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第七章『過去の幻影の大戦』
『闇』との戦い
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テテュスは気が気じゃなかった。
先のアルファロイスはもう人間を越え、ペガサスに乗っているような飛ばし様。
ギュンターもその後を、よく遅れず付いて行く。
このままでは遅れる…!
が、背後のレイファスのその身は、飛ばす乗馬に付いてこられる状態じゃ無い。
ヘタをしたら振り落としてしまう…!
テテュスは瞬時にレイファスの、背後から胴に回された腕を振り解くと、右足を高く振り上げ、レイファスの頭上抜け背後を回って左側へ下ろす。
鐙にかけた左足一本で姿勢を支え、殆ど馬の左腹に、垂直に張り付く格好。
が直ぐ左の鐙にかけた左足を軸にし、右足一瞬地に着けその反動で振り上げ、今度はレイファスの背後へと跨がり乗って、レイファスの胴を背後から腕回し掴み
「ハッ!」
と声出し一気に拍車かけて馬をせかす。
ゼイブンは斜め後ろで、その鮮やかな移動見、思った。
「(…流石、アイリスの息子…。
光の塔付き連隊なんて、もったいなさ過ぎる………)」
ギュンターは歯を、食い縛った。
今やアルファロイスは自分同様呪文唱えている筈なのに、置いて行きかねない早さで突っ走って行く。
瞬時に背後から追い抜かれ、見るとファントレイユが凄まじい早さの右将軍に、追い縋っていた。
最早ファントレイユは率いる隊等そっち退けで、アルファロイスに併走し、戦場へとひた駆ける。
ギュンターは『小僧っ子が…!』と歯ぎしりした。
が…ウェラハスが瞬時に言葉を投げかける。
“いけません…!
貴方は傷を負った身なんですよ?
その消耗…そして呪文の消耗が無ければ、彼らに並べます!”
ギュンターはいきり立った。
“が二人は回路を支えてる!”
ウェラハスは断固として言った。
“が、貴方より明らかに消耗は少ない!
ここに…囚われてる時間が貴方より、うんと短いんですからね!!!”
言われて現在のウェラハスの境遇がハッキリ…と脳裏に浮かび上がる。
暗い…黒い靄に被われ、魔の枝胴に巻き付けられ、動く事の敵わぬ…その姿!
ギュンターはぎり…!と唇噛んだ。
“あんたは…?
助っ人が、必要じゃ無いのか?!”
いつもの力満ちたウェラハスと比べ、彼は弱ってるように感じられて、そう問う。
が、返って来た返答は予測道理。
“私は、大丈夫”
ギュンターは一瞬、そんな状況下なのに自分を気遣ってくれる、ウェラハスに心からの感謝捧げた。
ファントレイユはほぼ横に並んだかつての右将軍が、その口動き呪文唱えてるのを見た。
が、アルファロイスの脳裏には、レアル城より白煙蹴立て、襲い来る敵の軍勢。
それだけに視線注ぎ睨め付け、無意識に馬駆ってる。
ギデオンの父親。
その、懐の広さと存在の大きさ。
仲間を想う、熱烈な思慕だけが彼を無意識の内に動かし続け、そして意識在るアルファロイスこそが、その無意識の衝動に身を添わせ一丸と成り、宙を飛ぶように駆ける。
その、常軌を逸する尋常を遙かに超えた猛速…!
が、ファントレイユも同様見据えた。
戦場に居るのはギデオン…!
今迄幾度もその側に、常に駆け寄り彼の命を、護って来た…!
失われては成らない、大切な存在…!
横の…アルファロイス亡き後、近衛の悲惨さを思い知っていた。
だから…アルファロイスの熱意をその血に受け継ぐ、ギデオンを護り続けた。
ギデオンは…父同様、激烈に戦って死ねればそれが本望…!
そう言わんばかりにどれだけの敵相手でも保身捨て、真っ先に斬り込んで行ったから…!
“幾ら幻影と言えど、これ程状況が厳しければ…!”
ギデオンは再び、自分の命捨て去る無茶を、しかねない…!
気づくとアルファロイスと併走し、戦場に同様の速度で、突っ走っていた。
ギデオンの…背をその命を…護る為に…!
“来るぞ…!”
ワーキュラスの声で、ディアヴォロスが振り向く。
オーガスタスは今だ黒い靄覆い尽くされる身の内で、戦力に成れぬ自分に歯噛みしその身、震わす。
レイファスの泣き出しそうな呪文に、ローフィスがなだめるように身を添わせ、オーガスタスに心話で怒鳴り付ける。
“お前は自分の敵に集中しろ!!!
