアンは涙ぐんで、俯く。
「あの…ごめん…なさい…」
ローフィスは無言でハンケチを取り出し、差し出す。
涙を拭うマディアンを見つめ、そっと言った。
「人にそれが言えないほど…本当は深く傷付いてる。
時折…彼が戦場で、あの赤い髪を靡(なび)かせ戦う姿を見ると。
彼の心の内が、大変な傷を負っていて…その、痛みを忘れる為に剣を振っているのでは。
と錯覚(さっかく)する程です」
マディアンはようやく、涙を堪(こら)えて、聞き返す。
「…貴方は…彼と長くお友達でいらっしゃる?」
ローフィスは俯く。
「出来るだけ、彼の本心を聞きだそう。
とはしていますが…口では否定しているものの…。
あの男は無意識に両親の元へ、行きたがってる」
「つまり…天国へ…ですか?」
ローフィスは見惚れるほど綺麗に微笑むと、言った。
「そうです」
マディアンは、戸惑ったが尋ねてみた。
「貴方は…どうお思い?」
「彼に、誰より幸福になって欲しい」
「つまり…天国へ行って欲しいのですか?」
ローフィスはその時、顔を上げて真っ直ぐ、マディアンを見つめる。
「私の思い込みかもしれないが…。
死者を追いかけ、生を捨てても。
彼の両親は、喜ばないと思う。
私の我が儘を言えば、彼に、決して命を捨てて欲しくない」
マディアンは、顔を揺らした。
先日、オーガスタスと話した際、彼が言っていた
“死んで欲しくない”
と思ってる級友とは、ローフィスの事だ…。
そう、思い当たって。
そんなマディアンを見ながら、ローフィスは言葉を続ける。
「左将軍は、その辺の所は解っている。
だから私を寄越した。
彼を、自身の気持ちと、向き合わせる為に。
あいつは…」
ローフィスは少し、居ずまいを崩すと、ぼやく。
「自分が貴方をふれば、一時(いっとき)貴方は悲しむ。
が、自分が貴方に“愛してる”と告げて深く付き合った後、自分が死んで、貴方が長く悲しむよりマシ。
とか、計算してる。
計算で人の感情がどうこう出来るなんて、ナメきってませんか?」
マディアンはそう、少し軽やかに告げるオーガスタスの親友に、微笑んだ。
「ナメきってますわ!」
「淑女にこう言うのも何ですが…」
マディアンが彼の言い出す言葉を、目を見開いて、待つ。
「貴方に迫られたりしたら、あの男はオタついて、決して逆らえません」
片目瞑(つむ)ってウィンクされ、マディアンは心から、微笑(わら)った。
ローフィスは、同様オーガスタスに死なれたくない。と思ってる、同志のようにマディアンを見つめ、マディアンも彼を見つめ返し、頷く。
オーガスタスが、ゆっくり…歩を運び、やって来て。
自分に振り向く二人を見つめ、心から怖気(おぞけ)て囁(ささや)く。
「…二人で何か…。
俺を陥(おとしい)れる謀(はかりごと)を、してないか?」
ローフィスは大袈裟(おおげさ)に肩を竦め、マディアンは声を上げて微笑った。
間もなく、食事を告げる四女、アンリースの声に、オーガスタスはマディアンに寄ると、彼女を抱き上げようと、身を屈める。
マディアンは彼の首に腕を回し、危なげなく抱き上げられて。
とても安心で。
やっぱり彼の事が、大好きなんだと自覚した。
ローフィスはそんな彼女の心が、分かってるみたいに横を歩きながら、にこにこと微笑んでいた。
オーガスタスは気づいたように
「肩掛けを取って来る」
とその場を外し、ローフィスは盆にティーセットを乗せて、マディアンの目前の石でできたテーブルの上に置き、カップにお茶を注ぎ始める。
ローフィスの差し出す、カップの乗った皿を受け取り、マディアンは尋ねた。
「本当に、そうお思い?
