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7 逆転し始める優位
ラデュークの行方
しおりを挟むラデュークは母親に、高価な薬草を飲ませ、馬車に乗せる。
自らが手綱を取り、女中の一人を母に付き添わせ、馬車を走らせた。
まるで、熱に浮かされてるみたいに。
現実感が薄い。
たった数刻前。
ロスフォール大公の為に影の一族の、アジトを探して走っていたのに。
今は母の為、西の聖地に向かってるなんて…!
空が白み、陽が昇り始め、夜が明けようとしていた。
街道に、ほぼ人気は無い。
ひた走ると背後から駒音。
単騎のようで、先を行かせようと、馬車を横に避ける。
横に並び付く馬をふと、見る。
騎乗した…乗り手がこちらを見、微笑んでいて…。
ラデュークは息を飲んだ。
縮れた背になびく、長い黒髪。
整いきった、高貴な顔立ち。
「(左将軍、ディアヴォロス…!)」
全身から醸し出す雰囲気は特別な感じがして、周囲を零れるような光が、彼をおおっているようにすら、見えた。
ラデュークは、問おうと思った。
が、先が二股に分かれた道を、左に行こうとして気づく。
ディアヴォロスが首を振り…右に誘う様子に。
誘われるように、ラデュークは馬車を。
気づくとディアヴォロスの後を追って、右の道へと走らせていた。
ディアヴォロスの背後を、導かれるまま走る。
不思議な…感覚だった。
言葉は無いのに、確かに。
誘われるまま馬車を走らせ…そして、聖地の横門…だろうか?
正式な正面門では無く、質素な通用門を潜る。
入る時、ビリ…!
と一瞬、体が痺れた。
ディアヴォロスが馬を止め、そして降りるから…。
ラデュークは御者席から降りて、そして…馬車の中へと乗り込む。
まだ若く…美しい母はけれど、とても青ざめていて…。
横の女中は、気遣うように寄り添い。
母は気が、朦朧としている様子に見えた。
好きな男がいたのに。
貧しくても…土地を耕す男の元に、嫁ぐはずだったのに…。
女中をしていた屋敷に遊びに来ていた「左の王家」の男に、無理矢理…!
手込めにされ、そして結婚は破談。
母は生まれたばかりの俺を抱え、どれ程の苦労をしたことか…!
幸い、たった一人の肉親の祖父が、母の面倒を見ていた。
けれど…病気にかかった母に、ロクに薬も与えられない、貧乏人………。
ラデュークはふと…顔を上げる。
母を抱きかかえ、馬車から降りた、その場所の先に。
ディアヴォロスとそして…真っ直ぐの銀髪で背のとても高い…神聖騎士が、そこに居た。
ディアヴォロスの周囲も、光で覆われてるように見えたのに。
神聖騎士の周囲は、白い光が取り巻いているように見えて…とても、おごそかに見える。
二人は微笑んでいて…。
背の高い、整いきった容姿の神聖騎士が、進んできて両手を差し出すから。
ラデュークはぐったりと青ざめた母を、神聖騎士に手渡した。
母は神聖騎士に抱きかかえられ、神聖騎士は母を抱いたまま、背を向ける。
ディアヴォロスが、横に来る。
「…心配要らない。
ここは光で満ちているから。
苦痛を感じている者は、苦痛から解き放たれて、安らかな眠りへと導かれる」
ディアヴォロスの手が、背に回る。
見上げるが、ディアヴォロスはとても、長身。
触れられた背に、不思議な…光のような…エネルギーが、自分に流れ込んできてる気がした。
ディアヴォロスは少し、悲しげな眼差しを向けた。
その時、ラデュークは感じた。
同じ…「左の王家」…。
同じ、黒髪。
同じ、青い瞳………。
「…母君は、君には言ってなかったろう。
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ラデュークは尚も顔を、下げたまま。
「…婚約者が、自分の体面の為に、言いふらした。
「左の王家」の男に、自分の妻となる女が無理矢理…奪われ。
妻となる女はその男の子供を産むつもりだから…婚約は、破談したのだと。
村人はそれを信じ…君は、王家の傲慢な男に弄ばれ捨てられた、哀れな女の子供として、蔑まれた」
ラデュークは咄嗟、顔を上げて叫んだ。
「どうして母は、あんたの叔父のところに行かなかったんだ?!
