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助けびと

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 その人物が…室内に入ってきたのか…。
背後に居た上級生が、すっ…と退いて…。

一気に解放感が、広がった。

前の人の…僕の髪を掴んでる手が離れ…僕はそっ…と顔を、上げる。

「…弟のお前が。
私に、意見する気か?」

そう言った黒髪の人は、僕の背後を見つめていて…。
僕もつい…吐息を吐いて後ろを、振り返った。

同じ黒髪…。
けど目前の悪魔より、もっと体格良く、鷹のような鋭い印象の…。
整った、男らしい面立ちのその人は、低い声で告げる。

「…意見はしない。無駄だろう?
が俺は、あんたの見張りを父から頼まれてる」

低く…男らしい声音が響き渡った。
気づくと…ハウリィやマレー達の、悲鳴も止んでいた。

見回すと…皆が一斉に、たった一人の侵入者の様子を、覗っていた。

その侵入者よりも、小柄で背の低い、黒髪の悪魔は笑う。

「…心配無用だ。
下級生を、私のやり方で可愛がったって。
退学になんか、ならない」

僕は…愕然がくぜんとした。
可愛がる?この…乱暴が?

つい…顔を上げる。
ディングレーと呼ばれた、その男らしい顔が。
苦痛を感じたように歪み、下げた拳は握り込まれ、震っていた。

一瞬…ディングレーは怒気どきに包まれ、殺気を帯びて肩を前へと、突き出す。
途端…僕の両側に居た男達が、折った膝を上げて立ち上がり、ディングレーの目前に駆け寄った。

…喧嘩が…始まる!

そう、僕は思った。

が、黒髪の悪魔がささやく。
「お前の顔を立てて…なら今はこれで終わろう」

立ち上がった二人の猛者は、ディングレーの目前で喧嘩を止められ…。
彼らのボスに、振り返る。

けど黒髪の小柄な悪魔は、顔を振って
『引け…!』
と命ずる。

そして僕の横に…。
ディングレーは駆け寄り、すっと屈んだ。
男らしい顔立ちが間近。
…僕に乱暴を働く者では無く。

…助けてくれる、秘やかで逞しくて…頼もしい気配。

ばさっ!
肩と背中に、それを被せられ、見ると…高価そうな金の刺繍の入った…大きな紺色の上着。

辱めのように裸体を曝されていた体が、一気に安堵で力が抜け、僕はその場にへたり込んだ。

ディングレーはけど、直ぐすっ!と身を起こすと、ハウリィを捕まえていた男達の前に立つ。
彼らは不満げにハウリィを放し、服を着始めた。

見ていると…。
ディングレーは、まるでごろつきのように、顔付きの悪い10人以上に囲まれ。
けど堂とした態度を、崩さなかった…。

僕は彼があんまり…恰好良くて、見惚れた。

黒髪を背に流し…いつ喧嘩が始まっても、この10人を相手取って戦い抜く覚悟が。
その厳しく引き締まった横顔に、決意として現れていた。

…張り詰めた空気の中ディングレーは…頑として自分を譲らず、僕らを…助けようと、してくれている。

僕は思わず…嬉し涙が頬を伝うのを感じた。
あんまり突然、暴挙から解放された安堵感と…。

そんな暴挙を平気で行う男達を、たった一人で敵に回し戦う、ディングレーの勇ましさに感動したから。

が、彼より小柄な兄は、尊大な弟に言った。
「四年の…オーガスタスの友人といつも、連んでるそうだな?
確か…ローフィス…そんな名だった。
身分の低い小物の名など、早々覚えてられないが」

その時ようやく…ディングレーが、肩を一瞬揺らし眉を寄せ、動揺を見せた。

兄はそれを見て…笑って言った。
「お前があんまり邪魔するようなら…そいつが一人切りでいる時、酷い目に合うと、覚えて置いた方が良い。
で?…一年の筆頭…アイリス。だっけ?
奴に私の事を、注進するつもりか?」

ディングレーは上目使いに兄を睨み、唸った。
「注進したらローフィスを拉致する。
そのつもりか?!」

ディングレーはその時…殺気立った狼みたいだった…。

僕は震えて…兄の方を…見た。
その兄は、僕に顔を向ける。

弟の上着を羽織り…床に尻を付いて座ってる僕を。

途端…思い出す。
あの一物が口の中に、押し込まれた事を。

にやり…!と笑う、下卑た顔を見ると、途端条件反射のように、吐き気が込み上げて来た。

冷ややかな…そして…獲物を狙う、猛禽のような蒼の瞳。
その瞳は
“終わって無いぞ”
と告げ、僕は…僕はもう、どうしていいのか解らなくて震えた。

ざっ!

途端…ディングレーは僕と彼の間に立ち塞がり、兄の視線を僕から。
その大きく逞しい体で、隠してくれた。

兄が笑い混じりに、皮肉った。
「フランセスカの事を…まだ根に持ってるのか?」

僕はその言葉の意味が分からなくって、つい…目前のディングレーを見上げた。

彼は動じず、言い放った。
「関係無い」

が兄は彼に近寄り、ささやく。
「なら仲間になって、一緒に愉しめ」

僕はその言葉を聞いて、全身が震った。

ディングレーまで…!
こんな暴挙に加わったりしたら、どうしよう…。

身が小刻みに震い、止まらなかった。

が、ディングレーの落ち着いた…低い声音が響く。

「…生憎だが俺は、嫌がる少年を虐げて愉しむ趣味は持って無い」

僕はつい…震えた身が一瞬に止まり、そうつぶやくディングレーを…。
整って高貴な、気品ある美男を…無意識に、見上げてた。

静かな横顔。
けど正面の、背の低い…そして、甘っちょろい顔付きの彼の兄は、そんな弟を見上げ、薄笑いを浮かべる。

「やせ我慢するな。
お前だって…犯し、貪るのが好きだろう?」

が、ディングレーは目を閉じ、怒鳴った。

「引き方を忘れたのか?!
止める。そう言ったろう?
それとも…相手を俺に代えて、始めるか?!」

その怒声でディングレーは一気に、戦闘態勢に入った。
僕は…ディングレーのその激しく睨め付ける青の瞳と、握り込まれた拳を見つめた。

彼の兄はささやく。
「私は殴れない。そうだろう?」

ディングレーは怒鳴り返す。
「あんたの代わりに殴れる相手が、ここには!
たくさん居るからな!
いい鬱憤晴らしが出来るぜ!」

彼の兄はふっ…と笑うと、周囲を取り囲む、ディングレーの言葉で殺気を帯びた…ごろつきと変わらない上級生達に顎を上げ、引け。と命じる。

男達はディングレーを睨み付け…そして、殺気立った瞳を残したまま、戸口に足を運び始めた。

…その、大勢の足音が遠ざかって行く間。
体が受けた暴力のショックで、再び。
僕の体は、勝手に震い始める。

直ぐに…秘やかな黒髪が頬に触れ…見るとディングレーが屈み、その男らしい顔を向け、覗っていた。

「…もう…大丈夫だ」

僕は口に手を当て…崩れ落ちるように顔を俯けた。

ぐい!と力強い腕に引かれ、瞬時に…抱き上げられる。

途端顔が、彼の胸元に倒れ込み…。
僕は吐き気を堪えてその胸に、しがみついた。

ディングレーはまるで…小動物を、労るような瞳を向けていて…。
僕はただ彼にしがみついて…その腕の中にくるまれた。

言いようのない安堵感に包まれ…。

そのまま…気が遠く、なって僕は気を、失った……………。

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