人形の冒涜(ぼうとく) 

あーす。

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可愛いピンクの薔薇の棘

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 その日ファントレイユは、いとこのレイファスが遊びに来る。
と母、セフィリアに告げられた。

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セフィリアに
やっと最近はしっかりして、ひっきりなしに熱を出さなくなったから。
と安堵した表情で見つめられ、つい俯く。

自分でも、どうしてそんなに頻繁に熱が出るのか、良く解らなかった。

セフィリアに
「きっと、大人は大丈夫だけど子供には良くない、悪い何かがあるのよ」
と言われ、しょっちゅう変な匂いのする薬が入った水で、手や顔を拭かれる。

少し震えただけでコートでくるまれ、始終側に誰か居て自分が熱出さないか見張られていたし、ちょっと咳するだけで、苦い薬草を飲ませられる。

一度、凄く美味しいお菓子を食べて、ほっぺたが落ちそうになってた時、咳をしてしまった。

途端…世界で一番美味しいお菓子が手から取り上げられて、代わりに…苦い薬草の入ったコップにすり替えられた。

その晩、熱が出た…。

それから………。
ええと、二階の窓から木登りしてる庭師の子を見て、自分も登ってみたい。と思い…窓から出て、屋根から木登りしてる子の側に行こうと屋根にぶら下がって…。

地面が足からうんと遠くて、どうしよう…とそのままぶら下がっていたら…大騒ぎになって…。

とうとうセフィリアの悲鳴が聞こえ、屋根に大人の召使い達が二人やって来て、引き上げてくれて…。

セフィリアに
「どうして屋根に、ぶら下がったの?!」
と聞かれ
「木登りしてる子が居たから、自分もやってみたいと思った」

と告げたけど、どうして木登りしたいと思ったら屋根にぶら下がる事に成るのか理解されず、結果、庭師だろうがどんな子供だろうが、領内での木登りが禁止になった…。

ファントレイユはそれを聞いた時の事を思い出すと、今でも胸が、詰まったように重くなる。

木に登ってた庭師の子に
「もう登らないの?」
って次に会った時、にこにこ笑って聞いたら…。
凄くぶすっ!とされて言われた。
「もう絶対ここのお屋敷では、どんな木だろうが登っちゃいけないって。
お前の母さんが全部、禁止したんだ」

ファントレイユは必死に思い返す。
その時…凄く不機嫌に言われて…自分はどうしたんだっけ?

…ああ…。
結局その晩また、熱を出したんだ………。


朝日射す朝食の食卓で、セフィリアが自分を心配そうに見つめる。
いとこと会って…また、熱を出さないか。って。
凄く、心配そうに。

ファントレイユはつい、俯いて…それ迄いとこと初めて会える!
ってわくわくした気分で美味しいハムを食べてた、そのハムの味が、全然しなくなって…フォークをテーブルの上に、置いた。

