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王者の威風 

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 ディングレーが三年席に戻っても、その場に残るローランデへの拍手はまない。

そんな中、オーガスタスの一際ひときわ大きな体が、中央ローランデの前へ、進み出る。

相変わらずの小顔に、講堂の高窓から差し込む陽で輪郭りんかくを赤く燃え立たせる栗毛を、奔放ほんぽうに肩に背に流し、ゆったりと。

拍手はその迫力ある男に、呑まれたように引いていった。
広い肩を回しローランデの正面に相対し、手に剣を下げたオーガスタスは自分を見つめるローランデに、一つ、頷く。

ローランデは気づいたように、自分の手に持つ剣を、顔を下げ見やる。
が、すっ!と顔を上げる。

「これで」
「いいから、替えろ。
替えの剣は持ってるんだろう?」

まばらな拍手の中。
そう告げるオーガスタスの声が聞こえ、がローランデはその学校一の大物ににっこり笑いかけた。
「ご心配ありがとうございます。
けれど替えの剣は使いません」

場はシン…。と静まりかえった。

ディングレーとの激しい戦いで、ローランデの剣は消耗しきってるはずだ。
三年席最前列でディングレーは、その様子を見てため息を吐きながら、腕組んだ。

取り巻きの一人が隣で囁く。
「オーガスタスに、勝ちを譲る気でしょうか?」

ディングレーはオーガスタスに笑いかけるローランデに、視線を振る。
「あの剣で自分の出来るだけの戦いをするつもりだ。
勝敗は結果に過ぎない。

あいつローランデは…例え負けようが、やるだけやれれば満足だろう」
「貴方のように?」

そう微笑みながら尋ねるデルアンダーを、ディングレーは見返した。
デルアンダーは更に言葉を続ける。
「あれほどまでに戦えると…勝敗は二の次ですか?」

その手の届かない高みで戦った、男をはいするような尊敬をまじえながら、デルアンダーはそう呟いた。

がディングレーはデルアンダーの整って大人びた顔をたっぷり見、囁き返す。
「…それはお前にも十分、解ってるはずだ」

『お前も同様だろう?』

そう言われて、デルアンダーはかすかに震う、顔を下げた。
好敵手こうてきしゅ
ディングレーにそう認められ、これほど嬉しい事は無かった。


オーガスタスがローランデの覚悟を、どう受け取るのか。
講堂中が見守った。

だってどう見てもこのまま戦えば、オーガスタスが有利。
現にディングレーは三年の戦いで剣を消耗し、結果先に折れた。

ローランデもそうなるだろう…。
皆がそう、心配げにオーガスタスに微笑みかけるローランデを見つめる。

オーガスタスはいつもの、親しげで大らかな笑みを湛え、肩に剣を担ぐと、頷いた。
「…なる程」

ローランデはこれでいい。と示すように、もう一度微笑で頷く。
オーガスタスは剣を肩に担いだまま、講師を見やる。

講師までもが二人の会話の成り行きに気を取られていた。
が、オーガスタスに視線を振られ、慌てて叫ぶ。

「始め!」

講堂中がざわつく。
オーガスタスはもう剣を頭上で振り回し、ローランデに叩きつけていた。
が、皆はローランデの覚悟にもオーガスタスの反応にも、ざわざわと口々に意見を言い合い、静まる様子を見せない。

ローランデが振られる大振りの剣をさっ!と身を屈み避け、そのままオーガスタスのふところ近くまで真っ直ぐ、突き進む。

ざっ!

オーガスタスの顔目がけ突き入れられたローランデの剣筋は、オーガスタスの避ける方向を狙い、突き出す瞬間横に滑り狙いを変えたと言うのに。
オーガスタスはくっ!と首を後ろに、下げて避けた。

間髪いれずローランデが斬り込んで来る。
オーガスタスとの間合いを詰めたまま、その間から引かず横に滑りながら剣をたて続けに入れる。

ローランデも気づいたが、首を振り避けるオーガスタスにも見えた。
ローランデが突き入れる、その剣が横にぐらつき、ぶれるのが。

“ガタガタだな…”
つまりヤツローランデは、剣がすっぽ抜ける前に決着付けたいらしい。

………が。

オーガスタスは顔を四年席、ローフィスの横に座るリーラスに向ける。
リーラスはたて続けのローランデの剣を、上体傾け首をひょいひょい避けながら、二度、三度と。
オーガスタスが視線をこちらに向けるのに、気づいていた。

四度目。
オーガスタスの視線が足元に転がした、替えの剣に向けられようやく。
リーラスが、頷く。

オーガスタスは尚も避けながら、軽く頷き腕を振り上げ、攻撃を加えるローランデに剣を瞬速で振り下ろす。

ざっっっ!!!