あの方が…私に気があると」
ローフィスは気づくと、真顔で言った。
「私は長く彼の友人をしている。
彼は貴方を“高嶺の花”だと思ってる。
彼の、生い立ちをご存知ですか?」
マディアンは、頷く。
ローフィスはその青い瞳を透けて陽に浮かび上がらせ、マディアンを真っ直ぐ見つめる。
「それでも貴方は、彼を侮蔑(ぶべつ)しない?」
マディアンは少し、悲しくなった。
「きっと…私では想像もつかないほど、過酷な体験をされていらっしゃったんでしょうね」
ローフィスは真顔で。
それでも低く抑えた、声音で告げた。
「たった五歳の時に。
自分の亡くなった両親の、布に巻かれた遺体が、地に掘った穴に滑り落とされていくのを。
奴隷小屋の窓から、見たそうです」
マディアンはそれを聞いて、カップを持つ手が一瞬で震った。
ローフィスが見ていると、みるみる内にマディアンは涙ぐんで、俯く。
「あの…ごめん…なさい…」
ローフィスは無言でハンケチを取り出し、差し出す。
涙を拭うマディアンを見つめ、そっと言った。
「人にそれが言えないほど…本当は深く傷付いてる。
時折…彼が戦場で、あの赤い髪を靡(なび)かせ戦う姿を見ると。
彼の心の内が、大変な傷を負っていて…その、痛みを忘れる為に剣を振っているのでは。
と錯覚(さっかく)する程です」
マディアンはようやく、涙を堪(こら)えて、聞き返す。
「…貴方は…彼と長くお友達でいらっしゃる?」
ローフィスは俯く。
「出来るだけ、彼の本心を聞きだそう。
とはしていますが…口では否定しているものの…。
あの男は無意識に両親の元へ、行きたがってる」
「つまり…天国へ…ですか?」
ローフィスは見惚れるほど綺麗に微笑むと、言った。
「そうです」
マディアンは、戸惑ったが尋ねてみた。
「貴方は…どうお思い?」
「彼に、誰より幸福になって欲しい」
「つまり…天国へ行って欲しいのですか?」
ローフィスはその時、顔を上げて真っ直ぐ、マディアンを見つめる。
「私の思い込みかもしれないが…。
死者を追いかけ、生を捨てても。
彼の両親は、喜ばないと思う。
私の我が儘を言えば、彼に、決して命を捨てて欲しくない」
マディアンは、顔を揺らした。
先日、オーガスタスと話した際、彼が言っていた
“死んで欲しくない”
と思ってる級友とは、ローフィスの事だ…。
そう、思い当たって。
そんなマディアンを見ながら、ローフィスは言葉を続ける。
「左将軍は、その辺の所は解っている。
だから私を寄越した。
彼を、自身の気持ちと、向き合わせる為に。
あいつは…」
ローフィスは少し、居ずまいを崩すと、ぼやく。
「自分が貴方をふれば、一時(いっとき)貴方は悲しむ。
が、自分が貴方に“愛してる”と告げて深く付き合った後、自分が死んで、貴方が長く悲しむよりマシ。
とか、計算してる。
計算で人の感情がどうこう出来るなんて、ナメきってませんか?」
マディアンはそう、少し軽やかに告げるオーガスタスの親友に、微笑んだ。
「ナメきってますわ!」
「淑女にこう言うのも何ですが…」
マディアンが彼の言い出す言葉を、目を見開いて、待つ。
「貴方に迫られたりしたら、あの男はオタついて、決して逆らえません」
片目瞑(つむ)ってウィンクされ、マディアンは心から、微笑(わら)った。
ローフィスは、同様オーガスタスに死なれたくない。と思ってる、同志のようにマディアンを見つめ、マディアンも彼を見つめ返し、頷く。
オーガスタスが、ゆっくり…歩を運び、やって来て。
自分に振り向く二人を見つめ、心から怖気(おぞけ)て囁(ささや)く。
「…二人で何か…。
俺を陥(おとしい)れる謀(はかりごと)を、してないか?」
ローフィスは大袈裟(おおげさ)に肩を竦め、マディアンは声を上げて微笑った。
