墜ちた英雄が隠居したが...

キリ

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 なぜか首が冷たい。手は当ててみると湿っていた。何故だ。
 それに妙にあぐらをかいた足が暖かい、まるで人肌のように落ち着く温度だ。
 
 少しだけ疑問に思った俺は目を開けて、足元を見た。
 なんとそこには、足をたたんで小さくなり涎を垂らしながら気持ちよさそうに寝ているルナがいたのだ。
 もしかして首もこいつがやったのか。それに妙に足が湿っぽい。

 真相は、神のみぞ知る。

 俺は深く考えるのをやめ、起きることにした。起こさないようにルナの頭を足からどかし、立ち上がると壁に手をつく。
 温度が十分低下した。もう十分あいつらが休眠する条件と合致しただろう。
 今が脱出の千載一遇のチャンスだ。

「お前ら起きろ。ここから出るぞ」

 俺が呼びかけると他の奴らは、もぞもぞ、と起き始めた。
 全員が全員、眠気眼をこすって欠伸をしている。命の危険があるという事を分かっているのだろうか。

「あぁ~~………もう行くのか?」

「ああ、行くんだ。死にたくないだろ?」

 俺が手を貸して引き起こすと、スターは足の塵を払うと、俺に向き直った。

「準備はできたぞ。行こう」

 俺は全員の顔を確認した。みんな多少の不安はあるようだが、ここに来た時のような気の抜けた雰囲気は抜けている。
 これなら足を引っ張られることもないだろう。

 俺は最後に、大きく膨らんだ布袋を背負った。

「それはなんですか?」

「オリハルコンだ。もともとはこれを取りにここに来たからな」

 俺はルナに袋を開けてオリハルコンを見せてやった。
 銅とは違う、琥珀のような色に、ルナの目が輝く。

「うわぁ、綺麗ですね」

「俺も初めて見たときはそう思ったよ。でもこれさ、この小さいかけらで金貨50枚するんだ」
 
 俺はそう言って、直径5cmほどのものをつまみ取った。
 これが大きな布袋いっぱいにあるのだ。売れば一生遊んで暮らせるだろう。だが、これは全て剣の材料に使うので、すぐに無くなることだろう。

「おい、あんたら。行くんじゃなかったのかよ」

「おっと、すまんすまん。じゃあ行こう」

 俺は焚き火を消す。辺り一面が真っ暗になる中で、俺は最後の発火灯をつけた。辺りが先ほどの焚き火とは違う、不気味な赤色に染まってしまう。
 そして、俺は腰から大ぶりなナイフを抜き、通路な中を発火灯で照らした。

「よし行くぞ、しっかり付いて来い」

 そして、俺たちは通路の中に入った。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 中の境界削りどもはやはり眠っているようで、音を立てても落ちてこない。
 これなら心配いらないだろう。

 来る際に走り抜けてまったく注視していなかったが、どうにもおかしい。
 境界削り、という魔獣はそもそもここ一帯には生息していない。つまり、こいつらは人為的に持ち込まれたということだ。
 ではなぜ? 誰がここに持ち込んだのか。
 いや、どちらにしても今考えることではないな。今はこの迷宮を誰もかけることなく脱出することだけを考えるんだ。

「…………おい………あんた」

「…………喋るな………奴らが起きる」

 別に芋虫どもはこの温度でも生きられないわけではない。昔からの遺伝子情報でこの時間帯に眠ってしまうというだけだ。それは実証されている。
 故に獲物がいる、と眠っている状態でも判断できる程度の音を立てれば起きて襲って来るのだ。

