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監督生交代で、怪我から異常な早さで復活するアスラン

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 その朝、スフォルツァは一年大貴族宿舎に、アスランが。
ディングレーの引率で、ハウリィとマレーに付き添われて姿を見せたので。
どれだけほっとした事か。

感激でアスランに駆け寄り、尋ねる。
「痛みは?
もう、いいのか?!」
アスランは顔を上げ、クリームブラウンの長い髪を胸に垂らし、卵形の童顔ながらも切れ長の男っぽいヘイゼルの瞳をした、相変わらず綺羅綺羅しい王子様みたいな雰囲気のスフォルツァを見上げ、頷く。
「まだちょっと…捻ると痛いですけど…。
全然軽いです!」
横でマレーが、焦げ茶の縦ロールの巻き毛を揺らし、茶色の勝つヘイゼルの瞳を細め、にっこり笑う。
「サッテス様から頂いた、凄く変な味のお薬、ずっと真面目に欠かさず飲んでたお陰です!」

けれど金に近い明るい栗毛を頭に肩に、ふんわりまとったハウリィは、ブルーの瞳を横のアスランに向ける。
アスランは真っ直ぐの黒髪に、俯けた顔を隠すように項垂れ、その最悪に苦くて甘くて酸っぱい、変な味の薬を思い出したように思い切り、顔を下げてるのをハウリィは目撃した。

付き添いで来ていたディングレーは頷き、透ける深いブルーの瞳に同情を滲ませ
「まだあまり、無茶するな」
と言うものの…。
なんだか気もそぞろで、落ち着かない様子。


「任せたぞ」
と言って窓から差す朝陽の中、長い直毛の黒髪をひるがえし、背を向ける姿は相変わらずシビれる程男っぽくって、格好良く。
アスラン、マレー、ハウリィだけで無く、スフォルツァまでため息を吐いて見惚れた。

アスランは顔を上げ、スフォルツァに尋ねる。
「ギュンターが…代わって監督生になったって…」
スフォルツァは聞かれて目を見開き、その後微笑む。
「君の方が多分、詳しいとは思う。
が、ミシュランと違い、あの凄く綺麗な顔の割に…意外と親しみ易い」

言った後、スフォルツァは『なんでかな?』と言うように不思議そうに首捻るから、アスランは茶色の瞳をキラキラさせ、微笑む。
「はい!
顔が凄く綺麗だから、気後きおくれするけど。
でもなんだか凄く、安心感あるんですよね、ギュンターって!」

スフォルツァはそう言ったアスランが、怪我の割に元気いっぱいで。
つい、横のハウリィの顔を見た。

ハウリィはスフォルツァが言いたいことが、分かってるみたいに俯いてささやく。
「あの…監督生がギュンターに代わった。
って聞いた途端…アスランの怪我、治りが早くて」

マレーも気の毒そうに、アスランを見る。
「代わる前は…サッテス様も診に来て
『四・五日は寝台から出られない』
って言ってたのに…。
ギュンターに代わったって聞いた途端、なんか突然元気で顔色も良くなって。
…よっぽど…ミシュランがプレッシャーだったんでしょうね…」

スフォルツァも俯いて頷く。
「気持ちは分かる。
治ってまた合同授業に出たとしても…病み上がりで、更にミシュランにめちゃくちゃ厳しく罵られると思ったら…。
怪我も治らない」

アイリスがたっぷりした濃い栗毛を肩に胸に流し、深窓の令嬢のようなたおやかな雰囲気を醸し出す、色白の整いきった面長の綺麗な顔を見せ、横にやって来ると。
濃紺の瞳をキラキラ輝かせて、言葉の後を継ぐ。
「そりゃ、治るものも治らないよね?
アレスも君に会うの、楽しみにしてるから!」

それを聞いた途端、アスランは凄く嬉しそうに微笑んだ。

ハウリィもマレーもスフォルツァもが。
『あんな事故の後なのに、馬は怖く無いんだ』
とは思ったものの、ずっと激しく落ち込む原因だった
『ミシュランが居ない』
って事が、どれほどアスランの気持ちを軽くしてるのか。
分かりすぎて口を閉じた。

だから昼食時、一学年が一番遅れて大食堂に入った時。
スフォルツァはギュンターの姿を見かけ、なんだか凄くほっとして、目が合うと会釈する。

三学年は一番早く来ていたのか。
もう食事をほぼ終え、次々に食堂から姿を消して行く。

ギュンターは軽やかに寄って来て、スフォルツァに頷き、アスランに声かける。
「もう…いいのか?」

アスランは満面の笑みで、とても長身だけど細身な、金の巻き毛を首に巻き付け、切れ長の紫の瞳の、優美な美貌のギュンターを見上げ、頷く。
けれど両横にいたハウリィとマレーは顔を見合わせ、マレーがこそっ…と囁いた。

「あの…まだ動くと痛むから、あんまり無理しないように、と…」
アスランが、けれどマレーに振り向く。
「二日間、ずっと寝ていたし。
殆ど痛まなくなったし!
僕、凄くアレスに会いたい!」
「…アレス?」
アスランは笑顔で、そう尋ねる長身のギュンターを見上げる。
「アイリスが貸してくれた…優しい馬です!
僕のせいで、怪我しかけて…」
そう言って、俯く。