彼は母を…待ってたんだろう?!」
ディアヴォロスは心から悲しげに、ラデュークを見つめた。
「君の母君は心から、婚約者を愛していた。
だから叔父に一時、心を奪われ関係を持ったことを、恥じていた。
けれど自分に宿った…君を。
彼女は見捨てることが出来なかった」
ラデュークは泣いた。
自分さえ…生まれなかったら、母は愛する男と結婚し、幸せだったのだと知って。
「ラデューク、彼女は君を、愛おしんでいる。
誰が父親とかは関係無く。
君の存在が愛おしかったから…叔父も婚約者も捨てて、君を取った。
それは…分かってあげて欲しい」
ラデュークは項垂れたまま、泣いた。
このかた、泣いたことなど、ほぼ無いのに。
周囲に満ちる光のせいか、感情が、制御できなかった。
ただ、泣き続けて…背に触れる、ディアヴォロスの温かい手の平の感触を、感じていた…。
間もなく神聖騎士の宿舎に通され、椅子にかけると頭の中で声が響く。
“君の母君は体を休めてる。
治療は、体力が回復してから始める。
君も少し休んでくれ"
声が消えた途端。
ラデュークは意識を手放した。
光に包まれ、懐かしい土地の森の中。
母と笑顔で、花を摘んだ楽しかった思い出に包まれながら…。
ディアヴォロスは気絶したように椅子にぐったり身を預け、目を閉じ眠るラデュークを見つめ、立ち上がる。
発つと、誰にも告げていないのに、察したように頭の中で声が鳴り響く。
“後は、引き受ける”
ディアヴォロスは一つ、頷くと扉に足早に歩み寄り、庭に出ると馬に跨がる。
手綱を引いた時。
再び荘厳な声が。
頭の中で響いた。
“通じているとは思うが。
ワーキュラス殿に、お役に立てて光栄だと告げてくれると、ありがたい”
ディアヴォロスは心の中で頷く。
“私の方こそ改めて。
神聖騎士である貴方に傅かれるワーキュラスが、とても偉大だと。
思い知っているところです”
頭の中で神聖騎士の、にっこり微笑む笑顔が浮かぶ。
その瞬間、ディアヴォロスは拍車かけ、馬を一気に駆けさせた。
アドラフレンは、官舎の庭に駆け込んで来るその一騎を見て、驚いた。
「ディアヴォロス!
君の訪問は珍しいな…!」
ディアヴォロスは微笑んで馬を下り、年上のいとこ、アドラフレンの前に進み出る。
「君に、礼が言いたくて。
君の友人を苦しめてる、ロスフォール大公の懐刀が「左の王家」の血を引く男だと。
教えてくれたろう?」
アドラフレンは先日の会見で、彼に話した言葉を思い返す。
「…価値のある情報だった?」
ディアヴォロスは笑う。
「とてもね…。
先日亡くなった、ラダデューク叔父さんを知ってるだろう?」
アドラフレンは俯く。
「ああ…一族でも、変わった人だったな…。
一途に、振られた恋人を思い続けていた」
ディアヴォロスは呆れる。
「彼は一族の男、そのものさ…。
他の男ら程気性は荒くなく、強引な手段を使わないだけで。
一族の男は、愛した相手に大抵、一途で忠実だ。
君が、特殊だと。
私は思うんだけど」
アドラフレンはそう言った、同族の年下のいとこの顔を、じっ…と見た。
すっかり成長した彼は、自分よりも長身。
「…その議論は、またにしよう。
それでどうしてわざわざ、ここに来てまで礼を言いたくなったのか。
聞かせてくれるかい?」
ディアヴォロスは歩き出すアドラフレンの横について、笑う。
「ロスフォール大公の懐刀、ラデュークが。
ラダデューク叔父さんの子供だと。
ワーキュラスが教えてくれたんだ。
一度こっそり、物陰から彼を眺めたけど。
面影があるから、確信した」
「…それで…ラデュークが不在の原因は、君が作った?
…もしかして」
アドラフレンについて、護衛連隊官舎の中へと、ディアヴォロスは足を踏み入れながら、囁く。
「ワーキュラスが。
君の仕事も楽に進んで、一石二鳥だからと、勧めてくれたんだ」
「…そうか。
一族の男の数人は。
ワーキュラスの声を聞ける者が、君の他にもいたらしいが。
私には霊的な声を感知する能力が、まるっきり欠けてるから。
ワーキュラスがどれだけ私に語りかけても、まるで聞こえなかったと思うけど…。
で?
ラデュークは今、どこにいるんだい?」
ディアヴォロスは、くすくすと笑った。
「けれどワーキュラスは幼い君に一度、出会ってると言った。
子供の頃、姿は見えてたそうだよ?
けれど何を言っても、まるで通じなかったそうだ」
アドラフレンは肩を竦めた。
「そうか。
暇な時に一度ゆっくり、思い返してみるよ」
ディアヴォロスは微笑んで、告げる。
「ラデュークは病気の母親と共に、西の聖地にいる」
アドラフレンは頷く。
「それで君はそのまま、宙に浮いてるラダデューク叔父さんの、城と領地を。
ラデュークに渡すつもりなんだな?」
ディアヴォロスは頷く。
「霊的な言葉は聞こえないけど。
君は誰より、察しの良い男だって。
ワーキュラスが、いつも褒めてる」
アドラフレンは項垂れる。
「そう。霊的なことはまるっきりでも。
人間の機微が。
私には分かりすぎるからね。
だが、良かった。
叔父さんの母親の…ロンドルおばあさんも、孫が出来て、たいそう喜ぶね?」
「で、私の元で暫く、働いて貰おうと思うんだ。
一族や環境に慣れるまで。
多分君の所との兼ね合いも、かなり出てくると思う」
「ああそれで。
私にも面倒見ろと言いたくて、わざわざ出向いてきたんだな?」
ディアヴォロスは笑って頷き…アドラフレンも、笑い返した。
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