…解ってないが!
『闇の第二』は戦場多数の騎士なんかより、数倍手強いんだぞ!!!
…数百倍かもだ!
そんな相手だ!戦闘放棄には決して成らない!
むしろ…それだけ『闇の傷跡』付けて『闇の第二』を追い払えたら!
お前は英雄だ!”
が、オーガスタスは怒鳴り返した。
“英雄ってのは自分護ったくらいじゃ、貰えない称号なんだぞ!”
アイリスが即座に割って入る。
“君が死なず『闇の第二』を追い払えたら!
それだけで皆の命救ったも同然だ!
ムストレスは絶対君らを殺さない!
自分の命が可愛いからだ!
聞いてるか?!
絶対君らを、殺す訳に行かないんだ!”
が、突然メーダフォーテがその声に、割り込んで大声で怒鳴った。
“ムストレスはな!
が、『闇の第二』は違う!
奴は大事な手駒、ディスバロッサがここで滅び去ろうと、ディアヴォロスを殺したいんだ!!!”
ディアヴォロスが、ディスバロッサの名を聞き瞬時に顔、揺らす。
アイリスはワーキュラスの中でそれを見、しまった…!
と舌打ちし、メーダフォーテに怒鳴り返す。
“こっちの事は私の管轄だ!
君は君の責任でムストレスと『闇の第二』を説得しろ!
助かりたいんなら、それこそ必死になるんだな!!!”
『光の国』の神の、荘厳な声でアイリスにそう怒鳴られ、メーダフォーテは不服そうに、自分を引っ込めた。
馬車の中でアシュアークが一気に、息吹き返す。
「メーダフォーテが居るのか?!
どこだ!
俺が叩っ斬ってやる!!!」
オーガスタスはローフィスに叱咤され、ぎり…!と歯ぎしりして顔上げ、黄金の瞳で敵睨め付ける。
相変わらず宙に在るその黒い靄の中に魔は身を沈め、心を喰らい尽くそうと、隙伺い続ける。
古傷から這い上がって来た魔が見せたのは…暗く汚い室内…。
牢獄のような、かつての奴隷宿舎だった。
…俺はそこで全身の傷から血吹き出し、呻いていた…。
“夢”…か。
俺を背に庇う主…など……居る、筈も無い………。
深手負い、主を庇いきれず掠り傷を付けたと…護衛の身を追われ程無く…。
金も無くなり…今再び奴隷宿舎で寝暮らしながら、見せ試合でようやく…小金にありつく有様………。
僅かな金で酒を買う事だけが…痛み忘れる手段…。
酒が切れると途端、傷痛み出す…。
なんとか試合に勝っても…傷が増えるだけ…。
もう…どれだけ傷負えば、死ねるだろう…。
昨日、橋の上で氾濫する川眺め思った。
逆巻き渦生ずる暴れ狂った濁流。
今…身を投じるんだ。
そうすればもう…戦い傷を負い…痛みなだめるしか無い、惨めな人生を…終えられる………。
俺は…どうしたっけ…。
そうだ…その時響き渡った。
心に。
俺の名を呼ぶ声が。
自分は幻影じゃ無いと…!
“オーガスタス!”
その、確かな存在感!
その声は、光そのものだった。
黄金に光り、俺の心照らした…。
“…ディアヴォロス………!”
闇に覆い尽くされ、喰われかけた俺は身を起こす。
惨めな幻影見せる幻に、笑ってやった気がする。
“それが、どうした?
痛むのは…生きてる証拠だ!”
魔は呻いた。
“だとしてもお前は俺のものだ…!
そうである限り、苦痛からは逃れられぬぞ!”
痛かった…。
幾度も襲い来る激痛で、気を失いかけるとだが…今度はローフィスが、来た………。
温かい…その手で傷に触れる。
すると…痛みが消えた。
ああ…お前はいつも…そんな風に必死だったな…。
一度も…言った事が無いのは…諦めてるからか?
それとも俺が俺らしく無くなると…遠慮したのか?
だが…言いたかったんだろう?本当は………。
『無茶は控えろ!
生き方を変えろ!
死に、急ぐな…!!!』
…お前が泣き顔でそれを言ったら…多分俺はお前の意向に添う。
けどお前は、本来の俺が俺を無くす…それが…嫌で…。
自分が枷に、成りたくなくて、今迄言わなかったのか…………?
