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過去と対峙するマレー

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 馬車は屋敷の庭園を抜ける。
どこか…荒れ果てた感じがし、あまり手入れがされてない花や植木が、荒涼感を漂わせていた。

マレーは無言で俯いてる。
心の中で、静寂を感じながら。

玄関階段の前で、馬車は止まる。
ローフィスが軽やかに先に降り、マレーが腰を上げると、先に降り立ったアイリスが、手を差し伸べる。
マレーは差し出されたアイリスの手に、そっ…と触れ、握り、支えにして馬車の階段を降りた。
目を伏せたけど、真っ直ぐ見つめるアイリスの濃紺の瞳が、心の中に残り続けた。

強い輝きを放つ…確信を告げる瞳。

直ぐ、横にローフィスが並び立ち、反対側にディングレーの…逞しく頼もしい気配を感じる。
一瞬、ディングレーと裸で抱き合った感覚が蘇り、心がザワつく。

ディングレーは気づき、マレーに振り向く。
マレーは俯いていたけど、頬は赤く染まってた。

途端、ローフィスの手が、マレーの手首を握る。
その手の温もりを感じた途端、マレーはザワついた心が、落ち着いていくのを感じた。
“大丈夫”
言葉は無くとも、その温もりはそう、告げていた。

ディングレーは取り乱しそうに成ったマレーが、落ち着く様子にほっとする。
ローフィスを見つめ
『少し、離れた方がいいか?』
と問う瞳を向けるが、ローフィスは
『気にするな』
と視線で告げた。

アイリスが鉄の輪を鳴らし、ノックすると間もなく。
玄関扉が開く。

中から、背の高く隙の無い、黒い服装の直毛栗毛の美男が、アイリスを出迎えた。
「…皆、居間に集めました」
アイリスは頷く。

廊下を進む。
生まれ育った屋敷。
なのに…少し離れただけで、よそよそしく感じた。

アイリスが居間の飾り扉の前で立ち止まる。
マレーは一瞬、心臓がドクン!と鳴りかけ…静寂が破られ、慌てふためきそうになり…けれど振り向く、アイリスの濃紺の瞳を見た途端。
心が静まり、扉が開いて…ソファに義母と幼子。
一人掛けのソファに、酷い扱いをした叔父。
そしてその手前の一人掛けソファに、項垂れたように俯く、父の姿を見つける。

義母も叔父もが。
驚いたような視線を向けたけど…マレーは父を、見ていた。

…痩せていた。
髭も伸び…酷くやつれて見えた。

一瞬、アイリスの告げた
『廃人の一歩手前』
の文字が、脳裏に蘇る。

気づいたら…義母の前に駆け出していた。

「何をした!!!」

自分の、絶叫のような声が耳に響いたけど。
マレーはそれを自分が発したかどうか、分からなかった。
足元が、ふわふわする。
まるで夢の中に、いるように。

「…何を、したんだ!!!」
咄嗟、腕に抱き止められ…顔を上げるとアイリス…。

殴り…かかろうとした。
拳を握りしめて。

マレーはアイリスの温もりで…それを自分がした事を、ようやく自覚した。

アイリスが急いで、背後に首を振る。
ローフィスとディングレーは、つられて戸口に振り向く。
戸口に居た黒服の美男は、血相変えて廊下へと駆け出す。
扉の向こうに、黒服の美男の姿が消えて、間もなく。
バタバタと音がして…アドラフレンを先頭に、その部下達が雪崩なだれ込んで来た。

「…罪状を読み上げ、即時逮捕してくれ!!!」
殴りかかる自分を押し止めていたアイリスが、決然と叫ぶのを、マレーは聞いた。

ガタン!!!と椅子を鳴らし、栗毛で青い瞳の、見目がそこそこいい青年に見える叔父が、立ち上がる。
明るい栗毛を肩に流した、少女のような童顔の…愛らしくさえ見える小柄な義母は、喚いていた。

「どういう事!!!
私達が、何をしたと言うの?!
だいたいここは、私有地よ!!!
私の屋敷から、出てお行き!!!」

けれどアドラフレンの部下らは、義母とマレーの叔父、自称“弟”に駆け寄ると、両側から腕を引いて捕らえ始める。
「離しなさい!!!
こんな無礼、許さなくてよ!!!」

マレーはアイリスの腕に抱き止められたまま、それを見た。
義母と叔父は後ろ手に縄を打たれ、両側に隊服を着た警護兵らに捕まえられ、アドラフレンの目前に引き立てられるのを。

