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それぞれの思惑
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オーガスタスの元に四年の客が現れ、アイリスとローフィスは場を外して部屋を後にした。
グーデン一味とのいざこざの苦情で、オーガスタスは
「いずれ俺が決着付ける」
と言いくるめ、顔に痣作った仲間の怒りを諫めた。
客が帰った後、ローフィスの部屋を再度訪れると、二年らはとっくに姿を消していて、ローフィスは椅子に腰かけ机に突っ伏したまま、眠っていた。
肩にガウンがかけられ、シェイルの気遣いだと気づき、微笑む。
「…疲れたろうな…。
ベッドで寝ろ」
「…う…ん(放っといてくれ)」
が、オーガスタスはローフィスごと椅子を後ろに引き、屈んでローフィスの膝裏に腕を入れ、背をもう片腕で抱き止めて、一気に抱き上げる。
普段ならここで、ぱちっ!と目を開け
「お前、ナニしてる!」
と怒鳴られる所だったが…ローフィスは目を閉じたまま、眉間寄せただけ。
つまりそれだけ、疲れ切って深い眠りに入ってる。
オーガスタスは抵抗しないローフィスに、クスと笑いつつもベットへ運び、仰向けのままそっと下ろし、布団を引き出し、ローフィスの上にかけた。
「…明日の講義はサボりだな…」
ぼそっ。と言って気づく。
リーラスがいない事に。
もしここにいたら
「賭けるか?」
そう言う筈だ。
「(…あいつ…まさか今頃ディングレーの部屋で…)」
ちゃっかり男なので、納得は出来た。
が、髪を梳き上げディングレーの部屋には戻らず、その足で、ごった返す四年大食堂へと歩を進める。
ローフィスが目を覚ました時。
ちょっとつまめる食べ物を、調達するために。
ヤッケルを先頭に、二年宿舎に戻るフィンスは、ぐったりしながらそれでもヤッケルの素早い目配せに気づく。
「私の部屋で風呂に浸かるか?」
聞くと、ヤッケルは大きく頷く。
「助かる!」
シェイルは二人の会話に笑顔で参加する。
「…週末行けなかったから!
代わりにフィンスの部屋で食事しながら、みんなでお喋りする?」
けど。
ヤッケルとフィンスは顔を見合わせる。
だって案の定、ローランデもが
「フィンスが構わないなら、それもいいね!」
と参加する気、満々だ。
フィンスはヤッケルと、気の済むまで猥談する気でいたから、ローランデの参加は好ましくない。
ヤッケルはそんなフィンスの内心を察し、素早く言い返す。
「けどフィンスの部屋で四人がお風呂って、無理だし。
疲れてるから、お前ローランデのとこで風呂借りて、そのまま休ませて貰えば?」
フィンスも追随する。
「お風呂の順番待ちでかなり遅くなるし。
流石に私の寝台は、幾ら広くても四人は寝られないし」
シェイルがちょっと俯くと、ローランデが気遣うようにシェイルに話しかける。
「良ければ泊まる?
それも楽しいと思うけど」
“ローランデ大好き"シェイルは、その言葉でヤッケルとフィンスにハバにされた事も忘れ、凄く嬉しそうにこっくりと頷いた。
アイリスは先輩達への挨拶もそこそこ。
一気に厩へ走ると、そのまま校門を駆け抜け、エルベス大公家へと夜道をひた走った。
マレーの件を任された以上、早く成果を上げたいし、こんな企み事が大好きな面々に、依頼した時瞳を輝かせる表情を見るのが楽しみだったから。
王宮を挟んで『教練』の反対側に位置する大公家の門を潜ったのは、半刻過ぎた頃。
広い庭を駆け抜け、屋敷の前で飛び出す侍従に馬の手綱を預け
「『教練』のシェイムに!
帰りは明日になると伝言頼む!」
と叫び、侍従が頷くのを見る間も惜しんで、飾り彫りの豪華な茶色の玄関扉を開け、中へと飛び込む。
「まあまあまあ!
こんな時間に、どうしたの?!」
予測を裏切り、真っ先に飛び出して来たのは祖母。
その後から、母、伯母、そして叔父である大公エルベスが最後尾。
刺繍入り白いナプキンを手に持つ母を見て、アイリスは呟く。
「…食事中だったんですか?