間もなく、食事を告げる四女、アンリースの声に、オーガスタスはマディアンに寄ると、彼女を抱き上げようと、身を屈める。
マディアンは彼の首に腕を回し、危なげなく抱き上げられて。
とても安心で。
やっぱり彼の事が、大好きなんだと自覚した。
ローフィスはそんな彼女の心が、分かってるみたいに横を歩きながら、にこにこと微笑んでいた。
0
あなたにおすすめの小説
踏み台(王女)にも事情はある
mios
恋愛
戒律の厳しい修道院に王女が送られた。
聖女ビアンカに魔物をけしかけた罪で投獄され、処刑を免れた結果のことだ。
王女が居なくなって平和になった筈、なのだがそれから何故か原因不明の不調が蔓延し始めて……原因究明の為、王女の元婚約者が調査に乗り出した。
旦那様、そんなに彼女が大切なら私は邸を出ていきます
おてんば松尾
恋愛
彼女は二十歳という若さで、領主の妻として領地と領民を守ってきた。二年後戦地から夫が戻ると、そこには見知らぬ女性の姿があった。連れ帰った親友の恋人とその子供の面倒を見続ける旦那様に、妻のソフィアはとうとう離婚届を突き付ける。
if 主人公の性格が変わります(元サヤ編になります)
※こちらの作品カクヨムにも掲載します
さようならの定型文~身勝手なあなたへ
宵森みなと
恋愛
「好きな女がいる。君とは“白い結婚”を——」
――それは、夢にまで見た結婚式の初夜。
額に誓いのキスを受けた“その夜”、彼はそう言った。
涙すら出なかった。
なぜなら私は、その直前に“前世の記憶”を思い出したから。
……よりによって、元・男の人生を。
夫には白い結婚宣言、恋も砕け、初夜で絶望と救済で、目覚めたのは皮肉にも、“現実”と“前世”の自分だった。
「さようなら」
だって、もう誰かに振り回されるなんて嫌。
慰謝料もらって悠々自適なシングルライフ。
別居、自立して、左団扇の人生送ってみせますわ。
だけど元・夫も、従兄も、世間も――私を放ってはくれないみたい?
「……何それ、私の人生、まだ波乱あるの?」
はい、あります。盛りだくさんで。
元・男、今・女。
“白い結婚からの離縁”から始まる、人生劇場ここに開幕。
-----『白い結婚の行方』シリーズ -----
『白い結婚の行方』の物語が始まる、前のお話です。
彼女の離縁とその波紋
豆狸
恋愛
夫にとって魅力的なのは、今も昔も恋人のあの女性なのでしょう。こうして私が悩んでいる間もふたりは楽しく笑い合っているのかと思うと、胸にぽっかりと穴が開いたような気持ちになりました。
※子どもに関するセンシティブな内容があります。
幽閉王女と指輪の精霊~嫁いだら幽閉された!餓死する前に脱出したい!~
二階堂吉乃
恋愛
同盟国へ嫁いだヴァイオレット姫。夫である王太子は初夜に現れなかった。たった1人幽閉される姫。やがて貧しい食事すら届かなくなる。長い幽閉の末、死にかけた彼女を救ったのは、家宝の指輪だった。
1年後。同盟国を訪れたヴァイオレットの従兄が彼女を発見する。忘れられた牢獄には姫のミイラがあった。激怒した従兄は同盟を破棄してしまう。
一方、下町に代書業で身を立てる美少女がいた。ヴィーと名を偽ったヴァイオレットは指輪の精霊と助けあいながら暮らしていた。そこへ元夫?である王太子が視察に来る。彼は下町を案内してくれたヴィーに恋をしてしまう…。
どうぞお好きになさってください
みおな
恋愛
学園に入学して一ヶ月。
婚約者の第一王子殿下は言った。
「学園にいる間くらい自由にさせてくれないか。君が王太子妃になることは決定事項だ。だから、せめて学園に通う二年間は、僕は恋がしたい」
公爵令嬢はその綺麗な顔に冷酷な笑みを浮かべる。
「好きになさればよろしいわ」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる