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突然の特別講義

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 午後、オーガスタスが仲間達と講義室へ向かう。
階段を登り、講義室へ続く廊下に出ると、戻って来る連中とすれ違う。
すれ違い様
「大鍛錬場だ」
とつぶやかれ、横のローフィスと顔を見合わす。
反対横のリーラスが肘でつつき、見ると廊下の先。
講義室の戸口で、講師が叫んでる姿を目にする。
「特別講義を行うから、大鍛錬場へ向かえ!」

仲間達は口々にぼやいてる。
「…って、剣の講義って事か?」
「…昼食前の講義も、剣だったぜ?」
「このところ毎度昼食前に、剣の講義入れて来るよな?」
「しかも毎度グーデン一味が、俺らにやたら突っかかって来やがる!」
「毎講、時間押しで。
毎度の昼食、四学年が一番遅れて最後。
今日やっと、珍しく突っかかって来ないで真っ当に昼食に出られたと思ったら…」
「なんなんだ!」

その後、途端に声ひそめ、ぼそっと一人が言う。
「…あれだろ?
ギュンターが、ディングレーとオーガスタスの二人とデキてるって、下級の馬鹿な噂」
「…まさかみんなマジでそんなアホな事、信じてるのか?」
「グーデン一味は信じてるらしいぜ。
目を付けてた一年の美少年三人は、がっちりディングレーがガードしてるし。
気安く喧嘩売れるギュンターは…ヘタに絡むと、オーガスタスが出て来るかも。
って、迂闊に突っかかれなくて…」
「それで鬱憤溜まって、俺らに突っかかって来てんのか?!
奴ら!!!」

オーガスタスとローフィスは、また顔見合わせる。
オーガスタスが、ぼそり…と呟いた。
「…俺ら同様、課題で煮詰まって、暴れたいのかって思ってたぜ…」
途端、仲間達は口々に叫ぶ。
「グーデン一味だぜ?!」
「奴ら、グーデンの口利きで課題なんてしなくても、卒業出来るに決まってる!!!」

オーガスタスは横でローフィスが頷き
「それでも相変わらずオーガスタスは怖くて。
突っかかる相手は、俺らだけどな」
と言うのを聞いて、項垂れる。

「…俺に突っかかってくれて、良かったんだけどな…。
けどあいつら、俺が前に立つと逃げやがる」

皆、一斉にそう言ったオーガスタスを注視し、ぼそりぼそりと口開く。
「…俺でも逃げる」
「お前、最近喧嘩相手が全部卒業して、体力有り余ってないか?!」
「ハウリィの義父、立てないほど叩いたって?」

オーガスタスは言った連中の顔見て、ぼやく。
「…ひ弱なジジイだぜ?
あれでも加減したんだ」

全員にため息吐かれ、オーガスタスは悲しげなため息、吐き返した。
「…お前らが激しくグーデン一味と剣交えてるの、指咥えて見てるの、ホント残念だったぜ…。
奴ら相手なら思う様、剣振れるのに」

「…だから。
それが怖いから、避けて俺ら相手に鬱憤晴らししてるんだ」

ローフィスに解説され、オーガスタスはまた、ため息吐いた。


大鍛錬場は二年、三年の合同授業で、続々と生徒らが場内に詰めかける。
が、後からやって来る、一際体の大きな四年らが姿を見せると、皆ざわざわと、どよめきながら場内で入場する四年らを見つめた。

「…なんで四年が居るんだ?」
「どうなってる?」

ディングレーは戸口に姿を見せる、背の高い四年らの中でも、一際大きなオーガスタスの畏怖堂々とした姿をチラと見る。
奔放に跳ねた赤毛を背に流し、肩幅も胸も広く、が腹は引き締まりきっていて、長い足で歩を踏むと横のローフィスは追いつこうと、早足になる。
金に近い栗毛のローフィスは、童顔で小柄にすら見え、オーガスタスとの体格差は歴然。

が、そんなオーガスタス相手でも、対等に話してるローフィスを見ると、つい敬意を抱いて見つめてしまう。
ローフィスが一瞬、目を上げる。
意志の強さを示す、くっきり浮かび上がる明るい青の眼差し。
軽く頭を振り、もう視線を外す。

けれどディングレーは、ローフィスの微かな会釈を得。
ギュンターと自分の情事の妄想していた、周囲に立つ取り巻き大貴族らへの、朝からくすぶり続けてた怒りが。
静かに引いて行き、自信と落ち着きと、そして余裕を取り戻した。

ギュンターは遅れて場内に駆け込む。
直ぐ目前を左へと逸れていく、オーガスタスの広い背を見つける。

「四年もか?!」
勢い込んで叫ぶと、オーガスタスは振り向き、笑顔で頷いた。
ギュンターも笑顔を向け、右へ。
三年剣立てが置かれた場所へと駆け込むと、まあマシ。
な程度の剣を、剣立てから引き抜いた。

だが場内の誰もが、ギュンターとディングレーとの疑惑は消えたもののオーガスタスとの仲は依然いぜん、あるだろうと思っていたので。
ギュンターとオーガスタスの笑顔の応酬に、一斉にむくむくと妄想が頭をもたげ始める。

今はもうディングレーも、連中の頭の中身が脳裏に浮かんだから。
取り巻き大貴族らまで二人の様子を注視し、ざわめく様子に、顔を下げてため息吐く。

が、ローフィスから
“ギュンターと連んでる以上、噂は覚悟してる"
とオーガスタスの覚悟を知らされていたので。
「(オーガスタスは、納得ずくだ)」
と思い返し、周囲の浮き足立つ雰囲気にまれ、落ち着きを無くしそうになったが、何とか踏みとどまった。

ギュンターがふと顔を上げると。
一際色白で優しげな美しい顔を見つけ、目を向ける。

珍しい明るい栗毛に濃い栗毛が交互に混ざる、たおやかなエンジェルヘアと澄んだ青い瞳の、高貴なる貴公子、ローランデ。

けれどローランデは、見つめていたギュンターに見返され、途端頬を染めて顔を下げる。

「…?(…何で俺の顔見て、恥じらうんだ?)」

ギュンターはローランデが猥談に弱い。と知っていたので
「(顔にナンか、卑猥なもんとか、付いてるのか?)」
と首捻った。

が、暫くして場内に、一年までもが雪崩なだれれ込んで来る…。

二年、三年、四年講師らは顔を見合わせ、引率して来た歴史の講師の言い訳を待つ。

一年、歴史の講師は待ち受ける剣の講師らの目前で止まると、口開く。
「…多分見せ試合だろうと、見当付けた見物志願の者らが。
講義室からこっそり抜け出し、その後も続々と講義室を出て行き。
抜け出す者が後を絶たないので、休講にして見物に来た」

剣の講師らは、一斉にため息吐いて顔を下げる。
歴史の講師は一年らに
「端に控えて、邪魔にならないように!」
と指示を出していた。

二年、三年、四年らは皆、剣は持つものの、皆周囲に控えて中央を空け、口々に喋りながら指示を待ってる。

四年の講師がオーガスタスを手招きし、オーガスタスが集まる講師らの元へ行くのを、場内の誰もが興味津々で見つめた。

「…なんだ?」
オーガスタスが寄って尋ねると。
厳しい顔付きの威厳を見せる四年講師ですら、長身のオーガスタスを見上げ、尋ねる。
「…お前、自分とギュンターとの噂、知ってるのか?」

オーガスタスは
『その話か』
な顔で、うんざりしきって頷く。
「最近、盛り上がってるらしいな?」

明るい栗色巻き毛の、若年の軽く見える二年、剣の講師がため息交じりに告げる。
「盛り上がってるなんて、もんじゃないぞ?」
三年、濃い真っ直ぐの栗毛で、鼻に髭を蓄えた剣の講師が呟く。
「ギュンターは学年無差別剣の練習試合に、出てない。
更に監督生になったので…」
そこまで言うと、オーガスタスが後の言葉をかっさらった。
「…ギュンターが実力見せないと、他の監督生志願者が納得しない?」