もしかして」
最後尾のエルベスだけが頷き、祖母は心配げに駆け寄る。
「嫌な事があったの?
『教練』を辞める決心が、ついたとかなの?」
けどアイリスは祖母が自分の口から
『『教練』を辞める』と聞きたい気、満々なのに気づき、ついむっつりと言い返す。
「ご心配、ありがたいんですが。
残念ながら逆で、『教練』を仕切ってるボスの、機嫌が取れるかどうかの案件の依頼を受けたので。
御力を借りたいと参上したまでです」
祖母はそれを聞いて、明らかにがっかりして首を下げる。
その背後から、ズイと出て来たのは伯母のニーシャ。
相変わらず妖艶な自信家の美女で、明るめの紺の瞳を輝かせて言う。
「御力を借りたいだなんて。
で、機嫌が取れそうなボスって、いい男?」
「…貴方の趣味じゃナイと思いますけど。
凄く、いい男です」
最後尾のエルベスが、項垂れる。
「機嫌を取りたいはずだ。
かなり、タイプなんだろう?」
言われてアイリスは顔を下げる。
「…まあ…かなり。
フラれましたが」
「あら貴方を振るなんて!
その彼、女性しかダメなのかしら?」
母のはしゃいだ声を聞き、アイリスは眉間を寄せて顔を上げる。
「…息子が入れ込んでる男を、母なのに誘惑とか、する気なんですか?!」
エルベスもすかさず言う。
「…ダメですよ姉様。
万が一、その彼が貴方に誘惑されたりしたら。
アイリスの面目は丸つぶれです!!!」
アイリスはがっくり。と首下げた。
「…そこじゃないです。
いえそれも、ありますけど。
今改めて感じましたけど、この家には道徳観念って、ナイですよね?」
アイリスの目前の全員が、目を見開く中。
伯母のニーシャだけが、にっこり笑って薔薇色の唇を開く。
「それ、あって得する物かしら?」
アイリスはジト目で言い返す。
「…あると人の信頼は、得られます」
「あら。
自分の欲しいものを我慢してまで得られる信頼って…必要?」
「一般人にはね。
ともかく私にも何か、食べさせて下さい。
食事の席でご相談させて頂きます」
祖母は直ぐ、端で控えてる侍従に声かける。
「アイリスの席を直ぐ、用意して」
侍従は頭を下げて、食堂へと歩き去る。
アイリスが食堂へと歩き出すと、広い廊下を家族らが取り囲み一緒に歩く。
「…待てないわ。
聞かせて?」
母に言われ、アイリスは口開く。
「新入生の美少年が、後妻に邪魔にされ、男を教え込まれて『教練』に追いやられたんです」
ニーシャが口開く。
「よく聞く話ね?
で、そのコの父親、後妻にベタ惚れなの?」
「聞いた話では実母が男と逃げ、彼と父親は捨てられた同然で。
それで多分やけになって、優しくしてくれる財産目当てのスベタに引っかかって、結婚したんじゃないかと」
エルベスが即座に口挟む。
「直ぐ、調べさせよう。
一年の、何て名前の子?」
「マレー」
エルベスは頷き、群れから一人、背を向け歩き去った。
祖母が悲しげな表情で話しかける。
「…酷い話ね。
で、教え込んだのはまさか…実父?」
「いえ後妻の、兄か弟だそうです」
「まあ…」
祖母と母は同情に満ちた表情で、顔を見合わせる。
伯母のニーシャだけが、妖艶な、けれど復讐心に満ちた表情で告げた。
「明らかに、後妻は家を乗っ取る気よね?」
アイリスは無言で、頷いた。
ディングレーの私室では、がっつくギュンターを尻目に、ディングレーとリーラスが優雅にご馳走に舌鼓打っていた。
「…相変わらず、余裕ナイ食い方だな…。
だがあれは、マズかったぞ?