セフィリアが
「もう…食べないの?」
って聞くから…首縦に振る。
「だって…お腹が減るわよ?」

そう言われて、食べかけのハムにフォークを刺して口に運ぶけど…。
やっぱり味がしなかったから、言った。
「もう、お腹いっぱい」

セフィリアが、でも…。
と小食の息子を心配そうに見るから、ファントレイユは言った。
魔法の言葉を。
「…無理に食べると、気持ち悪くなるから…」

セフィリアは直ぐ
「(もっと食べなさい)」
と言う視線を引っ込めて、顔を背け告げる。
「…レイファスが来るまで、お部屋にいらっしゃい」

ファントレイユは、そっと頷いた。

でも廊下を歩いていたら、やっぱり…お腹が減ってきたから…。
いつもの場所に行く。
自室のある二階に上がる、手前の廊下の絵が飾ってあるその後ろ。

手を入れて探ると…卵やハムの練り込まれた美味しいマフィンとりんご。
それを持ってこっそり隠しながら、階段を上がって自分の部屋へ行く。

厨房のモーラス婦人がいつも、朝差し入れてくれる食事だった。
一度食卓でやっぱり食べれなくて、でもその後、お腹が減って厨房に行った。

料理を作るモーラス婦人は白髪交じりの…とっても小柄で小太りの、優しいヘイゼルの瞳をした人で…。

でも、他の召使い達は一辺に慌てた。
「こんな…ところに来て!」
「坊ちゃんにばい菌でも付いて、また熱が出たら…。
奥様が大騒ぎいたします!」
「早く出て!」

お腹が、とても減っていたから、厨房のテーブルの上の、美味しそうなふかふかのパンをチラ…と見て…けど、言われるままに厨房を、出ようとしたその時…モーラス婦人が言ったのだ。

「ちょっと待って!」

そして…テーブルの上のパンとりんごをさっ!と掴んで駆け寄って、手に握らせてくれた。
「お食べなさい」

優しい、ふくよかな手で。

部屋でこっそり食べるパンとリンゴは…この上無く美味しかった。

モーラス婦人に次に会った時、婦人は階段下の絵の後ろにある隙間を見せて、そっと言った。
「ここに…お食事を置いておきます。
お腹が減ったら、取りにいらっしゃい」

そして、優しい皺を作って囁いた。
「お母様には、内緒」

ファントレイユはその婦人が、とっても好きになったから、心に誓った。
何が何でも絶対に、秘密を守ろう。と。

昨日は、キノコのクリームタルトと桃だった。
必ず、果物も一緒に付けてくれる。

そして部屋には、いつも新鮮なミルクが置かれていた。
婦人が母セフィリアに
「とても体にいいし、健康になるから、お水の代わりに飲ませなさい」
そう言ったって。

ミルクと一緒に内緒の食事を食べてる間が、ファントレイユにとっては一番の、幸せな時間だった。


とても美味しい食事の後、ファントレイユは吐息付く。
いとこ…レイファスは、いつ頃来るんだろう?

お腹がもたれたように感じ、ファントレイユは体がムズムズするのを感じた。

一度、庭で下働きの小さな男の子と追いかけっこして、セフィリアに叫ばれて中断し、その晩やっぱり熱を出して以来、走る事が禁止になった。

部屋でじっとしてると下男のウィラムが来たから
「食べた後、少し動かないと気持ち悪くなるけど、走っちゃ駄目だよね?」
と聞いたら、ウィレムはこっそり、奥部屋の壁の戸板を横にズラして、その奥にある秘密の階段を見せてくれた。

階段を上ると屋根裏部屋で、だだっ広くて細長くて、ずらっと窓が並んでいた。
「下が石だから、どれだけ走っても音は響きません。
庭に人の居ない時なら、窓は開けても構いませんが…でも絶対、窓の外には出ちゃ駄目ですよ?」

思いっきり頷いて、大好きなウィレムの為に、やっぱり
『セフィリアには内緒』
の誓いを立てた。
そこでは誰にも監視されず、思いっきり走ったり転がったり出来た。

その屋根裏部屋はいつも…埃も塵も無くて、綺麗に掃除されていた。
部屋の一番端に行くと…多分、下から持ち上げて開く、取っ手の無い扉が床の中にはめ込まれてた。

どこにもとっかかりが無くて、床と同一だったから開けようが無かったけど…ファントレイユは多分そこからウィレムが、自分の居ない時にやって来て、開けて掃除してくれてるんだ。
そう…解って、その床にはめ込まれた扉を見る度、微笑んだ。

思い切り走り回りたくなって、ファントレイユは部屋の奥…屋根裏部屋へ続く階段が、隠された壁を見つめる。

どうしよう?
でももう、レイファスが来るかもしれない…。

そしてファントレイユは、椅子の上に固まって待った。
じっと。
動かずに。

時間は静止し、まだかな?
もう?

それでも待った。
動かずじっとして。

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