若き騎士達の波乱に満ちた日常

あーす。

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大食堂に訪れたコルスティンを退けるオーガスタス

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 全校生徒集う、大食堂での昼食も終わる頃。
四つある開け放たれた扉の一番端に、一人が顔を出す。

扉を掴み、入って来るその人物は、足元をヨロめかせ、苦痛の表情を浮かべながら…席を立ち始める三年大貴族らのテーブルに居る、セシャルを見つめる。

セシャルは立ち上がり、横で椅子を引いてくれるラッセンスに会釈をしていたが、戸口から入って来るその人物を見て、いっぺんに青ざめる。

四年、グーデン取り巻き大貴族、コルスティン。
滅多に姿を見せないが、一旦見せると威張りまくりの高飛車な嫌なヤツ。

セシャルが青ざめるのを見て、直ぐ様長身で男らしい黒髪のオルスリードが、セシャルの前に立って背に庇う。
それを合図に、シャウネスはセシャルの横に立ち、反対横のラッセンスと共にセシャルを囲む。
モーリアスはそっ…とシャクナッセルの横に付き、テスアッソンもがシャクナッセルの反対横に並んだ。

デルアンダーもが、オルスリードの横に付いて、皆を背後に庇う。

スフォルツァは統制の取れた、三年大貴族らの守備体制が、あんまり格好良くて見惚れたが、フィフィルースもディオネルデス、アッサリアも同様のようだった。

コルスティンは昨夜オーガスタスに負わされた怪我でよろめきながらも、オルスリードとデルアンダーの背後の、セシャルに叫ぶ。

「セシャル!!!
戻れ!
戻って来い!
今なら俺が、口を利いてやる!
…酷い目には遭わない!
だから…!」

デルアンダーとオルスリードが、剣を抜きかねない迫力で一つ年上のコルスティンを睨み付けてる様を見て。
四年、リーラスとオーガスタスの悪友らですら、ディングレー取り巻き大貴族の貫禄に
『俺達の出番は無いな』
と、笑みを零す。

セシャルはオルスリードとデルアンダーの背後から、悲痛なコルスティンの叫びをまた、聞いた。
「戻って来い!
俺が…庇ってやるから!」

いつも高飛車なコルスティンの、必死にセシャルに訴えかける恥を捨てたその哀れな叫びは、皆の居心地を悪くさせた。

けれどオルスリードとデルアンダーの双璧は崩れず、二人は微動だにせずコルスティンを睨み付ける。

コルスティンは進み出ようとし、けれど脇腹を押さえ、くっ!と身を前に折って、苦痛に耐える表情を見せ、それでも中へ、また一歩。
つたない足取りで、踏み入れた。

一・二年の中には誇り高い大貴族の、そんな惨めな姿に同情する者すら、出て来る中。
突然背後から、声がする。

「だったら去年の四年に手ひどく嬲られた時、体張るべきだったな。
ローフィスはそうして、ホントにボロ雑巾にされてもシェイルを庇い抜いた。
が、セシャルが悲鳴を上げてた時。
お前はナニしてた?」

声と共に扉を掴む手が見え、次いで高い位置に顔が。
赤毛の小顔。

オーガスタスだった。

コルスティンは振り向き、身をびくん!と大きく震わす。

オーガスタスの登場で、コルスティンへの同情は綺麗さっぱり消え去る。

コルスティンはまるで、森で人喰い熊にでも出会ったように恐怖に目を見開き、小刻みに震えていた。

長身で体格のいいコルスティンより更に20㎝ほど背の高いオーガスタスは、目前のコルスティンを、見下ろして言う。

「…さっさと出て行け。
でないと今度は。
一週間は寝台から出られないほど、沈めるぞ」

低い声。
そして抑えた表情。

場内の皆は、オーガスタスのその迫力と頼もしさに、身震って見惚れていた。

コルスティンは唾飲み込み、今だデルアンダーとオルスリードが睨みつけてるその背後。
姿の見えないセシャルに視線を送り、けれどがっくり首を下げ、脇腹を腕で押さえ、戸口…オーガスタスの方へと歩き出す。

オーガスタスの横を、身を縮めて通り過ぎ、振り向きもせず必死に速度を上げてオーガスタスから、離れて行った。

けれどコルスティンの姿が消えると、オーガスタスは吐き捨てるように強い口調でつぶやく。

「ふざけやがって!」

小声だったが、誰の耳にもはっきり聞こえ、アイリスはさっきまで感じてたグーデンへの怒りが、消えて行くのを感じた。
同時に、この大食堂中の生徒同様、オーガスタスの頼もしさに見惚れた。

大食堂の誰もがオーガスタスの勇姿に視線を送る中。
ゼイブンだけが顔を下げ、頷きながら
「…確かにあれは、男でも惚れる」
と呟いた。

全校生徒の視線を浴びつつも、オーガスタスが戸口から中へ入ってこないので。
皆はトレーを置き場に戻し、一人、また一人と、大食堂を後にし始める。

ローランデはオーガスタスが、自分を見つめ頷くのを目にし、トレーを置き場に戻すと、寄って尋ねる。
「…どうされたんです?
昼食は?」

ローランデに先に声かけられ、オーガスタスは開けた口を閉じる。
再び開くと、彼からしたら小柄なローランデに屈み込んで囁く。
「ディングレーの私室で、ローフィスとギュンターと深酒しちまった。
で、二年の愛玩らはどうしてる?」

セシャルとシャクナッセルと違い、姿が無いのを気遣うように。
首振って場内を見回しながら尋ねられ、ローランデは苦笑した。
「皆、まだ寝ていたので。
召使いに世話を頼んで、部屋に居ます」