幾ら寝ぼけてたからって『手でも口でもシてやる』なんて。
滅多な事で口にするもんじゃない」
ギュンターは顔を上げ、そう告げるディングレーに言い返そうとするが、口にいっぱい食べ物が詰まってるので、口が開けない。
代わってリーラスが口開く。
「…こいつ、そんな事言ったのか?
俺らなら猥談は日常語だが。
流石にそれを、男には言わない」
「(…女には、言うんだな…)
一・二年の、下級のいる場でその発言はマズい」
ディングレーの言葉に、リーラスも頷く。
「確かに。
口か手でしてくれ。
なら分かる」
ディングレーはがっくり、首垂れた。
「(…そうじゃなくて…)奴ら初心だから。
…特にローランデが」
ギュンターが“ローランデ"の名を聞いて、顔を上げる。
相変わらず口に詰め込む手が止まらず、喋れなかったけど。
リーラスが、頷きながら言葉を返す。
「ローランデか…。
まあ普段のアイツ、貴公子そのものの優等生でカンに触るが。
剣の腕知ってるから、突っかかる気も失せる。
だが一度酒場に来ちまった時、女に取り囲まれてモテまくりやがって。
気の荒い女好きが、ぶん殴ろうと立ち上がったけど。
あいつがあんま、真っ赤になって必死で女達に丁寧語で断ってるの見て。
流石に拳、引っ込めたな」
ディングレーは頷く。
「…どうせローランデに振られた女の機嫌取って、その後頂いたから。
上機嫌だったんだろう?」
「まぁな。
俺ならあんなイイ女に取り囲まれたら、絶対断らないが。
あいつ、そんな時でもお上品だから。
皆が徹底した貴公子ぶりに、尊敬すらしてる」
それを聞いてディングレーが、項垂れながら白状した。
「…俺ですら、人間の出来が違うと思える貴公子ぶりだ」
「…お前は威厳はあるが。
貴公子には見えない」
「…成ろうとしても成れないから。
とっくに諦めてる」
ディングレーの告白に、リーラスはおおいに笑う。
「まあ、お前は王族してチャラついてる時より。
剣握ってる時とか、アンガス犯してた野性味たっぷりの時の方が。
男としては、一目置けるし好感持てるぞ?」
「…あんたらには、それで通用するが。
「左の王家」の一族集会では『上品』できないと、出来損ないみたいに見下されるからな」
「そんな連中に見下されたからって、どって事無いだろう?」
ディングレーはそれ聞いて、リーラスを睨む。
「兄貴が『自分は誰より上品』とか得意がってるが、陰では出来損ないと見下され切ってるから。
親父にきつく言われてる。
『家の体面は、お前が守れ』と」
リーラスは大きなため息と共に、同情を口にした。
「…出来損ないのバカ兄貴持つと、弟は苦労するよな。
グーデンの方は、見下されてるなんて気づきもしないんだろう?」
ディングレーは無言で頷き、けどギュンターはその間も食べ物を口に、掻き込み続けた。
ヤッケルとフィンスは風呂の後、やっぱりディングレーですら引っかかった、ギュンターの『手でも口でもシてやる』のセリフを掘り下げて議論していた。
「…つまりやっぱり…ケツは嫌だって事か?」
ヤッケルの言葉に、フィンスは頷く。
「もしかしてオーガスタスとも。
そっちじゃなく手とクチでシてるのかも」
「…それで『教練』のナンバー1と2を両手玉か…。
そこらの娼婦、まっつぁおなテク持ちだとかかな?」
「…けど平気で人前で口にしてるから…。
彼に取っちゃ、きっとどって事無かったりして」
「日常茶飯事で?
…お前一度、頼んでみたら?」
ヤッケルに言われたフィンスは、言われた瞬間ぴしっと硬直し、固まりまくったので。
ヤッケルはため息と共に、顔下げた。
シェイルはお風呂上がりのいい香りのするローランデと、一緒の寝台で。
嬉しくって、凄くはしゃいでいた。
「ローランデ、すっごくいい匂いがする!」
ローランデは優しく微笑んで
「君もいい香りだよ?
寝酒する?」
「薔薇酒?