ローフィスが無言で告げた。
“お前が…お前らしくなくなったら………。
多分俺は自分のした事の大きさに愕然とする…。
自分に失望したくなかった。
惨めだからな…。
お前の命は当然無くしたくなかったが、同時に、お前らしいお前も…俺は失いたく、無かった………”
オーガスタスはローフィスから零れ来る、金の情愛を、微笑って受け取った。
真の親友が…居るとしたらお前だ。
そんな友は宝物より価値がある。
ローフィスは無言で、頷く。
そして…ローフィスが引くと今度はレイファスだ。
子供じゃなく、もう青年の表情で…ひどく生真面目な顔し、張り詰めていた。
“オーガスタス。
絶対あんたに借り返す。
じゃないと俺は…!”
“一人前に成れない?”
そう聞き返してやったら…レイファスは顔をくしゃっ!と歪め、泣く。
…なんだ。餓鬼の頃と変わってないな?
そう言って頭をなぜてやると…レイファスは無言で抗議した。
空中に張り付く、巨大な黒い靄。
それを指し示し……。
それを感じた時、悟った。
自分を背に庇う、主は存在する。
が、この先死ぬ迄苦痛しか訪れないのは…あいつが居続ける限り確かなのだと…………。
けれど…。
確かで心強いローランデが…。
王族の癖して心配極まりない情けない表情の、ディングレーが…。
そして圧倒的な光に包まれたアルファロイスが寄り添い…ギュンターが…横に来た。
相変わらず…表情の無い整いきった美貌。
が、側に付き、決して離れぬ覚悟が伺い見える。
ギュンターも無言で言った。
“俺が無茶し、死地に送られる度あんたに助けられた借り、今まとめて返せるしな”
その…心強い思い…。
その向こうに…ディンダーデンともう一人…。
ちんどん屋みたいな派手で滑稽な衣服の…けど整いきった顔立ちの…タナデルンタス…?
“歴史書より、いい男だな?”
言うと、ディンダーデンが、にやり…!と微笑う。
ゼイブンは睨め付け、怒鳴る。
“あんたなら、やれる!
例え敵が『闇の第二』だろうが!”
…専門家の筈の神聖神殿隊付き連隊ですら…『闇の第二』は厄介な敵だと、知れ渡ってるのか?
そして黄金に透けるアイリスが、周囲を覆って痛みから…遠ざけてくれていた……………。
…その時、猛烈に思った。
ここで、死ぬ訳に行かない!
何としても!!!
『闇の第二』睨め付け、アイリスに怒鳴った。
“誰か一人でも死んだら…皆ここから、抜けられないんだな?!
確かか?”
確信に満ちた、アイリスの声が大音響で響き渡る。
“確かだ!”
そしてオーガスタスは剣を…作り出した。
『闇の第二』を切り裂き…自分から追い払う為に。
レイファスはその剣を光で強化した。
ローフィスが…それでも傷の痛み抑え込み、囁く。
“いいぞ…!
奴を、出来るだけ助けてやれ…!
無理にオーガスタスを浮上させようとすると…『闇の第二』がズタズタに切り裂く!
絶対…無茶はさせるな!”
レイファスはローフィスの…その言葉に頷いた。
気づくと…ローフィスの横で必死に、ローフィスの回復を促す呪文を、シェイルが唱えている姿が、目の奥に浮かび上がる。
ローフィスの為にだけ咲く、大輪の白薔薇…。
どれだけ…子供の頃その美しさに焦がれたろう…?
最も、薔薇には半端なく痛い棘付きだと、教えてくれたのもあんただ…。
俺にはいっつもきつい表情しか見せないのに…ローフィス相手だと…そんなに…脆いのか?
泣き出しそうな…ローフィスの身を一心に案じる可憐な表情。
シェイルのその、ローフィスへの想いには胸が、詰まった。
…………レイファスはシェイルに一つ、頷く。
俺が…何としても頑張る…!
レイファスは呪文を強化し、正体の無い黒い靄を切り裂こうとする、オーガスタスの剣にいっそう光込め、その周囲を光の結界で包み込み、『闇の第二』の付けいる隙を消し去った。
先のアルファロイスはもう人間を越え、ペガサスに乗っているような飛ばし様。
ギュンターもその後を、よく遅れず付いて行く。
このままでは遅れる…!
が、背後のレイファスのその身は、飛ばす乗馬に付いてこられる状態じゃ無い。
ヘタをしたら振り落としてしまう…!
