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もう人ではないというのに(ダール視点)
しおりを挟む「あ、あった!あれ泊まれるところじゃない!?」
「スミレ様、あそこはその、…っ私たちが泊まるようなところでは…!」
「え?そうなの?そっか、まあ宿にもグレード?とかあるもんね……」
目に入った宿らしい宿全てに入ろうとするスミレをなんとか止めるダール。街に入ってから何度目かのやりとりに、スミレは「また間違った」と肩を落とした。
どうやらスミレはこのような旅は初めてらしく(肌の艶やかさ等からそもそも自身の屋敷からほとんど出たことのない貴族の娘なのだろう)、街の看板の意味等を全く理解していない。そのため、奴隷などは足を踏み入れることもできないような宿――所謂そういう行為をすることを目的とした宿――を指さしては「あそこはどうか」とダールに問うてくるのだ。こういった庶民の街を歩くのが珍しいのかきらきらと瞳を輝かせて辺りを見回しているのは大変可愛いのだが、これでは一向に宿を見つけることは出来ないだろう。
ダールは主人を野宿させるわけにはいかないと、それとなくスミレの行く方向を誘導し、ダールが辛うじて知っている宿へと辿り着かせることに成功した。着いた宿は、奴隷用の寝る場所(といっても屋根はなく、ただ柵のようなもので囲われ奴隷たちを置いておけるスペースがあるというだけだが)のある比較的奴隷を連れやすい宿である。ダール自身利用したことはないが、冒険者だった頃にこの街に訪れた際、見たことのある宿であった。
基本的に奴隷は街の外等で野宿をさせ、主人は普通の宿に泊まることが多い。何も知らないスミレにこういった宿を案内するのは気が引けたが、ダール自身現在の力の出ない身体状況で野宿をして万が一のときに生き延びる自信がなかった。
「あの、二部屋取りたいんですけど」
「……は?」
宿屋について早々のスミレの発言に、当然の如く宿屋が怪訝そうな声を出す。思わずダールも出してしまいそうだったが、なんとか堪えた。
「荷物部屋ってことですか?」
「いえ、そうじゃなくて。私と、ダール……ええっと、この人の分の部屋をそれぞれ取りたいんです」
「はあ?奴隷に部屋を貸し出せるわけないでしょう」
「えっ……」
宿屋の言葉を聞き、スミレがダールを見上げる。何故、と言いたげな瞳にふるふるとダールが首を横に振れば、スミレは漸く「そういうもの」だと理解したらしい。奴隷に部屋を使わせようなんて、スミレは何を考えているのだろうか。何か他の奴隷達には知られたくない悪いことを部屋でさせたかったのか、等いろいろと考えたが、今の時点で高級な髪留めを守ること以外の指示を受けていないダールには分かる筈もない。結局スミレは一部屋のみ取ることで納得したらしい。
その後もダールが色々と考えを飛ばしている間に、スミレは宿屋と「食事を二人分用意してほしい」等々交渉しては撃沈していた。よっぽどお腹が空いているのだろうか。もしかしたら、旅の中であまり食事はとれなかったのかもしれない。
ダールは、何故か奴隷用のスペースではなくスミレが宿泊する部屋に連れられていた。荷物持ちをさせてもらえるわけでもなく。
「……あ、思ったよりしっかりしてる」
部屋内を見回してそう言ったスミレは、設備などをひとつひとつ確認しているようだった。宿屋としては(奴隷が連れてこれる宿屋ということもあって)それほどランクの高い場所ではないのだが、スミレの及第点ではあったらしい。余程酷い宿屋を想定していたのだろうか。
「とりあえずお風呂かな……」
浴室を確認したスミレがそう漏らすのを聞き、ダールは漸く自分のすべきことを理解した。きっと、風呂の準備をさせるために部屋まで連れてきたのだ、と。
ダールが「お湯をご準備いたしますか」と声を掛けると、ほんの少し眉尻を下げたスミレが「お願いしても良い?」と熱魔石をダールへと手渡した。何故ダールに対してそんなに申し訳なさそうに振る舞うのかは分からないが、ダールにとってスミレは命の恩人だ。もっと沢山命令してほしいし、そうでなければどうやって役に立ったら良いのか分からない。捨てられないためには、見目の悪いダールは他の奴隷よりも役に立つということを示さなければならないのだ。だというのに、今のところ命らしい命は髪飾りを守ることと浴槽に湯を張ることだけ。せめて心地よい温度で準備しようと、ダールは意気込んだ。