これ甘くて美味しくて、大好き!」
ローランデは銀髪のとびきり綺麗なシェイルが、緑色の瞳をきらきら輝かせる姿にうっとり見とれ、一緒に薔薇酒の深紅の酒の入ったグラスを持ち上げ、カチンとシェイルとグラスを合わせ、喉越しに通っていく、甘くてかっ!と身の火照る酒を、心から楽しんだ。
グーデン一味とのいざこざの苦情で、オーガスタスは
「いずれ俺が決着付ける」
と言いくるめ、顔に痣作った仲間の怒りを諫めた。
客が帰った後、ローフィスの部屋を再度訪れると、二年らはとっくに姿を消していて、ローフィスは椅子に腰かけ机に突っ伏したまま、眠っていた。
肩にガウンがかけられ、シェイルの気遣いだと気づき、微笑む。
「…疲れたろうな…。
ベッドで寝ろ」
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普段ならここで、ぱちっ!と目を開け
「お前、ナニしてる!」
と怒鳴られる所だったが…ローフィスは目を閉じたまま、眉間寄せただけ。
つまりそれだけ、疲れ切って深い眠りに入ってる。
オーガスタスは抵抗しないローフィスに、クスと笑いつつもベットへ運び、仰向けのままそっと下ろし、布団を引き出し、ローフィスの上にかけた。
「…明日の講義はサボりだな…」
ぼそっ。と言って気づく。
リーラスがいない事に。
もしここにいたら
「賭けるか?」
そう言う筈だ。
「(…あいつ…まさか今頃ディングレーの部屋で…)」
ちゃっかり男なので、納得は出来た。
が、髪を梳き上げディングレーの部屋には戻らず、その足で、ごった返す四年大食堂へと歩を進める。
ローフィスが目を覚ました時。
ちょっとつまめる食べ物を、調達するために。
ヤッケルを先頭に、二年宿舎に戻るフィンスは、ぐったりしながらそれでもヤッケルの素早い目配せに気づく。
「私の部屋で風呂に浸かるか?」
聞くと、ヤッケルは大きく頷く。
「助かる!」
シェイルは二人の会話に笑顔で参加する。
「…週末行けなかったから!
代わりにフィンスの部屋で食事しながら、みんなでお喋りする?」
けど。
ヤッケルとフィンスは顔を見合わせる。
だって案の定、ローランデもが
「フィンスが構わないなら、それもいいね!」
と参加する気、満々だ。
フィンスはヤッケルと、気の済むまで猥談する気でいたから、ローランデの参加は好ましくない。
ヤッケルはそんなフィンスの内心を察し、素早く言い返す。
「けどフィンスの部屋で四人がお風呂って、無理だし。
疲れてるから、お前ローランデのとこで風呂借りて、そのまま休ませて貰えば?」
フィンスも追随する。
「お風呂の順番待ちでかなり遅くなるし。
流石に私の寝台は、幾ら広くても四人は寝られないし」
シェイルがちょっと俯くと、ローランデが気遣うようにシェイルに話しかける。
「良ければ泊まる?
それも楽しいと思うけど」
“ローランデ大好き"シェイルは、その言葉でヤッケルとフィンスにハバにされた事も忘れ、凄く嬉しそうにこっくりと頷いた。
アイリスは先輩達への挨拶もそこそこ。
一気に厩へ走ると、そのまま校門を駆け抜け、エルベス大公家へと夜道をひた走った。
マレーの件を任された以上、早く成果を上げたいし、こんな企み事が大好きな面々に、依頼した時瞳を輝かせる表情を見るのが楽しみだったから。
王宮を挟んで『教練』の反対側に位置する大公家の門を潜ったのは、半刻過ぎた頃。
広い庭を駆け抜け、屋敷の前で飛び出す侍従に馬の手綱を預け
「『教練』のシェイムに!
帰りは明日になると伝言頼む!」
と叫び、侍従が頷くのを見る間も惜しんで、飾り彫りの豪華な茶色の玄関扉を開け、中へと飛び込む。
「まあまあまあ!
こんな時間に、どうしたの?!」
予測を裏切り、真っ先に飛び出して来たのは祖母。
その後から、母、伯母、そして叔父である大公エルベスが最後尾。
刺繍入り白いナプキンを手に持つ母を見て、アイリスは呟く。
「…食事中だったんですか?