「…………すまん………後ろの影が気になって」

「…………後ろの影?」

 俺はその言葉に引っかかるものを感じ、足を止めて後ろを振り返る。
 確かにそこには影が蠢いていた。

 ただし、何もない通路のど真ん中にだ。

 俺は冷や汗が体から吹き出すのを感じた。あの影には見覚えがあったからだ。忘れもしない、あいつだ。

「全員、走れぇぇぇえええええ!!!」

 俺はなりふり構わずにそう叫ぶと、全員に走るように促した。
 驚きながらも走り出し、驚きの念を感じる。
 
「おい、どうしたんだよ!」

「今は話す暇はない!、いいから走れ!」

 上から芋虫どもが落ちてくるが、構っている暇はない。
 俺は猛スピードで走りながらも、後ろを振り向いた。
 
 影が追って来ていた。蠢く真っ黒な体を引きずりながら、こちらに追いつこうと躍起になっていた。

 影が追ってくるなんて当たり前、馬鹿げた話だと思うことだろう。
 だが、影というものは、映るものがなければ成立しない。
 壁だろうと地面だろうと、そこに平面という言葉が成立するものがあれば、たとえその形がどんなに歪だろうと存在できる。ある意味で究極に無敵で振り切れない存在である。

 だが、考えてみてほしい。

 横の壁に発火灯の光で蠢く影ができていたとしたら、俺は特に気にすることもなく無視したことであろう。
 だが、それが壁の通路の真ん中に立っているとしたら、どうだろうか。
 
 それは決して影ではない、影を模した何かだということだ。

 そして、影を模す存在というものは、現在一つしか確認されていない。

「………おい!、どういうことなのか説明しろ!」

 俺はダンマリを決め込む。今は本当にそれどころではない。
 俺は答えずに最後の焼夷弾を取り出すと、キャップを外して後ろに投げた。
 後ろから影とともに追って来ている、芋虫どもを潰すためだ。

 後ろから赤色の光が放たれ、周りに広がっていく。
 そしてそれと同時に、後ろから芋虫どもの断末魔が聞こえてくる。
 あしらいながら、ただひたすらに走っていると、出口が見えて来た。

「見ろ!、出口だ!」

 スターがそう叫ぶと、全力疾走で出口に走っていった。

「邪魔だ!」

「キャッ!」

 スターは我先にと、前にいるルナを突き飛ばすと、出口に走っていった。
 あの男、ふざけやがって。

 俺は転んで置いていかれたルナに追いつくと、後ろから彼女を起こす。 

「大丈夫か?」

「すみません、大丈夫です…………後ろ!」

 俺は即座に振り返ると、影が目前まで迫っていた。
 俺は跳びのき逃れようとするが、左手を影に飲み込まれてしまう。
 瞬間に襲う、焼けるような痛み。

「ぐっ………ク、ソッ」

 俺はあまりの痛みに意識が持っていかれそうになるが、何とか持ちこたえた。
 どんどん左腕から登ってくる影を見て、俺はポーチから閃光弾を取り出し、キャップを外して、目を瞑った。

 眼前で炸裂する閃光に辺りが真っ白な光に包まれる中、影もまた姿を消した。

 俺は炸裂音に耳をやられながらも、うっすらと目を開け立ち上がった。

「ルナ、走るぞ………ぐっ……うぅ」

 未だに治らない痛みに俺は思わず膝をついてしまう。

「フォルンさん!」

 慌てて近づいた彼女は、俺に肩を貸す。俺は震え出す足を引きずりながらも懸命に走った。
 
 そして、出口を出た。俺たちは出口を出てからすぐ近くの場所に腰を下ろしていたスター達のところに行った。

「無事だったか!?」

 その無事で済むかわからない状況を作り出した張本人が、俺たちに対してそんなことを言ってくる。

「貴方は………いえ、今はいいです。それよりも、フォルンさん大丈夫ですか」

 ルナはそのスターの様子に一瞬だけ憤慨の表情を見せたが、すぐに切り替えて、俺の腕の治療に取り掛かった。

「それで、さっきの奴は何だったの?」

 チセは俺に対して、当然の疑問を示した。
 俺は腕の包帯が巻き終えられたのを確認すると、口を開いた。

「奴の名はカースシャドウ、危険度SSの全国家警戒対象に指定されている魔獣だ」
 

 


 

 
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