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アスランの決意とその結果

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 ギュンターとリーラスが帰った後、ディングレーは美少年三人の部屋を、そっと扉を開けて覗く。
アスランとハウリィは部屋に食事を持ち込んで、一生懸命マレーの気分を明るくしようと、話しかけ続けていた。
マレーに微笑が戻り、ディングレーは声をかけず、そっと扉を閉める。

だから翌朝、マレーは元気を取り戻していたけど。
「…アスランはどうした?」
ついハウリィの後から、とっても暗い表情で顔を出すアスランに視線が吸い付いて、ディングレーはそう尋ねた。

マレーとハウリィは振り向き、アスランが顔を真っ直ぐの黒髪に隠すように俯く姿を見て、ため息を吐く。
マレーは顔を上げて告げる。
「多分、合同授業でスフォルツァにまた迷惑かけるかもって…心配なんだと思います」

ディングレーもため息を吐くと、つぶやいた。
「…かけてもあいつの役割なんだし。
俺だって手の焼けるヤツ任されても、最後まで面倒見るぞ?
もしそれが出来なかったら…」

アスランが、王族ディングレーの言葉に顔を上げる。
「出来なかったら?」
「学年筆頭、失格だ。
名ばかりで、誰も付いて来ない」

アスランは呆けて、ディングレーを見た。
ディングレーは見つめ返すと、優しい声で囁く。
「スフォルツァはお前の面倒を見ることで、他の奴らにも示してる。
“俺を信頼してくれていい"と」

ハウリィも。
そしてマレーも。
長身で頑健な体格の、凄く男っぽくて格好いい、黒髪の王族を見つめた。

“もし僕に剣の腕があったら。
きっとこの人に最後まで付いて行く"

マレーとハウリィはそんな言葉が、自然と心に湧き出るのを感じた。

「お前が手が焼ければ焼けるほど。
皆はスフォルツァが、どこで放り出すかを見つめてる」

「じゃ…スフォルツァにとっても…テストのようなものですか?」
ディングレーは頷いて言った。
「俺の見立てじゃあいつ、最後まで放り出さずやり抜くだろうな」

アスランは不思議そうに、ディングレーを見上げた。
「…どうして、分かるんです?」
「剣を振ってる姿を見てれば、分かる。
途中で放り投げる男が、最後まで勝ち残れるか?
…ダテに学年一の、腕じゃないって事だ」

アスランだけで無く。
マレーもハウリィも、そう言い切ったディングレーの、窓から差す朝日に照らされた横顔を見つめた。
整いきった顔立ちだったけど。
何より、静かな覚悟のような物が見て取れて、三人は三年大貴族達が、ディングレーの為ならどこまでも付いて行くと思ってる気持ちが、理解出来た。

“特別な人"

「行くぞ!」

ディングレーに促され、三人は開けられた扉から出て行く。
食堂には大貴族らが食事の真っ最中だったけど。
ディングレーと三人の美少年がその背後を通り過ぎる時。
皆が顔を上げて会釈する。
敬意と共に。

ディングレーは皆に頷き返し、三人を伴って通り過ぎる。

宿舎前の広い道路を進み、一年宿舎に入る。
まだ朝食前のがらんとした大食堂の、横の階段を上がりきり、一年大貴族用食堂へと入る。
気づいたスフォルツァが椅子から立ち上がって、出迎えてくれる。

スフォルツァは一年ながら、自分よりずっと長身で体格の良いディングレー相手でも、怖じる様子無く三人の背を促し、ディングレーに会釈する。

アスランはそっ…と、スフォルツァを見上げた。
そして、振り向いて背を向けかける、ディングレーを見た。

どこか…二人が互いを認め合ってる、張り詰めた雰囲気があって…。
今までこんな人達に出会ったことの無かったアスランは、改めて感じた。

“ここを…辞めたくない”