もしかして」
最後尾のエルベスだけが頷き、祖母は心配げに駆け寄る。
「嫌な事があったの?
『教練』を辞める決心が、ついたとかなの?」
けどアイリスは祖母が自分の口から
『『教練』を辞める』と聞きたい気、満々なのに気づき、ついむっつりと言い返す。
「ご心配、ありがたいんですが。
残念ながら逆で、『教練』を仕切ってるボスの、機嫌が取れるかどうかの案件の依頼を受けたので。
御力を借りたいと参上したまでです」
祖母はそれを聞いて、明らかにがっかりして首を下げる。
その背後から、ズイと出て来たのは伯母のニーシャ。
相変わらず妖艶な自信家の美女で、明るめの紺の瞳を輝かせて言う。
「御力を借りたいだなんて。
で、機嫌が取れそうなボスって、いい男?」
「…貴方の趣味じゃナイと思いますけど。
凄く、いい男です」
最後尾のエルベスが、項垂れる。
「機嫌を取りたいはずだ。
かなり、タイプなんだろう?」
言われてアイリスは顔を下げる。
「…まあ…かなり。
フラれましたが」
「あら貴方を振るなんて!
その彼、女性しかダメなのかしら?」
母のはしゃいだ声を聞き、アイリスは眉間を寄せて顔を上げる。
「…息子が入れ込んでる男を、母なのに誘惑とか、する気なんですか?!」
エルベスもすかさず言う。
「…ダメですよ姉様。
万が一、その彼が貴方に誘惑されたりしたら。
アイリスの面目は丸つぶれです!!!」
アイリスはがっくり。と首下げた。
「…そこじゃないです。
いえそれも、ありますけど。
今改めて感じましたけど、この家には道徳観念って、ナイですよね?」
アイリスの目前の全員が、目を見開く中。
伯母のニーシャだけが、にっこり笑って薔薇色の唇を開く。
「それ、あって得する物かしら?」
アイリスはジト目で言い返す。
「…あると人の信頼は、得られます」
「あら。
自分の欲しいものを我慢してまで得られる信頼って…必要?」
「一般人にはね。
ともかく私にも何か、食べさせて下さい。
食事の席でご相談させて頂きます」
祖母は直ぐ、端で控えてる侍従に声かける。
「アイリスの席を直ぐ、用意して」
侍従は頭を下げて、食堂へと歩き去る。
アイリスが食堂へと歩き出すと、広い廊下を家族らが取り囲み一緒に歩く。
「…待てないわ。
聞かせて?」
母に言われ、アイリスは口開く。
「新入生の美少年が、後妻に邪魔にされ、男を教え込まれて『教練』に追いやられたんです」
ニーシャが口開く。
「よく聞く話ね?
で、そのコの父親、後妻にベタ惚れなの?」
「聞いた話では実母が男と逃げ、彼と父親は捨てられた同然で。
それで多分やけになって、優しくしてくれる財産目当てのスベタに引っかかって、結婚したんじゃないかと」
エルベスが即座に口挟む。
「直ぐ、調べさせよう。
一年の、何て名前の子?」
「マレー」
エルベスは頷き、群れから一人、背を向け歩き去った。
祖母が悲しげな表情で話しかける。
「…酷い話ね。
で、教え込んだのはまさか…実父?」
「いえ後妻の、兄か弟だそうです」
「まあ…」
祖母と母は同情に満ちた表情で、顔を見合わせる。
伯母のニーシャだけが、妖艶な、けれど復讐心に満ちた表情で告げた。
「明らかに、後妻は家を乗っ取る気よね?」
アイリスは無言で、頷いた。
ディングレーの私室では、がっつくギュンターを尻目に、ディングレーとリーラスが優雅にご馳走に舌鼓打っていた。
「…相変わらず、余裕ナイ食い方だな…。
だがあれは、マズかったぞ?
幾ら寝ぼけてたからって『手でも口でもシてやる』なんて。
滅多な事で口にするもんじゃない」
ギュンターは顔を上げ、そう告げるディングレーに言い返そうとするが、口にいっぱい食べ物が詰まってるので、口が開けない。
代わってリーラスが口開く。
「…こいつ、そんな事言ったのか?
