異世界転移した心細さで買ったワンコインの奴隷が信じられない程好みドストライクって、恵まれすぎじゃないですか?

sorato

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毒草は食べ物じゃない

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 最初は遠慮がちに少しずつ夕食を食べ進めていたダールであったが、菫が本当に夕食を食べるつもりがないのを理解したのか、途中からは勢いよく夕食を口へと運んでいた。菫は暫くダールが豪快に食べる様子を惚れ惚れとしながら見守っていたが、今の内に自分も入浴して着替えてしまおうと考えつき、その旨をダールに伝えた。ダールは「私が入った後の湯船に入るなど…!」と至極申し訳なさそうにしており、銭湯文化のある純日本人である菫は全く気にならなかったのだが、あまりにもダールが狼狽えるので結局押し負けてダールに改めて湯を張ってもらうことになった。
 お湯を張るのには、どうやら生活魔法と呼ばれるものを使っているらしい。魔法なんてものに馴染みのない菫はどうすれば魔法を駆使できるのか、そもそも魔法を使える素養があるのかどうかも分からないが、機会があればダールに習ってみるのもいいかもしれない。暫くはダール頼みになりそうなのが申し訳ないところだが。

 菫は湯を張ってくれたダールに礼を述べてから、服を脱いで身体を洗った。シャワーはないので、湯船のお湯を桶で掬いながらである。それでも、お湯をこうして使えるのはありがたい。あのときダールを買わずに一人でいたら、こうしてお湯を使うことはなかっただろうし、そもそも街に辿り着いていたかどうかすら怪しい。
 髪用のシャンプーやリンスなどはないらしく、石鹸一つで身体も髪も洗う。髪は少しギシギシしてしまった。元々菫自身髪を特にケアしているタイプではなかったが、それでも菫のいた世界の生活水準との違いを感じさせられる。もしかしたらヘアケア用品も高級品としてなら出回っているのかもしれないが、今の菫には自分にお金を余分に使う余裕はない。洋菓子はどうかと思ったが、心の安寧に必要なのだと心の中で言い訳した。あとは、単純に甘いものを食べるダールが見たい。

「…あったかい……」

 お湯に身体を浸からせて、菫は漸く異世界に来て初めて張りつめていた気を緩ませることができた。よくよく考えてみても、やはり夢だとしか思えない状況なのに、それでも夢だと思えない程どこか現実じみている。
 何も知らない世界に飛ばされて、不安な筈なのにこれ程まで落ち着いていられるのは、菫が元の世界に対する執着が然程ないことも勿論要因ではあるが、恐らくダールの存在に依るものが大きい。初めて奴隷商人と出会ったときのような心細さは、ダールを買ってからほとんど感じられない。何かあれば、ダールが守ってくれる。ダールが奴隷という立場故に菫の命令に背けないということもそうなのだが、やはりあの鍛え抜かれた筋肉には安心感があるのだ。
 ――やっぱり、あのときダールを選んで良かった。
 菫は改めてそう思ってから、その分ダールにも「菫に選ばれて良かった」と感じてもらえるように努めようと決めた。ダールにとっては選択肢のない主人だったとしても、せめて「菫に買われるより処分された方がマシだった」とは思われないようにしたい。
 決意新たに、菫は湯から勢いよく立ち上がった。







 入浴を終え、購入したばかりの洋服(ジャンパースカートは薄桃色を選択した)を身に着けた菫が部屋に戻ると、ダールもちょうど食事を食べ終えたところらしかった。勢いよく食べていたと思ったが、菫がいなくなった後はゆっくり食べ進めていたらしい。じっと見惚れてしまっていたから、さっきは気まずくて早く食べてしまおうと思ったのだろうか。そうであったら大変申し訳ない。菫は心の中でダールに謝罪した。
 そうして脳内謝罪を終えた菫がダールへと顔を向けると、ダールは何故か目を潤ませて菫を見ていた。頬も僅かに紅潮し、色気に溢れている。一体どうしたことかと菫が近付くと、ダールは深々と首を垂れた。

