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悲哀
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海辺の村に着いたのは、それから三日後のことだった。
立ち並ぶ赤い瓦屋根の家。周囲を囲う石を積んで造られた塀。その前には大きな網が広げられていたり、魚が干されたりしている。
広い道の先に砂浜と寄せる波が見えた。水面が光を弾いてきらめく。
南方の温暖な気候と、磯の香り。
想像に違わない長閑さだと思った。
その言葉を聞くまでは。
「の、呪われた子が……!」
偶然近くの家から出てきた老婆が、オトの姿を見るなり叫んだ。
「どうしてここに!」
「こっちへ来るな、ケガレが移る!」
「出ていけ、今すぐこの村から出ていけ!」
騒ぎを聞きつけ、村人たちが次々と現れる。
皆、その顔に驚愕と嫌悪の感情を張り付けて、親しみなど一切感じられない調子で、口々に呪いの言葉を吐いた。
「何を、言ってるんだ?」
フラウが困惑しながら、集まってきた面々を見回す。
「オトはこの村の子供だろう?」
「その娘は、村の汚点だ!」
ヒュッと音がして、何かが投げつけられた。地面に落ちて転がったのは小石だった。覆いかぶさるようにオトを庇ったラムダが振り返る。そのこめかみを、つうと血が伝う。
冷え切った目が村人たちを射抜く。誰もが息を呑んだ。
「黙れ、痴れ者」
重い沈黙の中、吠えたのはフラウだ。
透き通る青色の瞳が映し出すのは激しい怒り。
「この子がお前たちに一体何をした? 誰かを傷つけたのか? 迷惑をかけたのか? ああ? 故郷に帰りたいと、もう一度両親に会いたいと願う幼い子供を、ただ印を持つというそれだけの理由で虐げて、恥ずかしくはないのか……!」
フラウはオトを振り返ることができなかった。
あんなむごい目にあって、せっかく帰って来た故郷の村でも受け入れられず、彼女の今の心境を思うと堪らなかった。
連れてくるのではなかったかと、今更どうしようもない後悔が胸を締め付ける。
「道を開けていただけますかな? ワタクシ共が用があるのは、オト殿のご家族。無闇に争いごとを起こしたいわけではありませぬ」
言葉を失ったフラウを押しとどめるように片腕を伸ばし、ニシキが前に進み出た。
いつもと変わらない温厚な口調で、丁寧な物言いだったが、それが却って村人たちに勢いを取り戻させた。
「う、うるさい、何なんだあんたらは。よそ者が口を出すな!」
「ふむ、困りましたなぁ」
漏れ出た呟きとは対照的に、とぼけた表情でニシキは髭に覆われた顎を撫でている。
村人達は剣呑な様子で、中には棒切れを構える者までいた。
「ったく、どいつもこイつもまどろッこしいンだよ」
ニシキの足元をすり抜け、ヘビが前に出てくる。
ヒトの言葉を話す獣を目にして、村人達はぎょっとした。しかもその獣は伝承の中で忌み嫌われる動物の姿をしているのだ。
当然のように、悲鳴が上がる。
「バ、バケモノ!」
「だから、あンな下等な奴らと一緒にすンじゃねぇつッてンだろうが。いいンだぜェ別に、邪魔するッてぇンならテメェら全員殺したって?」
言うと同時にヘビの輪郭が崩れ、膨れ上がる様を見て、村人たちは蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。
村人達がいなくなると、ヘビは元の白蛇の大きさに戻り、ニシキがぽつりと溜息混じりの呟きを落とす。
「人間など滅びてしまえばよいと思ったのは、これが何度目になりましょうか」
「ンなもン、数えてたらキリがねェよ。大体そう思うンなら、さっきだってアイツら皆殺しにちまえば良かったんだ」
「左様でございますな。しかし」
ニシキがゆっくりと視線を移す。
そこにはオトを抱きしめ涙を流すフラウと、沈痛な面持ちで二人を見守るラムダがいた。
「彼らもまた同じ人間なのだと、そう思うと如何ともし難い心持ちになりましてな」
「フン」
「そういうシロタエ様こそ」
「うるせ」
そっぽを向くヘビを見下ろし、ニシキは目を細める。
背後でオトが言う。
「大丈夫だよお姉ちゃん。わたしは大丈夫だから……それよりも」
傍らのラムダを見上げて、オトが悲しそうな顔をする。
「ごめんね、わたしのせいでラムダのお兄ちゃんが……」
「平気だよ、これくらい」
ラムダは手の甲で血を拭い、ちょっと笑う。
「でも、血が」
「大丈夫。本当に、全然痛くないから。それよりもオト、どうする? もしよかったら、このまま僕たちと一緒に……」
「お父さんとお母さんに会いたい」
「……そっか、わかった。僕たちも一緒に行くよ」
間髪入れずに返ってきた声には揺るがぬ意思が表れていた。
本心から言えば、止めたかった。喉まで迫り上がってきた言葉を飲み込む。フラウもまた、複雑な表情をしている。
ありがとう、とオトが言った。
呪われた子。村の汚点。
そんな罵言を浴びせられて、傷つかないはずがない。それでもこの幼い少女は他者を気遣い、無理に笑う。
