水端ノ獣ノ物語

冴木黒

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断タレタ望ミ

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 オトの家には、誰もいなかった。
 というより、とても人が住んでいるとは思えないような有様だった。
 外れた扉に、割れた窓。外壁には茶色い汚れと、書き殴られた文字。室内は暗く、床の上にはあらゆる物が散乱していた。そして食べ物は腐り、家具はどれも壊されていて、不思議なことに金品の類は一切なかった。
 村中を探して回ったが、どこにも彼女の両親の姿はなかった。
 時折、建物の中からじっと様子を窺うような視線を感じた。見られているだけで先刻のような仕打ちを受けるわけではなかったが、監視されるというのは、それだけでも気分が悪い。
 村は居心地が悪いので、砂浜に出て休む。
 浜辺で落ち込むオトをフラウが慰めている。

「ひょっとすると、オト殿のご両親はもう……」

 彼女たちから離れた場所で、ニシキが二人には聞こえないような小さな声で呟いた。

「どういうこと?」
「あの壁の文字、罪生みし者と謗る内容でございました」
「そんな、どうしてそんなこと」

 ラムダは胸が詰まる思いで首を振る。
 ニシキは押し寄せる波を見つめながら言う。

「罪とは忌み子のこと。忌み子を生んだ者として、彼女の両親もまた迫害を受けてきたのでしょう」
「それじゃあオトの両親は……」
「村を追われたか、それともオト殿と同じように暴行を受けて」
「そんな……待ってよ、それならテラは?」

 忌み子として神殿へ連れて行かれた後の、テラが村で過ごした数年間をラムダは知らない。狼の印を受け継ぎ神子となるまでは、テラもオトの両親と同じように忌み子の家族でしかなかった。
 神殿で再会して、彼女の口からそんな話は聞いたことがなかった。
 そんな事実がなかったのであれば、それでいい。だけどもし。 
 もしも、言っていなかっただけだとしたら?
 妹が、もし、オトや自分と同じような目に遭っていたら?
 そんな疑念が次々と湧きおこり、頭の中がいっぱいになる。

「ラムダ殿」

 不安に絡み取られるラムダを、我に返らせたのはニシキの声だった。
 そうだ、今はオトのことだ。彼女の両親を探しているのだ。頭を振って、雑念を振り払う。
 ニシキが重ねて言う。

「あれを」

 骨ばった指が示す方向に顔を向けると、切り立った崖があり、そこには人がいた。人影はゆっくりと、崖の先端を目指して進む。
 この村の住人だろうか。
 だがどこか様子がおかしい。
 遠目ではっきりとはわからないものの、丸まった背中はくたびれて見え、手には何も持っていない。釣り人とは明らかに違う。
 その人は際まで進んでから立ち止まり、ふと顔を上げた。

「だめだ」

 つい声に出てしまっていた。
 駆けだそうとして、砂に足を取られる。どうにか足を踏ん張って堪え、再び振り仰いだところで、人影が真っ逆さまに落ちていくのが目に映った。
 気のせいだろうか。身を投げた見知らぬ誰かの視線が、ほんの一瞬、こちらに向けられた気がした。

「おとうさん……!」
「オト!」
「二人とも、そっちに行っちゃいけない!」

 飛び出すオトとそれを追うフラウを、ラムダが鋭く制止する。
 深い青に飲み込まれる寸前、その体に黒い靄が纏わりつくのを、ラムダは見逃さなかった。
 躊躇いもなく海に入っていこうとするオトの肩をフラウが掴み、力づくで引き寄せる。

「……来るゼ」

 首に巻き付いたヘビが言い、ラムダは刀を抜く。
 海面が小山のように大きく盛り上がり、黒い異形が現れる。化獣と呼ばれる存在。
 化獣はラムダ達がいる砂浜に向かって歩く。
 動くはそれほど早くないが、大きな歩幅は僅か数歩で陸に辿り着かせた。
 走りながら、ラムダはフラウに言う。

「フラウはオトを! 安全なところに!」
「わかってる! オト!」
「いや! お父さん! お父さんがまだ海に!」

 悲鳴のような叫びが胸に刺さる。
 刀を振るうが、迷いが動きを鈍らせた。それに加えて足元が悪く、柔らかい砂に足を掬われたラムダに化獣の拳が迫る。
 やられたと瞬間的に思うが、交差した二本の刃が、その攻撃を受け止めた。

「情けも遠慮も無用! これはもう、心を持たぬバケモノにございます!」
「でもこの人は……!」
「こうなってしまった以上、もう元に戻すことは叶いません。ただ本能のままに破壊行動を繰り返すのみ。ならばせめて、」

 小柄な見た目からは想像もつかないような怪力で、ニシキは化獣の拳を押し返す。

「その業苦から解放を!」

 ニシキが跳躍し、丸い頭部を斬り付けた。化獣はよろめき、背を大きくしならせる。すると斬撃を受けた箇所がばっくりと割れ、内側から溢れ出た靄が今度は幾本もの触手となって襲い掛かってきた。
 ヘビが怒鳴る。

「躊躇うな殺せ! でなイと、ヤられるのはテメェだ!」

 その声に、ラムダは顔を上げる。
 地を這い、宙を泳いで迫りくる黒い触手を全て薙ぎ払って、波間を駆け抜ける。
 そして次々に伸ばされる触手を躱し、蹴って飛び上がると、その中心に全体重を乗せて刀を突き立てた。断末魔が轟き、黒い巨体は風に削り取られるようにして消えていく。
 完全に消え去る寸前、幽かな声が聞こえた。

 オト……無事で、よかっ……た
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