自身の手を洗ってから、浴槽に手を翳して水魔法を発動する。空腹で魔力がほとんどないのでごっそりと力が抜けていく感覚がするが、それでもこういった生活魔法レベルであればなんとか発動することができる。十分に水が溜まったところで熱魔石にも魔力を注ぎ込み、それを張った水の中に投げ込んだ。右手で徐々に温度を上げていく水を確認しながら、入浴に適しているだろう温度になったところで魔力の供給をストップさせる。念のため左手でも湯の温度を確認したところで、ダールは部屋にいるスミレの元へ向かった。
「スミレ様」
スミレに声を掛けると、スミレは座った状態のままダールを見上げた。相変わらず美しい顔に、ひるんでしまいそうになる。
スミレはどうやら、この街の地図を確認しているようだった。
「お湯のご準備が整いました」
「ありがとうダール!そしたら、はいコレ!」
単に生活魔法を使っただけのダールに対してお礼を言ったスミレは、何故かタオルや石鹸をダールへと手渡した。これは一体どういうことだろうか。もしや、スミレの身体を洗う手伝いをしろと――……そこまで考えて、ダールは即座に否定する。そんなはずはない。
スミレはダールの葛藤等いざ知らず、笑顔のまま言葉を続ける。
「とりあえずダールが先にお風呂に入ってくれる?それで、申し訳ないんだけどその今着けてる腰のやつは後で捨てるから、お風呂上がったら一旦その大きい方のタオルを巻いてほしい」
「あ、いや、その、私が入浴するのですか…?」
「え?そうだよ。なんで?お風呂嫌い?」
「い、いえ!そんなまさか!ですが……」
「それなら入っといて。私他にしなくちゃいけないことあるし。…あっそうだ、カミソリも貰ったから、もしできたら髭剃っておいてもらえる?怪我しそうだったら無理しなくていいから!」
矢継ぎ早に言葉を続けたスミレは、ダールが手に持っていたタオルの上にカミソリを置いた。
一般的に、奴隷に入浴させる主人というのは殆どいない。そもそも、主人は奴隷が主人以外のために魔力を使うことを大層嫌がるからだ。奴隷自身のために生活魔法を使うくらいなら、主人のために使わせる。流石に奴隷が不衛生なままというのは宜しくないので、水を含んだボロ布で身体を拭かせたり、野外へ出た際に泉等があれば水浴びをさせてもらえたりするが、それくらいだ。もし極たまに湯を使わせてもらえる奴隷がいるとすれば、夜伽のために購入された余程見目の良い奴隷くらいか(勿論、ダールはこれには当てはまらない)。
スミレがダールの髭を気に食わないと思うのであればカミソリで剃れというのは分かるが、何故、折角準備させた風呂をダールに使わせようと思うのか。スミレ自身は入らなくても良いのだろうか。いや、スミレは入らなくても異臭はしない(どちらかと言えば良い匂いがする)し、不衛生な感じもしないのだが。
ダールが思考の波へと入っていると、いつまでも動かないダールを不審に思ったのか、スミレが「ダール、もしかして今お風呂の気分じゃない?」と話し掛けてきた。その言葉を聞き、ダールは思わず身体を強張らせる。
奴隷が主人に対して気分がどうだとか、そんなことは言えた立場ではない。気分などは一切関係なく、主人の言った通りに行動するべきなのだ。だから、スミレの言葉をダールが理解できようができまいが、指示されたことならばやり遂げねばならない。
ダールは謝罪の言葉を述べると、慌てて浴室へと駆け込んだ。
ちゃぷ。
身体を石鹸で隅々まで丁寧に、しかし急いで洗いカミソリで髭を落とした後、自ら準備した風呂に入る。湯に浸かったのは、どれくらいぶりだろうか。少なくとも奴隷に身を落としてからは入ったことなどないし、冒険者時代も出来るだけ人の目に晒されないようにと街で過ごすことは少なかったから、良くて泉等で水浴びをした程度だ。
当時は左程気にしていなかったが、水と湯では身体の解れ具合が全く違う。これまでずっと張りつめていた緊張が僅かばかりに解け、蓄積された疲労がゆるりと溶ける心地がした。
(…スミレ様は、何故俺などにこのような待遇を……)
時間があると、そればかり考えてしまう。スミレに買われてから今に至るまで、ダールはスミレから何一つ苦痛の類を受けていなかった。そんなこと、今まであり得ないことだった。