講師らは、一斉に頷く。
「で、ギュンターとやらせてもいいか?」
三年、剣の講師が問うと、二年、剣の講師はぼやく。
「噂がマジなら。
逆に二人の仲を確信させ、やぶ蛇になりかねない」

が、銀髪直毛の四年、剣の講師は、最年長の威厳を見せ、仲間に告げた。
「オーガスタスはやれる。
…そうだな?」

自分に発言させない、講師のいかつい威厳溢れる顔を見つめ返し、オーガスタスはため息交じりに頷く。
「…だが監督生に成り立てのギュンターに、怪我させちゃマズいんだろう?」

二年、剣の講師は目を見開いた。
「…そっちの心配か?」
三年、髭の剣の講師は、目を細めて笑う。
「あいつはむざむざ怪我はしない。
鞭がしなるような俊敏さで、徹底して攻撃をかわすからな」

二年、剣の講師と四年の講師は、そう言った三年の講師に振り向く。
「…だからギュンターに、強者と対戦させると。
決着が、なかなか付かないのか?」

三年、髭の剣の講師は、黙して頷いた。

オーガスタスは頷いて、講師らに頼み込む。
「こっちが牙剥けば、きっちり牙剥き返すヤツだから。
どっちも熱くなりすぎて、もし俺があいつに、大怪我負わせそうになったら…」
「止めてやる」

四年、剣の講師に即座に言われ、彼を信頼してるオーガスタスは、頷いた。

行って良い。
と頷かれ、オーガスタスが背を向けると。
背後から講師らの、ひそひそ声が聞こえた。
「…やっぱ、噂だったか…」
「編入試験時の。
ギュンターの戦い振り見てたら、推察出来る。
とにかく負けん気が強いから、どれだけ不利でもひたすら勝つ為に、戦い続ける男だ」
「…なんであんな綺麗系を編入させるのかと。
思わずあんたを勘ぐったぜ…」
「…あの美貌に誘惑され、合格させたと?」

オーガスタスがそのくだりで思わず振り向くと。
やっぱり軽い発言してたのは、二年、剣の講師で。
彼はしっかり頷き、ギュンターの編入試験で合格出した、三年、剣の講師に睨まれてた。

オーガスタスが中央近くを通りかかった時。
四年、剣の講師が叫ぶ。
「中央!
オーガスタスそのまま!
ギュンター!
出ろ!!!」

場内の誰もが一斉に、ギュンターに視線を注ぐ中。

ギュンターは項垂れてぼやく。
「昼飯、これでもかと、山程詰め込んだばっかだぜ?
逆流したらどうする」

側で聞いていた皆が、ギュンターが戦闘中、ゲロ吐く姿を予想し、一斉に青ざめた。

「…狙った訳じゃナイが、立て続けに剣の講義サボった、講師の仕返しだな」
そうぼやきながら、ギュンターが中央に歩き出す。

背後から小柄なロッデスタが、小声で忠告した。
「相手は一学年上の四年で、更にオーガスタスだ」

ギュンターは思わず、その声に振り向く。
ロッデスタは真っ直ぐギュンターを見、告げた。
「“無理だ”と辞退しても、誰も咎めないし、講師も納得する」

ギュンターはその美貌の上に、鮮やかな笑顔を浮かべ頷き、言葉を返した。
「…胃の内容物を、戻すかも。
とは言ったが。
“やりたくない”
とは言ってないから、大丈夫」

そして中央で待つ、オーガスタスの元へ歩き出す。

誰もが一斉に、その二人が剣で戦う様よりも。
寝台の上で、裸で絡み合う図を、思い描く中。

ギュンターの背を見送る、平貴族達だけは。
戦い途中、ギュンターがゲロ吐く姿を想像し、項垂れきる。

「食ったばかりで、人のゲロ吐く姿なんて、見たくない…」
「あいつは良くても、見物する俺らの気持ちを考えたら。
…出来れば“無理”と、断って欲しかったぜ………」

ダベンデスタは、仲間らのぼやきを聞いて、ため息吐くと。
鮮やかな笑顔浮かべたまま、オーガスタスの目前で立ち止まる、ギュンターを見て。

仲間同様、思いっきり頭下げて、項垂れた。
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