シュルツが素早く側に寄って来ると、ギュンターに耳打ちする。
「…落馬の時乗っていた馬で。
アスランは振り落とされたんです」

ギュンターはシュルツを見ないまま、頷く。
「…つまりお前は。
自分の指示が悪いせいで、馬のアレスが悪者にならないか、心配か?」

アスランは心情察してくれるギュンターに、凄く嬉しそうに笑顔向けて頷く。
「僕が『行け』ってお腹蹴っちゃったから!
けど僕が振り落とされて、アレスは優しいから。
坂なのに。
降りてく最中なのに、無理な体勢で僕に振り向いて。
それで大怪我しそうになって…。
それに、自分のせいで僕が怪我したって…凄く気にして落ち込んでたって…」

アスランの顔が、どんどん下がる。
「…僕の指示が悪かったせいで、僕が落馬したのも、僕のせいなのに…」

自分を責めるアスランに、ギュンターの横にいたシュルツはため息と共に告げる。
「…ミシュランが。
『さっさと降りろ!』と、怒鳴りつけた反射で、意に沿わず蹴っちゃったんだろう?
自分の意思で蹴ってたら、馬にしがみついてたはずだ」

ギュンターはその時やっと、横のシュルツに振り向く。
栗毛で四角い顔の輪郭。
朴訥で親しみ易い雰囲気ながらも、よく見ると大貴族の品格を備えてる。
誠実な雰囲気をたたえ、目元は優しげながらも男らしく整っていて、一目で好人物だと、誰もが好印象を持つ。

ギュンターは頭一つ背の低い、けれど肩も胸もしっかりした体格の、感じの良いシュルツをじっと観察しつつ、問う。
「怒鳴りつけて…?
アスランはミシュランの言葉に、従ったのか?」

アスランは顔を下げる。
「し…たがった…んじゃなくって、びっくりしてつい、蹴っちゃって…」

ギュンターとシュルツは俯くアスランを見つめる。
「…怒鳴られて…びっくりしたのか?」
ギュンターに聞かれ、アスランは頷く。

スフォルツァが、シュルツとは反対横からギュンターに口添えする。
「日頃ミシュランに…アスランは睨まれまくってましたから。
アスランは、ミシュランが側に来るだけでも縮み上がり、萎縮していました」

アスランはスフォルツァをチラ…と上目使いで見ながら、囁く。
「でも僕…いっつもスフォルツァに庇って貰って。
スフォルツァが僕の代わりに、いっつも怒られて…」

ギュンターは横の…一見品良く、軽めの王子様風に見えるものの、どこか威厳と気概を垣間見せる背の低い(ギュンターからしたら)スフォルツァを、見下ろし目を見開く。
「…大貴族で確か一年の、学年筆頭だって聞いた。
が、平貴族のミシュランに、怒られてたのか?」

シュルツが横から
「ミシュランは大貴族が、威張ってるから嫌いらしくて」
と口挟むと、スフォルツァも
「合同授業では、大貴族だろうが関係無いと…」
と俯いてつぶやく。

ギュンターは自分の仕事を楽にしてくれそうな二人の、項垂れる様子を左右交互に首振って見た。
「…で、お前アスランを庇ってたのか?」

スフォルツァは顔を上げる。
「ミシュランにとっては関係無くても!
筆頭を名乗る以上、面倒見るのは当たり前ですからね!」
きっ!とそう言い放ちながら見上げると、スフォルツァはギュンターの笑顔を目にした。

「エライなお前」

スフォルツァは一瞬、ギュンターの笑顔に見惚れ…次に頬を染めて俯き、ぼそりと言った。
「いえ、当然の事です」

アスランも口添えする。
「責任だから…って、義務的じゃなかったです!
ちゃんと親身に、なってくれました!」

ギュンターは、にこにこ笑って言った。
「ここは身分が高いからって、威張ってるダケのヤツは少ないよな?
俺の学年のディングレーも。
王族なのに、親身に下級や俺の面倒までも、見てくれる」

そしてスフォルツァにまた、優美な美貌の笑顔を披露し、言った。
「俺は『教練キャゼ』に不慣れだから。
悪いがもう少し、アスランを気にかけてやってくれ。
何かあったら、直ぐ俺に知らせてくれれば。
俺が、対処する」

「………………………………」

シュルツもスフォルツァも。
ギュンターから『対処する』なんて言葉が聞けるとは思って無くて。
凄く軽めの色男に見えたし、責任感とか男らしさから、遙かに無縁に見えたので。
目を見開き、そして頷いた。

「…そうします」
スフォルツァに言われ、ギュンターは戸口で振り向いて待つダベンデスタに気づき
「じゃな!
今日は乗馬だそうだ!
アスランは怪我が治るまで、誰かと同乗だ!
誰も居なければ、俺の馬に乗せる」

スフォルツァが微笑む。
「アレスに乗りたがってますから。
今日は俺の馬は馬丁に運動頼み、俺がアスランに同乗します!」

ギュンターは戸口に行きかけて振り向き、笑顔で
「頼んだぞ!」
と言って、金の巻き毛を振って駆け去って行った。

その軽やかな背を見送り、スフォルツァとシュルツは顔を見合わせる。
「…なんか…」
シュルツが言うと、スフォルツァも頷く。
「…一見、クールで無関心に見えるけど…」

アスランだけが、にっこり微笑んだ。
「全然、違うでしょう?」

アスランの両横の、ハウリィもマレーも。

そして向かいに立つ、シュルツとスフォルツァまでもが。
皆、ほぼ同時に頷いた。
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