人形の冒涜(ぼうとく) 

あーす。

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可愛いピンクの薔薇の棘

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やがて馬車の車輪の回る音と馬の駒音が響き、程無く女中が顔を出す。
「お客様がいらっしゃったので、客間へと。
奥様が」

いつも優しいマリーアンじゃなく…ちょっと意地悪なドッテロッテにそう言われ、ファントレイユは吐息交じりに椅子からお尻を持ち上げる。

あんまり…固まってじっとして待っていたから…なんか、あちこちがぎくしゃくした。


 客間の扉開け…その子を見た途端、ファントレイユはびっくりした。
びっくりし過ぎて逆に、表情が固まった。
ええと…セフィリアはいとこが、女の子だって言ってたっけ?

必死で記憶を手繰ろうとしてたら、足元が、絡まって転びそうになった。

…あんまり長い間、じっとして待っていたから、手足が棒のように感じた。
顔上げてその子…レイファスを見ると、びっくりしたような…気遣う表情をしていて、ファントレイユは必死に
『大丈夫』
なフリをした。

セフィリアは、レイファスの母で彼女の妹、アリシャを紹介してくれたけど、レイファスをそっくり大きくしたような感じ。
『美人親子なんだ』

ファントレイユは思って、レイファスを盗み見したかった。
けど、長い間じっと固まって待っていたせいか、上手く振り向けなくて我慢した。

レイファスの事を意識すると途端、頬が熱く心臓が早鐘のように鳴る。
………駄目だ!
今夜はどうしても…熱なんか、出したくない…!

その時ファントレイユは、滅多に自宅に居ない父、ゼイブンの言葉を思い出す。

「女は頼れる男に惚れるもんだ。
だから痛いとか苦しいとかは、女の前では極力我慢しろ。
でないと『だらしない男』のレッテル張られ、女にもう二度と、一人前の男扱いされなくなるぞ?」

…だから、セフィリアの前ではいつも苦しい。とか、痛い。
を我慢したのに…。

ゼイブンが帰るのを待ちわびて、聞いた。
「…セフィリアの前で痛いとか苦しい。を我慢すると…余計に心配する!!!
…ゼイブンの言った通りにしたのに、どうしてセフィリアは僕を、一人前の男扱いしてくれないの?!」

ゼイブンはその手を僕の頭に乗せ、なぜながらぼやいた。
「…女でも…母親は別だ。
お前、セフィリアを恋人にしたいのか?
どのみちセフィリアは俺のだから、お前にはやれない。
別の女を探せ」

ファントレイユはその時の事を思い返しながら…必死で意味を知ろうと…ゼイブンが、再び仕事に戻る前に掴まえて、聞いた。
「…痛いのや苦しいの我慢するのは…恋人にしたい女の前だけ?」

ゼイブンは、素っ頓狂な表情向けて、言った。
「当たり前だ。
ずっと我慢してたら…しんどいだろう?」

ファントレイユは、惚けた。
ゼイブンは高い背屈め、囁いた。
「…好きな…気を引きたい女の前では、出来るだけどれだけ痛くても、我慢してろ。
痛くてギャーギャー喚いてたら、その女には二度と、男扱いされなくなるからな!」

ゼイブンは、女みたいに小綺麗で頼りなげな自分の息子と
“男同志の会話が出来た”
と少し満足そうだったし、ファントレイユ自身も父親と“男同志の会話”が出来る事が、気に入った。

けど…言ってる事が、解ったかどうかは別だった。

ゼイブンはまた仕事に出かけ、滅多に帰って来なかったから、次の“男同志の会話”迄、考える時間はたっぷり、あった。

ゼイブンは“我慢するのは恋人か、気を引きたい相手”と言った。
でも実際問題…そんな相手が見当たらない。

綺麗で優しい女中達はうんと、年上だったし…同い年の女の子は居ないし、いつも姿見かける、年の近い下働きの子ナダルはでっぷり太ってそばかすだらけで、ファントレイユの姿を見ると
“痩せっぽち”
とじろり…!
と見られて凄く苦手だったし、大好きな執事の子アロンズの妹、ベネッタは…愛らしかったけど、いつもはな垂らしで…とても、恋人にしたい相手。には思えなかった………。

一番好きなのは、とても綺麗な顔したアロンズだったけど、アロンズは男の子だ………。

ファントレイユはそれで今迄、どの女の前でも一生懸命、“痛い”とか“苦しい”を言わないようにしていたけれど、その時以来一切止めた。

けどセフィリアに「痛い」って言うのを再開したら途端、もっと
「大丈夫?」
「お熱は?」
と余計心配されるので、結果ファントレイユは
『言わない方がマシ』
と知る事となり、ますます…“痛い”とか“苦しい”を、一切口にしなくなった。

けどようやく椅子に座り振り向くと…そこには同い年の…見た事無い程綺麗で可愛い子が視界に映り…ファントレイユはようやくゼイブンの言った
“気の引きたい相手”
がどんな意味なのかが、解った。


絵本の挿絵でしか、見た事無かったお姫様。
…そのお姫様が、隣の椅子に、かけていた。

ファントレイユはレイファスを、見る度頬が熱くなったし、心臓がどきどきと鳴った。
けど…もし、熱を出したり“苦しい”とか“痛い”とか言ったら、その凄く綺麗で可愛らしいお姫様に二度と…男として、見て貰えなくなる。

…そう思って、必死で熱、出さないよう願った。

つい…見つめると心臓が炙り出すから、そっ…と。
こっそり盗み見する。

凄く…愛らしい赤い唇。
大きな青紫の瞳。
髪は長くなかったけど、くるん!とカールしていて…その跳ねた毛先迄もが、彼女を愛らしく見せてる。

同い年の、貴族の女の子には出会った事無かったけど…。
絵本の「ライラの冒険」に出て来る女の子が、男の子みたいな服を着て、僕。って言って男の子のフリをしてる事を家庭教師に聞いた時
「女の子でも、いつもドレスを着ている訳ではありません。
特に、年若い女の子はとても、活発なので。
それに…“僕”とライラが言うのは…その方が、洒落ているからです」
と、言われた時の事を思い出した。

けど…やっぱり、残念な気がした。
きっと…素晴らしく綺麗で可愛いんだろうな。
レイファスが、ドレスなんて着たりしたら。

でもやっぱりいつかゼイブンが帰ってきた時、言ってた。
「普段まるで洒落っ気の無い女が、たまに綺麗なドレス姿だとあんまり綺麗に見えて、一辺に惚れる。
だから、いい女は好きな男を惚れさせたい時用に、素晴らしいドレスは普段着ないで、取ってあるんだ」

…そう言って、ウィンクした。
ファントレイユは、レイファスを見た。

やっぱり、とても愛らしかったし、頬が熱くなった。
でも、祈った。
レイファスが、とって置きのドレスを…僕の前でだけ、着てくれるように。と。
そうなったら、どんなに感激するだろう?

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