ディングレーとローフィスは、宮廷警護の大物過ぎる大物、アドラフレンの登場に、目をまん丸に見開いた。

「…マダム。
まず、この屋敷は貴方の物じゃ無い。
既に所有者は、あちらの彼に移ってる」

アドラフレンは落ち着いた声でそう言い放つと、アイリスに抱き止められてるマレーを、首を振って示す。

そしてマレーに
「彼女とその“弟”の滞在を、許しますか?」
と聞く。

マレーは首を、横に振る。
幾度も、幾度も横に。

「ご覧の通り、あなた方は不法滞在者だ」

「…どうして!!!
だって屋敷の所有者は…!!!」

その時、義母の横に居た…隊服を着たエルベスが、素早く囁く。
「権利を持つ男から私が、大金払って買い取り、マレーに所有を譲った。
ですら今、この屋敷と領地のあるじは、マレーです」

義母は目をまん丸に見開き、マレーを見つめる。
言葉を吐き出そうと唇を開くけど…言葉は出てこない。

エルベスが視線をアドラフレンに送り、アドラフレンは手に持つ丸めた羊皮紙を開き、読み上げる。
「さて。
貴方の罪状は、危険な薬をヤッフェ屋敷のフォッディス(マレーの父の名)に盛ったことだ。
ご覧の通り、これだけの騒ぎに、彼は反応していない」

マレーの父親は虚ろな眼をし、だるそうに俯き、肘掛けに乗せた腕は、小刻みに震えてた。

義母は言葉を発しようとした。
が、それより先に、叔父が叫ぶ。
「俺は盛ってない!!!
なのになぜ、俺まで逮捕される!!!」

マレーは叔父を見た途端、ずっと心の中にしまわれた、悪夢が蘇るのを、感じた。
生臭い…あいつの一物いちもつの、味と匂い…。
むせかえっても容赦せず…腕は後ろで縛られ、膝を付かされそして…。
散々、口の中にムリヤリ押し込まれ、口を犯された後。
背後からも、犯された。

叫んだんだっけ?
思い出せない。

一日中、体を好きになぶられて…それが終わった時、正体を無くしていた。
その後は…ただ、終わる事だけを祈りながら…その時間を過ごした。
“いつかは、終わる…。
解放される…”

けどまたその時間が来ると、始まる悪夢………。

いつからだろう…?
触れられると体が反応し…挿入されると、股間が立ち上がったのは。

“あいつはそれを、悦んだ!!!”

ディングレーはその時、いつも表情の無かったマレーが、憎悪と激しい憤怒の表情を叔父に向けるのを、見た。

アドラフレンはチラ…と背後で、今にも飛びかかりそうなマレーを、必死で抱き止めるアイリスと…。
止められてるマレーの、呪うような表情を見、高らかに告げる。

「当然、年端も行かぬ子供を、強姦した罪だ」

叔父は…顔を歪めて笑った。
「ハッ!!!
誰が強姦だ?!
あれは、合意だ!!!
あいつは、悦んでた!!!」

ざっっっ!!!

マレーは襲いかかろうと身を押し出し、アイリスは両腕で抱き込んで、必死に止める。

アドラフレンはマレーの様子を見、冷ややかに言葉を返す。
「…悦んでたら、殴りかかろうなどとしない。
彼の態度が、君の罪状を物語ってる。
さて、子供の強姦罪は、どんな罪が適用されるか、知ってるか?」

「…そんな罪があるなんて、聞いたこと無い!!!
第一、俺は強姦なんてしてないからな!!!
あれは…講義だ!!!」

マレーの瞳が更にきつく、鋭く叔父に注がれる中、アドラフレンは呆れたように言って退けた。
「寝言は、寝て言いたまえ。
強姦されたマレーの気が済むまで。
性欲に飢えた男らの房に、監禁される。
皆、荒くれ者の罪人だから、君はたいそう歓迎されるだろう。
…この間入った強姦罪の男は、“汚いジジイ”で“穴が直ぐ緩んだぞ”と、文句を言われたからな。
君は若くて、見目もいいから。
きっと熱烈歓迎され、たいそう可愛がられると思う」

叔父はそれを聞いた途端、口を閉じ、呆然とそれを告げたアドラフレンを見た。

けれどマレーは。
まるで聞こえてないかのように、激しく叔父を、睨めつけ続けた。
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