テテュスは瞬時にレイファスの、背後から胴に回された腕を振り解くと、右足を高く振り上げ、レイファスの頭上抜け背後を回って左側へ下ろす。
鐙にかけた左足一本で姿勢を支え、殆ど馬の左腹に、垂直に張り付く格好。
が直ぐ左の鐙にかけた左足を軸にし、右足一瞬地に着けその反動で振り上げ、今度はレイファスの背後へと跨がり乗って、レイファスの胴を背後から腕回し掴み
「ハッ!」
と声出し一気に拍車かけて馬をせかす。
ゼイブンは斜め後ろで、その鮮やかな移動見、思った。
「(…流石、アイリスの息子…。
光の塔付き連隊なんて、もったいなさ過ぎる………)」
ギュンターは歯を、食い縛った。
今やアルファロイスは自分同様呪文唱えている筈なのに、置いて行きかねない早さで突っ走って行く。
瞬時に背後から追い抜かれ、見るとファントレイユが凄まじい早さの右将軍に、追い縋っていた。
最早ファントレイユは率いる隊等そっち退けで、アルファロイスに併走し、戦場へとひた駆ける。
ギュンターは『小僧っ子が…!』と歯ぎしりした。
が…ウェラハスが瞬時に言葉を投げかける。
“いけません…!
貴方は傷を負った身なんですよ?
その消耗…そして呪文の消耗が無ければ、彼らに並べます!”
ギュンターはいきり立った。
“が二人は回路を支えてる!”
ウェラハスは断固として言った。
“が、貴方より明らかに消耗は少ない!
ここに…囚われてる時間が貴方より、うんと短いんですからね!!!”
言われて現在のウェラハスの境遇がハッキリ…と脳裏に浮かび上がる。
暗い…黒い靄に被われ、魔の枝胴に巻き付けられ、動く事の敵わぬ…その姿!
ギュンターはぎり…!と唇噛んだ。
“あんたは…?
助っ人が、必要じゃ無いのか?!”
いつもの力満ちたウェラハスと比べ、彼は弱ってるように感じられて、そう問う。
が、返って来た返答は予測道理。
“私は、大丈夫”
ギュンターは一瞬、そんな状況下なのに自分を気遣ってくれる、ウェラハスに心からの感謝捧げた。
ファントレイユはほぼ横に並んだかつての右将軍が、その口動き呪文唱えてるのを見た。
が、アルファロイスの脳裏には、レアル城より白煙蹴立て、襲い来る敵の軍勢。
それだけに視線注ぎ睨め付け、無意識に馬駆ってる。
ギデオンの父親。
その、懐の広さと存在の大きさ。
仲間を想う、熱烈な思慕だけが彼を無意識の内に動かし続け、そして意識在るアルファロイスこそが、その無意識の衝動に身を添わせ一丸と成り、宙を飛ぶように駆ける。
その、常軌を逸する尋常を遙かに超えた猛速…!
が、ファントレイユも同様見据えた。
戦場に居るのはギデオン…!
今迄幾度もその側に、常に駆け寄り彼の命を、護って来た…!
失われては成らない、大切な存在…!
横の…アルファロイス亡き後、近衛の悲惨さを思い知っていた。
だから…アルファロイスの熱意をその血に受け継ぐ、ギデオンを護り続けた。
ギデオンは…父同様、激烈に戦って死ねればそれが本望…!
そう言わんばかりにどれだけの敵相手でも保身捨て、真っ先に斬り込んで行ったから…!
“幾ら幻影と言えど、これ程状況が厳しければ…!”
ギデオンは再び、自分の命捨て去る無茶を、しかねない…!
気づくとアルファロイスと併走し、戦場に同様の速度で、突っ走っていた。
ギデオンの…背をその命を…護る為に…!
“来るぞ…!”
ワーキュラスの声で、ディアヴォロスが振り向く。
オーガスタスは今だ黒い靄覆い尽くされる身の内で、戦力に成れぬ自分に歯噛みしその身、震わす。
レイファスの泣き出しそうな呪文に、ローフィスがなだめるように身を添わせ、オーガスタスに心話で怒鳴り付ける。
“お前は自分の敵に集中しろ!!!
…解ってないが!
『闇の第二』は戦場多数の騎士なんかより、数倍手強いんだぞ!!!
…数百倍かもだ!
そんな相手だ!戦闘放棄には決して成らない!
むしろ…それだけ『闇の傷跡』付けて『闇の第二』を追い払えたら!
お前は英雄だ!”