顔を下げるアスランに気づき、スフォルツァが顔を傾ける。
「…体調でも悪いのか?」

緩やかなウェーブの明るい栗毛が揺れ、ヘイゼルの涼しげな目元の、一見王子様のような風貌。
アスランは改めてスフォルツァを見て、思った。
“きっと昔の僕なら。
外見しか見ないで、本当はとっても親切で心の温かい人だなんて…気づきもしなかった”

口を開かないアスランを庇うように、マレーが囁く。
「週末、戻った自宅に居座っていた詐欺師を、同行してくれたオーガスタスが護衛連隊に突き出してくれたのはいいけど…。
もう『教練キャゼ』をいつでも辞めていいって、オーガスタスに言われて…アスラン、悩んでるんです」

アスランはつい、スフォルツァの表情を見守った。
ほっとした表情を、するのかと思った。

けどスフォルツァは、無表情で尋ねる。
「辞めたいほど、辛いのか?」
「辞めたくないです」

つい口から出てしまい、アスランははっとする。
けどスフォルツァは、その時ようやく微笑む。
「いい根性だ!
お前、剣も乗馬もからっきしな上、やたら顔が可愛いしで、てんでここに向いてないが。
辞めたくないなら、辞めざるを得なくなるまでやってみろ。
お前が続けたいなら、みんな力になる」

アスランは改めて微笑むスフォルツァを見た。
“厄介なのに。
自分のせいで、ミシュランに睨まれまくって嫌な思いするのに。
それでも微笑ってくれる…”

「僕、頑張ります!」
オーガスタスが同行してくれたせいか。
嫌いだったゼダンが居なくなって、アンネスと心から楽しい時間を過ごしたせいか。
アスランは気が大きくなって、きっぱり言い切る。

マレーとハウリィだけは、顔を見合わせ
「…なんか…凄い意気込みだけど…」
ハウリィがそっと言うと、マレーも頷き返す。
「無茶、しなきゃいいけど…」
そして二人は顔を見合わせ、心配そうに気概溢れる表情で、微笑むスフォルツァを見つめ返す、アスランを見続けた…。

 午前中はまるっと講義で。
マレーは講師の言葉を書き写しながら、ふと昨日二年に混じってローフィスの部屋で、これと似た内容を書き写したのを思い出し、顔を上げる。
間もなく鐘が鳴り
「この内容について、羊皮紙三枚書いて来るように!」
と課題を出した。

「(…昨日写してたのって、一年の課題も混じってたのかな???)」
首を捻りながら、既に席を立ったハウリィとアスランの元へ、マレーは走る。
間もなくスフォルツァとアイリスが三人の両横に護るように立って、大食堂へと一緒に歩き出した。

食堂では二年と三年らが集まって何やら凄く騒がしく、ディングレーの姿が見えなかったし、ギュンターもいなかった。

アイリスが、通り過ぎざま見かけたヤッケルに、背後から尋ねる。
「ディングレー殿のお姿が見えませんが」
「ああなんでも講師に呼び出されて、遅れるらしい。
ギュンターはサボりだって!
四年は剣の講義が凄く押してて、当分来ないらしくて、だからこの騒ぎだ」

「…もしかして、ギュンターがディングレー、オーガスタスのどちらと付き合ってるかで騒いでる?」
「当然だろう?
お前ら一年は知らないだろうが。
オーガスタスもディングレーも今まで一度だって、『教練キャゼ』で男と浮名流した事、無かったんだぜ?!!!!」
「…なるほど…」

アイリスが顔を下げると、三人を挟んだ向こう側のスフォルツァが呆れ気味にぼやく。
「ほぼ、妄想だな…」
マレーがつい顔を上げ、アイリスに尋ねる。
「ディングレー様って、ギュンターと付き合ってるんですか?」
アスランもハウリィも、代表で聞いてくれるマレーに感謝しつつ、興味津々で返答を待つ。
「…だって君ら、ディングレーの私室に居るのに。
見てないの?
その…二人が親しい姿とか」

