アースルーリンドの騎士達 妖女ゼフィスの陰謀

あーす。

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8 失墜するゼフィスとロスフォール大公

ローランデにギュンターとの関係を相談され、誤魔化すアイリス

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 ローランデは少し、頬を染めて俯く。
「…ヤッケルが…。
ギュンターは、殺しても死なないと…。
けれど暗殺計画が続けば………」

アイリスは、笑って請け負った。
「…ディンダーデンも行ってますし。
命令は、再開されませんよ」

ローランデがやっと。
顔を上げてアイリスを見つめる。

ローランデに見つめられると。
彼の澄みきった瞳は、人の入る事の出来ない聖地の、とても清らかな水のように青くて。
アイリスはその、静かな聖性に、気圧けおされた。

けど次の瞬間、ローランデは小声で叫ぶ。
「…ギュンターは自分の命に、無頓着むとんちゃくで!
無茶ばかりする!」

「…………………………」
アイリスは、顔を下げたいのを、我慢した。

どーーーーして、こんな聖人のように澄みきった彼(ローランデ)に欲情できるのか。
まずそこからして、理解出来なかったから。
ギュンターは理解不能。
と、日頃結論づけてて。
凄く返答に、困ったから。

「…ええとギュンターは…」
「私は、君の事は理解出来る。
人が好きで、人生が好きで。
生きる事を楽しんでる。
だからちゃんと、危険も回避するし…人が好きだから。
周囲の人への、気遣いも忘れない。
ギュンターも…出会った人を良く、助けてるけど…」

「…あの美貌のすまし顔からは、想像出来ませんが…。
あれで、かなり人が好きなんじゃ…」

「一度聞いたけど。
故郷じゃ、困ってる人がいたら、助けるのは当たり前だから。
平気な顔して無視出来る、都人の神経が分からない…って。
あれは…故郷のしきたりがそうなってるからの、条件反射で。
そうするべき。
って、刷り込まれてる、育ちのせいだと思う!」

アイリスは、顔を下げた。
「(…一度、ギュンターの育った土地の、常識を調べる必要性が、あるのかも………)」

「人の事は直ぐ助けるのに!
どうして自分の身は、ちゃんと守ろうとか。
思わないんだろう?
“誰か”から助けたら。
その“誰か”を敵に回す。
殺して勝ったとしても。
その誰かの…親戚だの兄弟だの…。
そんな連中に、今度は恨まれるのに!」

「…………………ええと」

「ギュンターに聞いたら、土地の皆はそういうとき、助けた男を、みんなで団結して助け庇うから。
無茶をしても、助け手が必ず現れて、大丈夫だけど。
ここ、中央[テールズキース]では、故郷のような連携はナイから。
いつか、助け手が現れず、死ぬ覚悟が要るんだって!」

「…言いました?
ギュンターに。
なんで故郷にいないで、中央[テールズキース]に出てきたのか?
って。
…聞きました?」

ローランデは顔を揺らす。
「…はっきりとは言わなかった。
“成り行きで”
そんな感じで誤魔化して!
けど絶対!!!
ギュンターは、自殺願望は、あると思う!」

アイリスはそれを聞いて、目をパチクリさせた。

自殺とは程遠い、生存本能だけの男だと、思っていたから。
顔と姿が格好良すぎて。
“本能だけのケダモノ”
に、見えないだけで。

「ええと…でも、ギュンターですよ?
剣を振られて、殺気飛ばされたら。
きっちり、飛ばし返す男でしょう?」

ローランデは、顔を下げた。
「…それは…そうだけど」

アイリスはやっと。
ローランデの気持ちが、理解出来た。
「…本当は、ギュンターが心配?」

問うと、ローランデは俯いたまま、顔を微かに揺らす。
アイリスは尚も…優しく問うた。

「側に行って…容態が分からなくて…不安?」

ローランデは、弱味を知られたように。
俯いたまま、頬を赤らめる。

そして、とうとう本心を叫んだ。
「あんな…迫ってこなかったら!
ちゃんと真っ当に心配して、見舞いにも行けたのに!!!」

「(…だからヤッケルは…めんどくさくなって
『殺しても死なないから、大丈夫』
って…誤魔化したんだな…………)」

けれどアイリスは、ヤッケルじゃなかったから。
つい、具体案を差し出す。

「要は、ギュンターが貴方に失恋して。
もう一生抱けない。
と、思い知れば。
コトは済みますよね?」

ローランデは、顔を下げたまま。
真っ赤に頬を染めた。

アイリスは、笑った。
「知り始めは、誰でもその感覚の虜になります。
ましてや貴方は、男に抱かれるなんて、考えた事もナイから。
ギュンターしか、知らないし、知ろうともしない。
でも、いいですか?
別の男とすれば。
ギュンター、だけに囚われる事も、無くなるのも事実です」

ローランデは、びっくりして顔を上げ、目を、見開いた。

「どだい貴方みたいな神聖な人に欲情できる時点で。
ギュンターはイカれてる。
たいていの男は、武人としての貴方に競争意識を抱いて。
“抱こう”なんて頭の隅にすら、浮かばないものです」

「そうだろう?!
ギュンターは、理解不能だ!!!」

ローランデが叫び、アイリスは頷いた。
「が、しかし。
彼がしてしまった事は、事実。
問題は…貴方が彼、しか、知らないから。
彼に囚われ続けてしまって、フれないんですよ」