ダールが冒険者をしていた頃、ダールは勿論奴隷ではなかったが、それでも他の人と同じような扱いを受けることはなかった。自身の醜い容姿が故に。
基本的にはフードを被り顔が見えないようにしてはいたが、身体つきは早々隠せるものではない。魔法が使えるので筋力をつける必要はないダールであったが、皮肉にもダールの身体は大層筋肉をつけるに適した身体であった。街に立ち寄らず、野宿を中心とし戦闘の機会が多かったことも災いしていたのだろう。
街を歩けば周りの人に避けられ、買い物をするにも疎まれ食べ物一つ買うことにも苦慮した。冒険者ギルドでクエストを受けたり達成報告をしたりする度に受付嬢から嫌な顔をされた。勿論パーティーを組んでくれるような仲間はいなかったのでソロだったが、それでも、自身で金を稼いで生活を出来るだけまだマシだった。それに、柄の悪い輩に目を付けられ理由もなく暴言や暴力を受けることはあったものの、攻撃を避け言葉を無視することは出来たから。
ダールが理不尽だと初めて思ったのは、貴族の不興を買ったときだ。その貴族は、ダールと血の繋がりがある筈の父だった。母からは「気まぐれに手をつけられた」と聞き及んでいたが、思ったよりも父は母に執着していたらしい。
冒険者ギルドへの登録は本名でしか登録が出来ず、家名は亡き母のものを名乗っていた。そこから、父はダールに辿り着いたようだった。捕らえられるように父の屋敷に連れていかれ、不快感を隠しもしない表情でこれまでの経緯を問い質された。
ダールは勿論、母に他の相手はいなかったこと、既に母は亡くなっていること、父の名前などは一切出すことなく慎ましく生活を送ってきたことなどを伝えたが、無駄だった。父は、母が父と同時期に他の男とも関係を持ち、自分から逃げ出したのだと信じて疑わなかったから。
そもそも母は屋敷の使用人で無理やり父に手籠めにされたのであり、他に恋人がいたって責められる謂れはなかった筈だ。それでも、父のお気に召さなかったようで。ダールは、理不尽にも冒険者ライセンスを剥奪された。
そこから奴隷へ転落するのは、あっという間だ。
そもそも見目の悪いダールに、冒険者以外での働き口などある筈もない。日銭が底をつき、野営中に運悪く毒草を口にして倒れたタイミングで奴隷商人に拾われ、奴隷へと身を落とした。それからは、特に地獄だった。
食事が満足に与えられないのは勿論だが、きつかったのは奴隷教育だ。最初から奴隷であった者とは違い、人から奴隷になった者は、自身が奴隷であるという自覚が薄い。商品となるために、奴隷という自覚を植え付けさせられる。
何度も自身を否定する口上を述べさせられ、少しでも自尊心を覗かせれば鞭で打たれる。鞭自体の殺傷能力は低く傷もあまり残らないが、引き攣れるような痛みだけが数日間続く。精神的苦痛を与えるだけのそれを休みなく繰り返される度、ダールの矜持は打ち砕かれ、尊厳は落とされ、感情は消えていった。表面上は完全に奴隷になったが、母の愛だけが、ダールの心を保たせていた。
このまま、人ではないまま朽ちていくと思っていたのに、スミレは何故だか人としてのダールを思い起こさせる。客観的に見れば、ダールはもう人ではないというのに。中途半端に引き上げられては、きっと後がつらい。
ダールが湯から上がり、身体を拭いた上で大きいタオルを腰布代わりに巻いて部屋へ戻ると、そこにスミレの姿がない。寝台はそもそも誰かが座ったり寝たりした形跡はないし、トイレにもいない。棚に置かれていた筈のスミレの荷物もない。――もしや、捨てられたのだろうか。
(――いや、違う!)
ダールは、脱衣所に置いてある髪留めの存在を思い出した。スミレが、傷一つつけることなく死守せよと(口に出して言われたわけではないが)命じたもの。それは間違いなくダールの元にある。スミレは後で返してもらうと言っていたし、こんな高級なものを奴隷に残したまま捨て置くわけがない。筈だ。
無理やり結論を出して、ダールはスミレが「他にやることがある」と言っていたこと、地図を確認していたことを漸く思い出した。恐らく、街に何か用があるのだろう。
ダールはそう自分に言い聞かせながら、いつスミレが戻っても良いようにと部屋の出口に向け正座の姿勢を取った。
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