が、オーガスタスは怒鳴り返した。
“英雄ってのは自分護ったくらいじゃ、貰えない称号なんだぞ!”
アイリスが即座に割って入る。
“君が死なず『闇の第二』を追い払えたら!
それだけで皆の命救ったも同然だ!
ムストレスは絶対君らを殺さない!
自分の命が可愛いからだ!
聞いてるか?!
絶対君らを、殺す訳に行かないんだ!”
が、突然メーダフォーテがその声に、割り込んで大声で怒鳴った。
“ムストレスはな!
が、『闇の第二』は違う!
奴は大事な手駒、ディスバロッサがここで滅び去ろうと、ディアヴォロスを殺したいんだ!!!”
ディアヴォロスが、ディスバロッサの名を聞き瞬時に顔、揺らす。
アイリスはワーキュラスの中でそれを見、しまった…!
と舌打ちし、メーダフォーテに怒鳴り返す。
“こっちの事は私の管轄だ!
君は君の責任でムストレスと『闇の第二』を説得しろ!
助かりたいんなら、それこそ必死になるんだな!!!”
『光の国』の神の、荘厳な声でアイリスにそう怒鳴られ、メーダフォーテは不服そうに、自分を引っ込めた。
馬車の中でアシュアークが一気に、息吹き返す。
「メーダフォーテが居るのか?!
どこだ!
俺が叩っ斬ってやる!!!」
オーガスタスはローフィスに叱咤され、ぎり…!と歯ぎしりして顔上げ、黄金の瞳で敵睨め付ける。
相変わらず宙に在るその黒い靄の中に魔は身を沈め、心を喰らい尽くそうと、隙伺い続ける。
古傷から這い上がって来た魔が見せたのは…暗く汚い室内…。
牢獄のような、かつての奴隷宿舎だった。
…俺はそこで全身の傷から血吹き出し、呻いていた…。
“夢”…か。
俺を背に庇う主…など……居る、筈も無い………。
深手負い、主を庇いきれず掠り傷を付けたと…護衛の身を追われ程無く…。
金も無くなり…今再び奴隷宿舎で寝暮らしながら、見せ試合でようやく…小金にありつく有様………。
僅かな金で酒を買う事だけが…痛み忘れる手段…。
酒が切れると途端、傷痛み出す…。
なんとか試合に勝っても…傷が増えるだけ…。
もう…どれだけ傷負えば、死ねるだろう…。
昨日、橋の上で氾濫する川眺め思った。
逆巻き渦生ずる暴れ狂った濁流。
今…身を投じるんだ。
そうすればもう…戦い傷を負い…痛みなだめるしか無い、惨めな人生を…終えられる………。
俺は…どうしたっけ…。
そうだ…その時響き渡った。
心に。
俺の名を呼ぶ声が。
自分は幻影じゃ無いと…!
“オーガスタス!”
その、確かな存在感!
その声は、光そのものだった。
黄金に光り、俺の心照らした…。
“…ディアヴォロス………!”
闇に覆い尽くされ、喰われかけた俺は身を起こす。
惨めな幻影見せる幻に、笑ってやった気がする。
“それが、どうした?
痛むのは…生きてる証拠だ!”
魔は呻いた。
“だとしてもお前は俺のものだ…!
そうである限り、苦痛からは逃れられぬぞ!”
痛かった…。
幾度も襲い来る激痛で、気を失いかけるとだが…今度はローフィスが、来た………。
温かい…その手で傷に触れる。
すると…痛みが消えた。
ああ…お前はいつも…そんな風に必死だったな…。
一度も…言った事が無いのは…諦めてるからか?
それとも俺が俺らしく無くなると…遠慮したのか?
だが…言いたかったんだろう?本当は………。
『無茶は控えろ!
生き方を変えろ!
死に、急ぐな…!!!』
…お前が泣き顔でそれを言ったら…多分俺はお前の意向に添う。
けどお前は、本来の俺が俺を無くす…それが…嫌で…。
自分が枷に、成りたくなくて、今迄言わなかったのか…………?
ローフィスが無言で告げた。
“お前が…お前らしくなくなったら………。
多分俺は自分のした事の大きさに愕然とする…。
自分に失望したくなかった。
惨めだからな…。
お前の命は当然無くしたくなかったが、同時に、お前らしいお前も…俺は失いたく、無かった………”
オーガスタスはローフィスから零れ来る、金の情愛を、微笑って受け取った。
真の親友が…居るとしたらお前だ。
そんな友は宝物より価値がある。
ローフィスは無言で、頷く。
そして…ローフィスが引くと今度はレイファスだ。
子供じゃなく、もう青年の表情で…ひどく生真面目な顔し、張り詰めていた。
“オーガスタス。
絶対あんたに借り返す。
じゃないと俺は…!”