「……え、なに!?」

 突然の行動に菫が目を見開くと、顔を上げたダールが「このような素晴らしい食事を頂き申し訳ありません」と仰々しく述べた。菫としてはそれ程豪華な食事を差し出したつもりはなかったのだが、もしかすると菫が思うよりもこの世界の食事というのは装飾品や石鹸のように水準が高くないのかもしれない。この宿の食事もそう悪くないし美味しそうだと思ってはいたが、悪くないどころかこの世界ではかなりレベルの高い食事だったのではなかろうか。もしそうだとするのなら、この世界での生活がちょっと心配になる。調味料等があれば、自炊などを考えた方が良いだろうか。菫は両親が早世したために一人暮らしが長かったので、最低限の食事は作れるつもりである。
 なにより、ダールには美味しいものを沢山食べてもらいたい。そして美味しそうに食べる姿を至近距離の特等席で見るのだ。正直それだけで菫はご飯を何杯でも食べることが出来そうである(実際この世界に米があるかどうかもまだ分からないが)。

「そんなに畏まらないで良いよ。まだお腹に空きはある?」
「……、はい」
「良かった。それなら、今度はこっち食べよ」

 菫は洋服が入っていたのとは別の麻袋をダールの前に掲げた。きょとんとしたダールは、首を傾げてから、「ああ」と硬い表情を浮かべる。そして意を決したように頷くと、重々しく口を開いた。

「毒草でしょうか。謹んで頂きます」

 いや、毒草は食べ物じゃないから。頂かなくて大丈夫だから。この世界の人って毒草食べるの当たり前なの?
 そんな突っ込みがすぐに口から出なかった菫は、無言で麻袋から洋菓子を取り出したのだった。










「…っ、甘い……!」

 ダールはショートケーキを口に含むと、感動したように目を見開いた。まるで新しい玩具を与えられた子供のように無邪気な表情に、菫は思わず口を緩める。――可愛い。体格の良い大の男(しかも極上のイケメン)がショートケーキを嬉しそうに頬張る姿は、その一言に尽きる。見た目は厳つめで甘いものは苦手だと言わんばかりなのに。これが所謂ギャップ萌えというやつだろうか。
 菫は既に胸も腹もいっぱいな気持ちになりながら、自身の分のモンブランを口に運んだ。どちらかと言えば甘さ控えめな渋めのモンブランだが、美味しい。洋菓子は流石高いだけあって、菫の世界のものと変わらない質の高さである。

「このようなものを食べたのは初めてです」
「そっか。ショートケーキ、食べてみてどう?」
「ショートケーキというのですね。甘くて、ふわふわしていて、口の中ですぐになくなってしまう……。おいしい、です」

 ダールの可愛い食レポにほのぼのしながら、菫はモンブランを一口分(といっても少し多くなってしまった)スプーンで掬った。そしてスプーンをダールの顔に近付け、「あーん」を促す。別に、これはイケメンに「あーん」がしたいという菫の下心ではない。ただ、洋菓子を食べたことがないというダールに色んな種類の洋菓子の味を知ってもらいたいだけである。他意はない。多分。
 ダールはぽかんと口を開いたまま、スプーンに口を付けようとはしない。もしやこの世界では「あーん」ははしたない失礼な行いだったりするのだろうか(元の世界でも人前でやるには勇気のいる行いではあるが)。しかしそうだとしても既にスプーンは差し出してしまっている。それに、ダールは菫が買い取った奴隷であり、菫の要望にはある程度応えてくれる筈である。罰など与えるつもりは毛頭ないが、多少は職権(と表現して良いかは不明だが)乱用しても罰は当たらないのでは。
 脳内でそう言い訳した菫は、ぽかりと開いたままのダールの口にモンブランを乗せたスプーンを押し込んだ。口にはしなかったが、心の中で「あーん」と言っておいた。