三人は顔を見合わせ合う。
「…僕ら、殆ど宛がわれた部屋で、三人でいる事が多いし…」
ハウリィが言うと、アスランも頷く。
「あんまりウロついても、恐れ多いって言うか…凄く、豪華だし」
マレーは顔を下げる。
「お世話になってるディングレー様の、迷惑になってもいけないと思うし…」

アイリスとスフォルツァはそれを聞いて、顔を見合わせた。
質問したのに質問し返された三人は、互いを見合う。
「…君は、どう思うんだ?
俺は彼らの憶測だと思ってるけど」
スフォルツァに言われ、アイリスは俯いてため息吐く。
「ギュンターがどういう性格か、今一掴みきれない。
けどギュンターの口からディングレーに
『あんたなら、手でも口でもシてやる』
と聞いてるし」

ハウリィはびっくりし、マレーは顔を下げて頷く。
「…言ってましたね…」

アスランだけが
「手と口で…何するの?」
とこっそり横のハウリィに尋ねていて、ハウリィは説明に困ってた。

スフォルツァは
「分からないなら別に掘り下げなくてもいい」
とハウリィを庇った。

 午後は乗馬で。
アスランはこの後の合同授業も乗馬なのを思い出し、出来るだけ慣れようと必死で手綱を握る。
アイリスがずっと横で、アスランに貸した自分の馬のアレンを導いていて、アスランは自分でもびっくりする程スムーズに進み、はしゃいで喜んだ。

けれどマレーとハウリィは並んで騎乗しながらその様子を見、不安そう…。
側に付いてるスフォルツァも、ため息を吐く。
マレーが俯き加減で囁く。
「…あれってやっぱり…アイリスが馬に合図を送ってるから…」
スフォルツァもその言葉に頷く。
「ああ。
早すぎるとアイリスがアレンをチラと見て、自分の馬をゆっくりめに走らせて
『速度を落とせ』と示したり。
遅すぎると『もう少し早く』と、速度を上げて併走するようアレンに指示を出してるから」

ハウリィも顔を下げる。
「じゃ…アスランじゃなくって、アイリスが馬を操ってる…?」
スフォルツァは同意した。
「そうなるな」

マレーとハウリィは
“じゃそれで『上手に乗れた』って、アスランが勘違いするのって、マズイんじゃ…”
と言いかけて、スフォルツァもそう思ってると感じ、二人は口を閉じた。

その後の、合同授業の時だった。
上機嫌でアスランは馬を走らせていたけど、また崖を下る訓練で。
皆が辿り着いたのは、前回とは違い、かなり傾斜のある崖だった。

やっぱり一番遅れてるアスランと、併走するスフォルツァが崖の上に来た頃には、全員が下り降りてて、下の平らな場所で見守ってる。

アスランが少し、崖の近くに寄った時。
まるで垂直に見え、しかもあまりの高さに、血の気が引いていくのを感じた。
下からびゅうぅぅぅぅっ!
と風が吹き上げ、どうやったらこんな切り立った崖が下りられるのか。
見当も付かなかった。

スフォルツァは固まってビビリきってる、アスランに告げる。
「確かにそのまま降りれば、かなり前傾する。
けど真っ直ぐ降りなくていい。
斜め横へまず降りて、後はジグザクに降りて行け」

そして、手本を示すように馬の腹を蹴ると、下で無く斜め下。
ほぼ、横へと降りて行く。

けれどアスランはこんな傾斜の急な坂へ、少し降りただけでも、馬の背に居る自分の姿が想像出来なくて、恐怖で竦んで動けなかった。

スフォルツァは崖の斜め横で、見上げてアスランを待っている。
けれどアスランが動かないので、馬の向きを変えて上へ。
アスランの元へ、戻ろうとし始めた。

けれどその時。
下にいたミシュランが、自分のグループ生のあまりの不甲斐なさに、大声で怒鳴りつけた。

「何やってる!
さっさと下れ!!!
この臆病者っ!!!」

凄く鋭い声で、アスランはびくっ!と身を戦慄かせた途端、馬の腹を軽く蹴ってしまった。
アレンは咄嗟、合図をもらい駆け出す。
坂に駆け下りるため、一瞬上に跳ねた拍子に。
アスランは吹っ飛んでいた。