オーガスタスは、頷いて言葉を返した。
「疲れてるんだな。
多分今夜、ディングレーの方が出向くだろうが。
愛玩らを三年宿舎に移す時は、俺にも声かけろ。
グーデンの護衛はまだロクに、動けないとは思うが…」

ローランデは去年のシェイルを思い返し、頷く。
「…油断、なりませんからね…」

オーガスタスは頷いて、屈んだ背を伸ばす。

その横を、三年大貴族らが会釈しながら通り過ぎて行く。

モーリアスだけが、愛らしい顔を引き締め
「流石です」
と声かけて行った。

シャクナッセルは微笑を浮かべて感謝を告げ、セシャルは…去年、庇われた事のあるオーガスタスを、申し訳なさそうに見上げた。

立ち止まり、躊躇った後
「…あの…」
と口を開きかける。

セシャルが歩を止めた途端、一行は全員、ピタリと歩を止めた。

オーガスタスはセシャルを気遣うように、小声で囁く。
「…多分、ディアヴォロスは千里眼なんで、言わなくても分かってるとは思うが。
…喜んでると思う。
お前に、あいつの元を去る決心が付いて」

セシャルは言われて、俯く。
「…せっかく去年…貴方にもディアヴォロス様にも、ご心配頂いたのに、お応えできなくて…」

セシャルの前後左右に立つ三年大貴族らも、オーガスタス横のローランデすらも。
セシャルにそう告げられた、オーガスタスを見守る中。
オーガスタスは躊躇った後、口開く。
「ディアヴォロスに言われた。
お前の心はガラスのようにもろくなって、粉々になる寸前で踏みとどまってるから。
迂闊うかつに強引に、こちらに引き戻したところで、救う事にはならないと。
…で、不思議なんだが、なんで…今だ?」

問われて、セシャルは顔を上げる。
三年大貴族らとローランデは、今度は一斉にセシャルを見た。

「あの…。
私はシャクナッセルが、母が亡くなったのでもう居る意味も無いから、居続けるには努力が必要だと。
それを聞いた、少し後にシャクナッセルと共にギュンター殿が…。
その、たくさんの女性に取り囲まれてるのを見て…。
シャクナッセルはそれを見て、微笑んで抜ける決意を固めたようで…。
横でラナーンも見ていたんですけど、シャクナッセルと張り合うようにシャクナッセルを睨み付けて…。
レナルアンは
『あいつ、男専門だと思ったけど、オンナもイケるんだ。
絶対あの六人全員、イかせてるテク持ちだな』
なんて言うもんで…ラナーンはますます、ギュンターを自分ものにしたいらしくて、シャクナッセルを睨んで…。
ええと…」

セシャルが、どう説明して良いのか、困った様にそう告げるのを全員が見守る中、セシャルはそっ…と前に立つ、シャクナッセルを見る。

シャクナッセルは自分より少し背が高く、体格もしっかりしてるセシャルに振り向き、その後オーガスタスを見上げ、花びらのようなピンクの唇を開く。

「ギュンター様は…あんな美貌で一見とても近寄り難く思えたんですけど…。
私のような色で汚れた者ですら、境目を作らず受け入れてくれそうに…その時どういう訳か、見えたんです。
そのギュンター様と、貴方もディングレー様も…懇意なのを知っていたので…。
逃げ込んでも、大丈夫な気がして…」

三年大貴族らは揃って、その言葉を聞いて目を見開いた。

セシャルも頷いて、言葉を足す。
「シャクナッセルは…たくさんの人が出入りする娼館に長く居たので。
人を見抜く目を持っているんです…。
私は彼に、それで幾度も助けられています」

オーガスタスは頷くと
「それで…シャクナッセルの見立てを信用したのか?」
と問う。

セシャルがコクン。と頷くのを見て、オーガスタスは前髪を手で梳き上げた。
「…なる程。
あいつギュンター確かに、常識外れまくりで情事にやたら前向きで積極的で。
一見ただの垂らしに見えるが。
どのオンナとも寝ていながら、オンナ達が嫉妬に狂ってあいつを殺そうとする計画は、今の所聞いたことが無い…」

オーガスタスの言葉に、三年大貴族らもローランデも。
ぎょっ!としてオーガスタスを見上げる。

けれどオーガスタスとしても、どうギュンターを表現して良いのか分からない様子で
「…ナンにしても、良かった」
と締めくくって、誤魔化した。

けれどセシャルは笑顔で頷き
「全員来られて良かった。
残った者が、確実に酷い目に遭いますから」
と囁き返す。

オーガスタスは取り巻く三年大貴族らを顎でしゃくり
「そいつらは頼りになる。
側から離れるな。
グーデン配下の者以外にも、ロクでも無いヤツは居るからな」
と注意を促した。

ローランデが見ていると、三年大貴族らはオーガスタスに
“頼りになる”と言われ、皆光栄そうに、頬を僅かに染めていた。

「お言葉、ありがとうございます」
丁寧にデルアンダーに告げられ、内心お行儀の良い大貴族が苦手なオーガスタスは、無言で頷いた。

三年らがぞろぞろと、シャクナッセルとセシャルを取り巻き、護りながら出て行くと。
直ぐ、リーラスと悪友らがどっ!とオーガスタスに押し寄せて来る。

「…よくも抜けやがったな!」
「死ぬ程、本だらけだったぜ!」

口々に文句を言い始める中、オーガスタスは背を向け離れ行くローランデの腕を、掴み止めて言う。
「まだこいつに話がある。
文句は後でたっぷり、聞いてやる」

ローランデが振り向き歩を止めるのを見た後、オーガスタスはリーラスらに振り向き、こっそり尋ねた。

「で、新書庫整理は、終わったのか?」

リーラス始め悪友らが、揃って首を横に振るのを見て。
オーガスタスは、がっくり首下げた。
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