せめて、せめて彼女の両親だけは。
無事、家族のもとに帰れるように。
そう願わずにいられなかった。
立ち並ぶ赤い瓦屋根の家。周囲を囲う石を積んで造られた塀。その前には大きな網が広げられていたり、魚が干されたりしている。
広い道の先に砂浜と寄せる波が見えた。水面が光を弾いてきらめく。
南方の温暖な気候と、磯の香り。
想像に違わない長閑さだと思った。
その言葉を聞くまでは。
「の、呪われた子が……!」
偶然近くの家から出てきた老婆が、オトの姿を見るなり叫んだ。
「どうしてここに!」
「こっちへ来るな、ケガレが移る!」
「出ていけ、今すぐこの村から出ていけ!」
騒ぎを聞きつけ、村人たちが次々と現れる。
皆、その顔に驚愕と嫌悪の感情を張り付けて、親しみなど一切感じられない調子で、口々に呪いの言葉を吐いた。
「何を、言ってるんだ?」
フラウが困惑しながら、集まってきた面々を見回す。
「オトはこの村の子供だろう?」
「その娘は、村の汚点だ!」
ヒュッと音がして、何かが投げつけられた。地面に落ちて転がったのは小石だった。覆いかぶさるようにオトを庇ったラムダが振り返る。そのこめかみを、つうと血が伝う。
冷え切った目が村人たちを射抜く。誰もが息を呑んだ。
「黙れ、痴れ者」
重い沈黙の中、吠えたのはフラウだ。
透き通る青色の瞳が映し出すのは激しい怒り。
「この子がお前たちに一体何をした? 誰かを傷つけたのか? 迷惑をかけたのか? ああ? 故郷に帰りたいと、もう一度両親に会いたいと願う幼い子供を、ただ印を持つというそれだけの理由で虐げて、恥ずかしくはないのか……!」
フラウはオトを振り返ることができなかった。
あんなむごい目にあって、せっかく帰って来た故郷の村でも受け入れられず、彼女の今の心境を思うと堪らなかった。
連れてくるのではなかったかと、今更どうしようもない後悔が胸を締め付ける。
「道を開けていただけますかな? ワタクシ共が用があるのは、オト殿のご家族。無闇に争いごとを起こしたいわけではありませぬ」
言葉を失ったフラウを押しとどめるように片腕を伸ばし、ニシキが前に進み出た。
いつもと変わらない温厚な口調で、丁寧な物言いだったが、それが却って村人たちに勢いを取り戻させた。
「う、うるさい、何なんだあんたらは。よそ者が口を出すな!」
「ふむ、困りましたなぁ」
漏れ出た呟きとは対照的に、とぼけた表情でニシキは髭に覆われた顎を撫でている。
村人達は剣呑な様子で、中には棒切れを構える者までいた。
「ったく、どいつもこイつもまどろッこしいンだよ」
ニシキの足元をすり抜け、ヘビが前に出てくる。
ヒトの言葉を話す獣を目にして、村人達はぎょっとした。しかもその獣は伝承の中で忌み嫌われる動物の姿をしているのだ。
当然のように、悲鳴が上がる。
「バ、バケモノ!」
「だから、あンな下等な奴らと一緒にすンじゃねぇつッてンだろうが。いいンだぜェ別に、邪魔するッてぇンならテメェら全員殺したって?」
言うと同時にヘビの輪郭が崩れ、膨れ上がる様を見て、村人たちは蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。
村人達がいなくなると、ヘビは元の白蛇の大きさに戻り、ニシキがぽつりと溜息混じりの呟きを落とす。
「人間など滅びてしまえばよいと思ったのは、これが何度目になりましょうか」
「ンなもン、数えてたらキリがねェよ。大体そう思うンなら、さっきだってアイツら皆殺しにちまえば良かったんだ」
「左様でございますな。しかし」
ニシキがゆっくりと視線を移す。
そこにはオトを抱きしめ涙を流すフラウと、沈痛な面持ちで二人を見守るラムダがいた。
「彼らもまた同じ人間なのだと、そう思うと如何ともし難い心持ちになりましてな」
「フン」
「そういうシロタエ様こそ」
「うるせ」
そっぽを向くヘビを見下ろし、ニシキは目を細める。
背後でオトが言う。
「大丈夫だよお姉ちゃん。わたしは大丈夫だから……それよりも」
傍らのラムダを見上げて、オトが悲しそうな顔をする。
「ごめんね、わたしのせいでラムダのお兄ちゃんが……」
「平気だよ、これくらい」
ラムダは手の甲で血を拭い、ちょっと笑う。
「でも、血が」
「大丈夫。本当に、全然痛くないから。それよりもオト、どうする? もしよかったら、このまま僕たちと一緒に……」
「お父さんとお母さんに会いたい」
「……そっか、わかった。僕たちも一緒に行くよ」
間髪入れずに返ってきた声には揺るがぬ意思が表れていた。
本心から言えば、止めたかった。喉まで迫り上がってきた言葉を飲み込む。フラウもまた、複雑な表情をしている。
ありがとう、とオトが言った。
呪われた子。村の汚点。
そんな罵言を浴びせられて、傷つかないはずがない。それでもこの幼い少女は他者を気遣い、無理に笑う。
せめて、せめて彼女の両親だけは。
無事、家族のもとに帰れるように。
そう願わずにいられなかった。
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