「ン、……っ」
「こっちはモンブラン。栗を使った洋菓子だけど、どうかな」
「っ、ああ、これも、美味い」

 どこか片言気味に、そして珍しく敬語を外して感想を述べたダールは、顔を真っ赤に染めて菫から目を逸らした。耳まで真っ赤な様子と不自然な態度に照れているのだと理解した菫は、心の中で悶える。――イケメンの照れ顔は、どんな美しい情景にも勝る。写真を撮って後世に残したい。
 そう考えて、そういえば鞄に入っていた筈のスマホなどはどうなっているだろうかと考えを飛ばす。まさか菫の元の世界に電話やメール等は出来ないだろうが、カメラ機能などは使えるかもしれない。いや、写真を撮って残したところでそもそも充電出来なければ意味がない。お湯を沸かすにも魔法を使うようだし、そもそも電気は通っているのだろうか。
 先程までお金のことで頭がいっぱいで、他の持ち物もちゃんと入っているのか、入っていたとしてお札や小銭のように形を変えているのか等確認していない。後でしっかり見ておいた方が良さそうである。

「……スミレ様?」
「あっ、ごめん。考え事してた」

 心配そうに顔を覗き込んでくるダールの美顔に顔を赤らめつつ、菫は一旦先程までの考え事を放棄した。今はそれよりも、ダールとの至福の時間ティータイムの方が大事である。

「美味しいね」
「はい」
「明日の朝食べる分も買って来たんだ。今日のとは違うやつだから、それも楽しみにしててね」
「明日も頂けるんですか」
「うん、勿論。また一緒に食べようね」

 菫がそう言って笑い掛けると、ダールは一瞬驚いた表情をした後ぱっと顔を俯かせてしまった。どうしたのだろうかと様子を見守っていると、その肩が小刻みに震えだす。ダール、と声を掛けようとして、菫は止まった。
 ――ダールが、静かに泣いていたから。

「………ッ、」

 ダールが何を思って泣いているかは分からないが、ダールの膝元で固く握られた拳も、声すら出さない嗚咽も、菫に見せないようにと下げられた顔も、全てが菫の胸をぎゅうと締め付けた。
 菫はダールの方へと身体ごと向き直って、ダールの頭を包み込むようにそっと抱きしめた。こんなことでは慰めにもならないと思ったが、それでも少しで良いから安心出来れば良いと、そう思って。
 抱きしめた瞬間びくりと震えたダールは、けれどもそれを拒否することはなかった。固く握られた拳が解かれることはなかったし、言葉もなければ俯いた顔が上げられることもなかったが、菫のことは受け入れようとしてくれているようだった。






 体感にして十分程経った頃、ダールは小さく「ありがとう、ございます…」と菫に声を掛けて身を離した。初めて会ったときに口上として述べられて以降、感謝よりも謝罪の言葉ばかりであったダールのその言葉に、菫はなんとなく感動した。ほんの少しだけ、ダールとの間の壁が薄くなったような気がしたからである。菫の理想とする距離感にはまだまだ程遠いけれども。

「……おれは…」

 聞き取れるかどうかの声量で話し始めようとしたダールは、すぐに言葉を詰まらせた。話しにくいからというよりかは、泣き疲れたのか安心したのか、眠気が強いようで目がとろりとしている。眠そうなダールの顔も美しいなと思いながら、菫はダールの手を引いてダールをベッドへと誘導した。
 余程眠いのか、ダールは促されるままベッドへと移動すると、ぽすりとベッドへと沈み込んだ。ふにゃ、とダールの表情が柔らかく微笑む。そうして、数秒も経たぬ内にダールはすうっと寝に入った。

(……えっ待って、その表情は尊すぎない…!?)

 好みドストライクなイケメンの微笑みを被弾した菫は、ふらふらとソファーに倒れ込み、そのまま意識を手放したのだった。








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