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音冬
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「よし、完成だ」
手鏡を覗き込んで、少女はわぁと声を弾ませた。
伸びっぱなしで不揃いだった髪は軽く揃えた上で結いあげられ、紐やリボンを使って飾り付けられている。こうして身なりを整えれば、街や村で見かける子供たちとなんら変わりはない。ただし体中についた幾つもの痣と傷、それを覆う包帯を除けばの話だ。
「これは見事。すっかり見違えましたぞ」
ニコニコしながら、ニシキが言う。
少女も嬉しそうにフラウを見上げる。
「ありがとう、フラウのお姉ちゃん!」
「へェ、ガサツなだけのクソアマかと思イきや、なかナか器用じゃねェか」
背後からの声に振り返ると、ラムダが茂みを掻き分けて、こちらにやってくるところであった。肩の上には、いつものようにヘビがいた。
「うるさいクソデカミミズもどき」
「なンだと、この痴女野郎!」
頭から湯気でも噴き出しそうな勢いでヘビが怒るが、無視してフラウはその隣の顔に視線を移す。
「体はもう平気なのか?」
「うん、ヘビから聞いたよ。フラウがここまで運んでくれたんだって。ありがとう」
「お互い様だ。この間は私が君に助けられたしな」
「ニシキおじいさんもありがとう」
「礼には及びませぬ。ワタクシめはお召し物をお運びしたまで、非常に光栄な役目にございました」
「う、うん?」
両手を合わせて拝むように言われ、ラムダは戸惑いつつも頷いた。
ふと視線を感じて首を巡らせると、キョトンとした顔の少女がこちらを見ている。フラウが言う。
「そうだ、君が助けたそうだな。名はオトというそうだ」
「あア、東ノ狐か」
「白いヘビさん、お話しできるの? すごいね!」
純粋な賞賛に気をよくしたヘビが「そうだろう、そうだろう」と顎を逸らす。
オトはヘビを気に入り、満更でもないヘビが子守りに興じている隙に、フラウはラムダを誘い出す。聞きたいことが色々あった。とは言っても、立ち入った質問はやはり憚られ、彼が抱えているだろう傷に触れることがないよう慎重に言葉を選んだ。
ラムダは今も妹を探していて、手掛かりはまだ掴めていないらしい。
今後のことを尋ねると、オトを故郷の村に送り届けながら妹を探すと言う。
「私も、同行させてはもらえないだろうか」
宛てがないのはフラウも同じだった。
仇の男は名前すらも知らないのだ。覚えているのは歪んだ笑みだけ。神殿で見つからなければ、どこを探せばよいのか。皆目見当もつかない。
各地を渡り歩き、しらみつぶしに探す他に方法はない気がする。
どうせ目的地がないのなら、しばらく行動を共にするのもいいだろう。そんな考えからだった。
「もちろんだよ。オトも、フラウが一緒の方が喜ぶと思うし」
「そうか」
フラウもつられて微笑む。
するとタイミングを見計らったように、ラムダが疑問を口にする。
「そういえばフラウはどうして旅をしてるの?」
「仇を探してるんだ、夫の」
「フラウ結婚してたの!?」
声をひっくり返らせてラムダが言った。
「そこまで驚くか?」
「え、いや、だって」
「笑えるだろう? こんなはねっ返りが」
「そんなことないよ!」
「いいんだ」
縫い物よりも槍や弓矢を扱うことを、料理を作ることよりも獣を狩ることを先に覚えた。
決して自虐ではない。自分でもわかっている。
村の人達からも散々言われてきたことだ。
けれどラムダは同じ言葉をもう一度、先程よりも強い口調で言う。
「そんなことないよ! フラウはその、こんな風に一人で旅してるから、だからてっきりって……ただそう思って」
「婚姻の議を済ませたその日の夜だった、向こうはまだ成人したばかりでな。攻めてきた東の兵に村を焼かれ、逃げる途中私を庇って……私は、夫の仇を討つまでは死ねない、絶対に……」
少しの間があって、抱えた膝を見つめながらラムダが口を開く。
「そうなんだ、早く見つかるといいね」
「君も。妹と早く会えるといいな」
「うん」
向こうで、ヘビを首に巻き付けたオトがはしゃいでいる。冷たくて気持ちいい、ときゃーきゃー無邪気に笑っている。
なんとなく黙ったまま、しばらくその様子を眺めていた。
「よォ、親密そうに二人何話してたンだ?」
皆のところに戻るなり、ヘビがからかい交じりに絡んできた。
「これからのことをちょっとね」
「へェ?」
「フラウも一緒に来てくれるって」
「ハアァッ⁉」
答えるラムダではなく、すました顔でその近くに立つフラウを睨みながらヘビが言う。
「おぅテメェ、妹以外の女もマトモに知らネぇガキ誑かしてンじゃねェぞ、このアバズレ」
「はっ、お前のような得体の知れない輩よりは余程無害だと思うがな」
「ちょっ、やめようよ二人とも」