ローランデが、一瞬にして身を横に避ける。

オーガスタスはつい、笑みが漏れた。
“…それでも間合いから、引かないか………。
いい覚悟だ。
本来この間合いなら、足も届くし拳も届く。
が剣の試合でそれは出来ない。

逆に剣だと、長い手がつかえて、接近されると攻撃しづらい。
それを想定しての戦法だろう。

が”

ディングレーでさえそう、思った。
がオーガスタスは左肩上に剣を思い切り引き上げ、真正面から突き入れられる剣を斜めに瞬速で払う。

がっ!

ぶつかる瞬間、ローランデは力を抜いて剣を引く。

軽く当たる程度でぐらつく剣を。
ローランデは腰に構えたまま直ぐ、次の攻撃態勢に入った。

「リーラス!」

オーガスタスが叫ぶと、リーラスは足元の剣を手にし、宙高く放り投げた。

腹を薙ぎ払うローランデの剣を、オーガスタスは両腕横に振り上げ腹を引っ込め避けながら、長い腕を差し出し、宙でそれを受け取る。

がっ!

左手に柄を握り込むなり振り下ろし、ローランデの剣を止める。
真上から振り下ろされた剣は、ローランデの剣に軽く当たり、ローランデは咄嗟、剣を引く。

引きざま足を使い横に滑り、その流麗な髪を振って赤い獅子に、かかっていく。

皆がその勇敢な姿に、見惚れた。
正面のオーガスタスは今や、二本の剣を両手に握り、広げ、待ち構えている。

二年の一人が叫ぶ。
「反則だ!」

が講師は、オーガスタスが替えの剣を左手に、右手の剣を手放さないのを見て。
首を横に、激しく振る。

「とっとと右手の剣を捨てろ!」

が、オーガスタスは微笑う。
「二本じゃ、マズイか?
ローランデももう一本剣を持ちゃ、問題なかろう?」

途端、四年席から歓声と、けたたましい拍手が沸く。

わっっっ!!!

講堂中がざわめきまくり、講師達は今までの試合史上無い、二本使いの試合を認めるかどうかを協議するため、慌てて集う。

確かに、ルールには無い。
二本使うなとは。

一人だけそれをすれば明らかに反則。
だが、もう一人も二本なら………。

剣を握る両手を広げ、挑戦を叩きつけるようにオーガスタスはローランデを、見る。

「二本持とうが、どっちかの剣が折れれば負け。
それでいい。

やれる、自信が無いか?」

敵のはずのその大柄なライオンに柔和に微笑まれ、ローランデは内心驚いた。

彼は、“ハンデ無く戦おう”

そう…告げていた。
集う講師の一人が、ローランデを、見る。
ローランデは講師に振り向き、ゆっくりと、頷いた。

講師は叫ぶ。
「ローランデにもう一本、剣を!」

四年席ではオーガスタスの悪友達が口笛吹いて、大騒ぎしていた。

「オーガスタス!
大馬鹿だが、褒めてやるぞ!」
「ヤツの剣が『いつ折れるかハラハラする』なんてつまらん試合展開を、見なくて済む!」

「どう考えても、二本使いはローランデのが器用だぞ!!!」

ローフィスが思いあまって怒鳴る。
が、オーガスタスは振り向かず、届く替えの剣を左手に握る、ローランデを見つめ怒鳴り返す。

「俺も器用だってとこ、お前に見せてやる!」

四年席の悪友達は、顔を見合わせた。
「…ホントかよ?」
「オーガスタスの二本使いって、見た事あったっけか?」

顔を覗き込まれ、ローフィスは憮然ぶぜん。と告げる。
「イレギュラーな戦法には、一通り精通してるから…。
もしかして見た事無くても、使えるのかもな」

悪友共が一斉にオーガスタスに視線を戻し、騒ぎまくった。

「いいぞ!これで試合が面白くなる!」
「勝ちを堅実けんじつに狙う退屈な試合を捨てて面白さを取る、お前が俺は大好きだ!」


アイリスは四年の騒ぎようを見て、思いっきり顔を下げた。

「学年無差別剣の対抗試合って…四年には結局、見せ物なのか?!!!!」

スフォルツァの呆れ混じりの怒声を聞き
『全く、同感だ』
と力無く、顔を下げたまま、同意の頷きをした。

三年達は学校のボスの、その判断に呆れた。
皆、一度は合同練習でローランデと剣を、交えていた。

一本でも厄介なのに。
二本の剣を持つローランデがどれほど手数てかずが増え、大変か。

想像しただけでぞっ、と身が震う。
身を切り裂く無数の鎌鼬かまいたちに身を、さらすようなものだ。

ディングレーは皆の気持ちが良く、解った。
ローランデの剣は甘くない。
どの、一振りさえも。

それでも………。

「赤い獅子は、誇り高い」

そう呟くディングレーの横顔を、三年大貴族、取り巻き達は一斉に見つめた。
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