俺らなら猥談は日常語だが。
流石にそれを、男には言わない」
「(…女には、言うんだな…)
一・二年の、下級のいる場でその発言はマズい」
ディングレーの言葉に、リーラスも頷く。
「確かに。
口か手でしてくれ。
なら分かる」
ディングレーはがっくり、首垂れた。
「(…そうじゃなくて…)奴ら初心だから。
…特にローランデが」
ギュンターが“ローランデ"の名を聞いて、顔を上げる。
相変わらず口に詰め込む手が止まらず、喋れなかったけど。
リーラスが、頷きながら言葉を返す。
「ローランデか…。
まあ普段のアイツ、貴公子そのものの優等生でカンに触るが。
剣の腕知ってるから、突っかかる気も失せる。
だが一度酒場に来ちまった時、女に取り囲まれてモテまくりやがって。
気の荒い女好きが、ぶん殴ろうと立ち上がったけど。
あいつがあんま、真っ赤になって必死で女達に丁寧語で断ってるの見て。
流石に拳、引っ込めたな」
ディングレーは頷く。
「…どうせローランデに振られた女の機嫌取って、その後頂いたから。
上機嫌だったんだろう?」
「まぁな。
俺ならあんなイイ女に取り囲まれたら、絶対断らないが。
あいつ、そんな時でもお上品だから。
皆が徹底した貴公子ぶりに、尊敬すらしてる」
それを聞いてディングレーが、項垂れながら白状した。
「…俺ですら、人間の出来が違うと思える貴公子ぶりだ」
「…お前は威厳はあるが。
貴公子には見えない」
「…成ろうとしても成れないから。
とっくに諦めてる」
ディングレーの告白に、リーラスはおおいに笑う。
「まあ、お前は王族してチャラついてる時より。
剣握ってる時とか、アンガス犯してた野性味たっぷりの時の方が。
男としては、一目置けるし好感持てるぞ?」
「…あんたらには、それで通用するが。
「左の王家」の一族集会では『上品』できないと、出来損ないみたいに見下されるからな」
「そんな連中に見下されたからって、どって事無いだろう?」
ディングレーはそれ聞いて、リーラスを睨む。
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親父にきつく言われてる。
『家の体面は、お前が守れ』と」
リーラスは大きなため息と共に、同情を口にした。
「…出来損ないのバカ兄貴持つと、弟は苦労するよな。
グーデンの方は、見下されてるなんて気づきもしないんだろう?」
ディングレーは無言で頷き、けどギュンターはその間も食べ物を口に、掻き込み続けた。
ヤッケルとフィンスは風呂の後、やっぱりディングレーですら引っかかった、ギュンターの『手でも口でもシてやる』のセリフを掘り下げて議論していた。
「…つまりやっぱり…ケツは嫌だって事か?」
ヤッケルの言葉に、フィンスは頷く。
「もしかしてオーガスタスとも。
そっちじゃなく手とクチでシてるのかも」
「…それで『教練』のナンバー1と2を両手玉か…。
そこらの娼婦、まっつぁおなテク持ちだとかかな?」
「…けど平気で人前で口にしてるから…。
彼に取っちゃ、きっとどって事無かったりして」
「日常茶飯事で?
…お前一度、頼んでみたら?」
ヤッケルに言われたフィンスは、言われた瞬間ぴしっと硬直し、固まりまくったので。
ヤッケルはため息と共に、顔下げた。
シェイルはお風呂上がりのいい香りのするローランデと、一緒の寝台で。
嬉しくって、凄くはしゃいでいた。
「ローランデ、すっごくいい匂いがする!」
ローランデは優しく微笑んで
「君もいい香りだよ?
寝酒する?」
「薔薇酒?
これ甘くて美味しくて、大好き!」
ローランデは銀髪のとびきり綺麗なシェイルが、緑色の瞳をきらきら輝かせる姿にうっとり見とれ、一緒に薔薇酒の深紅の酒の入ったグラスを持ち上げ、カチンとシェイルとグラスを合わせ、喉越しに通っていく、甘くてかっ!と身の火照る酒を、心から楽しんだ。
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