スフォルツァが必死で馬を駆って駆けつける。
アスランは自分の体が宙に浮いているのを、不思議に思った。
崖を下るアレンが視界に入る。
アレンは背から飛んだアスランに気づき、首を思いっきり振り向けて、慌てて崖上に取って戻ろうと身を翻し…。
坂で足をつまずかせ、体を大きく坂の下に向かって傾け、今にも転びそう。

もし転んだら…!
坂をごろごろ転がって…死ぬか大怪我…!!!
咄嗟アスランは心の中で叫ぶ。
“いいからアレン!
行って!
君が危ない!!!”
けど落ちて行くアスランは視界を崖に遮られ、その後のアレンがどうなったか。
見ることは出来なくて。

その時どんっ!
と背に岩が思い切り当たって。
凄い衝撃で一瞬息が止まり、その後脇腹が熱くなって。
そして鋭い痛みが走った。

「アスラン!!!」

スフォルツァがぼやけて見える。
凄く慌てた様子で、必死な表情で。
馬から飛び降り、駆け寄って…。

抱き起こされた時、アスランは何か言おうとしたけど。
背に受けた衝撃が凄すぎて、意識が遠のいた。

「アスラン!
アスラン!!!」

スフォルツァは抱き起こして叫ぶが、アスランの脇腹には縦に長い、岩で裂けた傷口が出来、血が流れ出て抱くスフォルツァの、腕を濡らす。

講師が一気に、馬で駆け上がって来る。
ほぼ同時にアイリスも。

目を閉じたアスランは、自分を覗き込むスフォルツァの他、講師の横にアイリスの姿を見つけ、囁く。
「アレン…アレ…ンは、大丈夫?」
アイリスが、素早く囁く。
「ちょっと、びっこを引く程度の捻挫だから。
ちゃんと手当てしておく。
それより君は?」
「…脇腹…が、熱くて…動くと痛い…」
「出血してるからな!!!」
講師は叫ぶと、両横のスフォルツァとアイリスに手を振り払って後ろに退かせ、岩の横に仰向けに横たわるアスランに屈み込むと、体に腕を回して一気に抱き上げる。

次にアスランが気がついた時。
まだ外で、皆が傷の血を止めようと、薬草を貼っていた。
「もう無いか!!!
誰か他に携帯してないか?!」
講師が叫び、シェイルが…優しい指で、傷に薬草を当ててくれていた。
「ありが…と…」
「喋らないで!
他に痛いところは?!」
心配そうで、泣き出しそうな声。
「…背中…打ったのに…。
どうしてそんなとこ、怪我したのかな…?」
うわごとのように言う。

スフォルツァがブーツを掴み、叫んでる。
「これ!
感じるか?!」
「ちょっと…痺れてる…」

見守る人だかりの誰かが、囁く。
「え?
背中打ったって…ヘタすると下半身麻痺…?」
「どけ!」
叫び、人を腕で払い退けてやって来たのはディングレーで、ブーツの上からアスランの足首を、思いっきり握る。
途端アスランは足首に激しい圧迫を感じ、条件反射で叫んだ。
っ!ぃたたたっ!」
「大丈夫だ!」
そう、振り向いてディングレーは背後の見物人に叫ぶ。

講師の、呆れたような声。
「…無茶しやがって…。
ともかく、止血してから運ぶ」

アスランは傷口が熱くて意識がぼうっとして…。
そこでとうとう、気絶した。
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