わざとらしい咳払いが割って入った。ニシキだった。
ニシキは骨ばった人差し指を立てて、シィーと言った。見れば草の上でオトが眠っていた。
手鏡を覗き込んで、少女はわぁと声を弾ませた。
伸びっぱなしで不揃いだった髪は軽く揃えた上で結いあげられ、紐やリボンを使って飾り付けられている。こうして身なりを整えれば、街や村で見かける子供たちとなんら変わりはない。ただし体中についた幾つもの痣と傷、それを覆う包帯を除けばの話だ。
「これは見事。すっかり見違えましたぞ」
ニコニコしながら、ニシキが言う。
少女も嬉しそうにフラウを見上げる。
「ありがとう、フラウのお姉ちゃん!」
「へェ、ガサツなだけのクソアマかと思イきや、なかナか器用じゃねェか」
背後からの声に振り返ると、ラムダが茂みを掻き分けて、こちらにやってくるところであった。肩の上には、いつものようにヘビがいた。
「うるさいクソデカミミズもどき」
「なンだと、この痴女野郎!」
頭から湯気でも噴き出しそうな勢いでヘビが怒るが、無視してフラウはその隣の顔に視線を移す。
「体はもう平気なのか?」
「うん、ヘビから聞いたよ。フラウがここまで運んでくれたんだって。ありがとう」
「お互い様だ。この間は私が君に助けられたしな」
「ニシキおじいさんもありがとう」
「礼には及びませぬ。ワタクシめはお召し物をお運びしたまで、非常に光栄な役目にございました」
「う、うん?」
両手を合わせて拝むように言われ、ラムダは戸惑いつつも頷いた。
ふと視線を感じて首を巡らせると、キョトンとした顔の少女がこちらを見ている。フラウが言う。
「そうだ、君が助けたそうだな。名はオトというそうだ」
「あア、東ノ狐か」
「白いヘビさん、お話しできるの? すごいね!」
純粋な賞賛に気をよくしたヘビが「そうだろう、そうだろう」と顎を逸らす。
オトはヘビを気に入り、満更でもないヘビが子守りに興じている隙に、フラウはラムダを誘い出す。聞きたいことが色々あった。とは言っても、立ち入った質問はやはり憚られ、彼が抱えているだろう傷に触れることがないよう慎重に言葉を選んだ。
ラムダは今も妹を探していて、手掛かりはまだ掴めていないらしい。
今後のことを尋ねると、オトを故郷の村に送り届けながら妹を探すと言う。
「私も、同行させてはもらえないだろうか」
宛てがないのはフラウも同じだった。
仇の男は名前すらも知らないのだ。覚えているのは歪んだ笑みだけ。神殿で見つからなければ、どこを探せばよいのか。皆目見当もつかない。
各地を渡り歩き、しらみつぶしに探す他に方法はない気がする。
どうせ目的地がないのなら、しばらく行動を共にするのもいいだろう。そんな考えからだった。
「もちろんだよ。オトも、フラウが一緒の方が喜ぶと思うし」
「そうか」
フラウもつられて微笑む。
するとタイミングを見計らったように、ラムダが疑問を口にする。
「そういえばフラウはどうして旅をしてるの?」
「仇を探してるんだ、夫の」
「フラウ結婚してたの!?」
声をひっくり返らせてラムダが言った。
「そこまで驚くか?」
「え、いや、だって」
「笑えるだろう? こんなはねっ返りが」
「そんなことないよ!」
「いいんだ」
縫い物よりも槍や弓矢を扱うことを、料理を作ることよりも獣を狩ることを先に覚えた。
決して自虐ではない。自分でもわかっている。
村の人達からも散々言われてきたことだ。
けれどラムダは同じ言葉をもう一度、先程よりも強い口調で言う。
「そんなことないよ! フラウはその、こんな風に一人で旅してるから、だからてっきりって……ただそう思って」
「婚姻の議を済ませたその日の夜だった、向こうはまだ成人したばかりでな。攻めてきた東の兵に村を焼かれ、逃げる途中私を庇って……私は、夫の仇を討つまでは死ねない、絶対に……」
少しの間があって、抱えた膝を見つめながらラムダが口を開く。
「そうなんだ、早く見つかるといいね」
「君も。妹と早く会えるといいな」
「うん」
向こうで、ヘビを首に巻き付けたオトがはしゃいでいる。冷たくて気持ちいい、ときゃーきゃー無邪気に笑っている。
なんとなく黙ったまま、しばらくその様子を眺めていた。
「よォ、親密そうに二人何話してたンだ?」
皆のところに戻るなり、ヘビがからかい交じりに絡んできた。
「これからのことをちょっとね」
「へェ?」
「フラウも一緒に来てくれるって」
「ハアァッ⁉」
答えるラムダではなく、すました顔でその近くに立つフラウを睨みながらヘビが言う。
「おぅテメェ、妹以外の女もマトモに知らネぇガキ誑かしてンじゃねェぞ、このアバズレ」
「はっ、お前のような得体の知れない輩よりは余程無害だと思うがな」
「ちょっ、やめようよ二人とも」
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