ローランデは、真っ赤な頬のまま。
顔を下げる。

だが。
ギュンター並に、神経が普通じゃ無いアイリスは。
尚も、畳みかける。

「貴方は戯れに、抱き合うことをしない。
ギュンターはあれで、本気を貴方に捧げてる。
貴方はその、誠実で潔い性格ゆえに。
ギュンターの思いに敬意を払い、付き合っていらっしゃるんでしょうけど…。
ムダです。
相手は本能だけの男、ギュンター。
共倒れになるのが、オチ。
ギュンター以外に、好きな男が出来たら。
もしくは、思われてる男がいたら。
さっさと、浮気すべきです」

ローランデはもう…絶句して。
アイリスのチャーミングな微笑を、ただ見つめた。

「…一応。
助言として…考えては、みる」

やっと、そう返答したものの。
ローランデは躊躇いまくっていた。

が。アイリスは、にこにこと笑い、言い返す。

「ええ。
それがいいです。
ともかく、ギュンターを振れば。
貴方も、自分に恋い焦がれる野獣を。
…では無くて。
一応、尊敬のできる先輩として。
彼を、普通に心配して、普通に見舞えるようになりますから」

「……………………」

それを聞いて、ローランデは吐息を吐いて、泣き言のように呟く。

「本当にどうして…突然私に、恋なんてしちゃったんだろう…?
ギュンター…………。
私がどれだけ好きになったって、相手の女性に。
恥ずかしくて決して言えない言葉や、出来ない行為を。
…彼は、私にする」

「ギュンターって…頭イカれていますから」

「……………………………………………………」

ローランデは暫く沈黙した後。
ぽそり…と呟いた。

「…あれ程魅力的な男じゃなかったら…。
私もそれで、無視して。
…きっぱり、思い切れると思う………」

アイリスはやっぱりにこにこと微笑んだまま。
それで、やり過ごそうと目論んだ。




 けれどローランデが去った後。
暫くして今度はフィンスが、やって来た。



二年、ローランデの取り巻きで、一番背が高く、大貴族で。
落ち着き払って頼もしく、性格もいい美青年。

アイリスは、フィンスが手にした羊皮紙の束を見て、絶句した。
「…それ…もしかして、ローランデから…?」

フィンスは、真顔で頷く。
「講師に山程用事を言いつけられてるのに。
これ持って君の所で。
課題を手伝うとか、言い出すものだから。
見かねて、私が代理を申し出た」

そう言って、机を挟んだ向かいに座る。

アイリスが、顔を下げてため息を吐き出し、囁く。
「…ヤッケル先輩だったら絶対上手に、サボりますよね?」

フィンスも、ため息交じりに告げる。
「ヤッケルの、千分の一でもいいから。
見習って貰いたいが。
ローランデはあの、不器用とも言える程の、誠実な性格で。
学年どころか下級生らの、尊敬をも集めてる。
唯一不名誉なのが、ギュンターとの関係だ。
君、何かローランデに、アドバイスしたって?」

「…何か…って…。
ローランデ、言ってませんでした?」

「…赤く成られちゃ、それ以上突っ込んで聞けない」
「…ギュンターしか知らないから。
彼に虜にされて振り回されるし。
浮気して、他の男を知ってみたら?
と」

フィンスは暫く、そう言ったアイリスを、じっ…と見た。

かなりな沈黙の後。
ようやく、口を開く。

「私も相手がローランデじゃなけりゃ、その忠告は出来た」

「…やっぱり、ローランデって…男、相手に。
浮気できないと思います?」

フィンスは、無言で頷く。
「ギュンターと付き合ってる事だって。
奇跡みたいなもんだから」

「それは…同感です」

フィンスは喋ってる間中手を動かし続け、課題の題に沿った参考書類を、手持ちの書類から、抜き出しては、一緒にしていた。

「…かなり、あるな」
「…でしょ?」

「…読み上げてやるから、書き写せ」

アイリスは、顔を上げると微笑んだ。
「…正直、貴方に来て頂けて、嬉しいです!」

「だろう?
ローランデなら、横で君の完成品を読んで、添削するぐらい。
後は君の分からない疑問に答えたり、説明したり。
ともかく、まるまる書き写すなんて。
邪道だと思ってるし、君のためにも、ならないと思ってる」

「…それは確かに、そうなんですけど…。
知り合いに神聖神殿隊付き連隊騎士がいるので、『影の民』についての知識は、あるんで。
その辺りはサボっても平気です。
ただ…」

フィンスが、参考資料…というか、去年の提出物を。
少し文を変えて読み上げようとし、“ただ…”の言葉で、顔を上げる。

アイリスは目線下げたまま、こそっ…と呟く。
「…ローランデに、心配して貰えたり気遣って貰えると。
ギュンターじゃなくても、嬉しいので。
そこだけは、ちょっと残念かな?」

フィンスは暫く絶句して。
やっと言葉を吐き出した。

「…どうしてみんな、ローランデに甘えたいかな?
やっぱここ(王立騎士養成学校『教練』)が、ヤローばかりで。
優しい心遣いとは、無縁な場所だから?」

「…多分」

言って、アイリスは新しい羊皮紙とペンを取り上げ、フィンスを見ると。

フィンスは去年の提出物の、文体を変えつつ、読み上げた。

これでアイリスは、かかる時間の1/3で済み。
フィンスとローランデに、心からの感謝を送った。
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