“一人前に成れない?”
そう聞き返してやったら…レイファスは顔をくしゃっ!と歪め、泣く。
…なんだ。餓鬼の頃と変わってないな?
そう言って頭をなぜてやると…レイファスは無言で抗議した。
空中に張り付く、巨大な黒い靄。
それを指し示し……。
それを感じた時、悟った。
自分を背に庇う、主は存在する。
が、この先死ぬ迄苦痛しか訪れないのは…あいつが居続ける限り確かなのだと…………。
けれど…。
確かで心強いローランデが…。
王族の癖して心配極まりない情けない表情の、ディングレーが…。
そして圧倒的な光に包まれたアルファロイスが寄り添い…ギュンターが…横に来た。
相変わらず…表情の無い整いきった美貌。
が、側に付き、決して離れぬ覚悟が伺い見える。
ギュンターも無言で言った。
“俺が無茶し、死地に送られる度あんたに助けられた借り、今まとめて返せるしな”
その…心強い思い…。
その向こうに…ディンダーデンともう一人…。
ちんどん屋みたいな派手で滑稽な衣服の…けど整いきった顔立ちの…タナデルンタス…?
“歴史書より、いい男だな?”
言うと、ディンダーデンが、にやり…!と微笑う。
ゼイブンは睨め付け、怒鳴る。
“あんたなら、やれる!
例え敵が『闇の第二』だろうが!”
…専門家の筈の神聖神殿隊付き連隊ですら…『闇の第二』は厄介な敵だと、知れ渡ってるのか?
そして黄金に透けるアイリスが、周囲を覆って痛みから…遠ざけてくれていた……………。
…その時、猛烈に思った。
ここで、死ぬ訳に行かない!
何としても!!!
『闇の第二』睨め付け、アイリスに怒鳴った。
“誰か一人でも死んだら…皆ここから、抜けられないんだな?!
確かか?”
確信に満ちた、アイリスの声が大音響で響き渡る。
“確かだ!”
そしてオーガスタスは剣を…作り出した。
『闇の第二』を切り裂き…自分から追い払う為に。
レイファスはその剣を光で強化した。
ローフィスが…それでも傷の痛み抑え込み、囁く。
“いいぞ…!
奴を、出来るだけ助けてやれ…!
無理にオーガスタスを浮上させようとすると…『闇の第二』がズタズタに切り裂く!
絶対…無茶はさせるな!”
レイファスはローフィスの…その言葉に頷いた。
気づくと…ローフィスの横で必死に、ローフィスの回復を促す呪文を、シェイルが唱えている姿が、目の奥に浮かび上がる。
ローフィスの為にだけ咲く、大輪の白薔薇…。
どれだけ…子供の頃その美しさに焦がれたろう…?
最も、薔薇には半端なく痛い棘付きだと、教えてくれたのもあんただ…。
俺にはいっつもきつい表情しか見せないのに…ローフィス相手だと…そんなに…脆いのか?
泣き出しそうな…ローフィスの身を一心に案じる可憐な表情。
シェイルのその、ローフィスへの想いには胸が、詰まった。
…………レイファスはシェイルに一つ、頷く。
俺が…何としても頑張る…!
レイファスは呪文を強化し、正体の無い黒い靄を切り裂こうとする、オーガスタスの剣にいっそう光込め、その周囲を光の結界で包み込み、『闇の第二』の付けいる隙を消し去った。
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これは、ひとりの少女が世界と己を知りながら成長していく物語。
※週2回(木・日)更新。
※誤字脱字報告に関しては感想とは異なる為、修正が済み次第削除致します。ご容赦ください。
※カクヨム様にて先行公開(登場人物紹介はアルファポリス様でのみ掲載)
※表紙画像、その他キャラクターのイメージ画像はAIイラストアプリで作成したものです。再現不足で色彩の一部が作中描写とは異なります。
※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
アリエッタ幼女、スラムからの華麗なる転身
にゃんすき
ファンタジー
冒頭からいきなり主人公のアリエッタが大きな男に攫われて、前世の記憶を思い出し、逃げる所から物語が始まります。
姉妹で力を合わせて幸せを掴み取るストーリーになる、予定です。
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