宵の太陽 白昼の月

冴木黒

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港町での出会い

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 シオンはどうやら大きな商家の跡取り息子らしい。
 彼に家を継いでほしい両親からは学者の道に進むことを猛反対されていたそうだが、シオンはそれでも自らの意思を貫き、最後には根負けした両親が大学に行くことを認めてくれたのだという。

「俺はそもそもそういう商才とかないからさ。興味もなかったし。どっちかっていうと机にかじりついて本を読んでる方が性に合ってるんだよ」
「お金持ちの人も色々大変なのね」
「まあね。食うに困ることはない反面、めんどくさいことが多いかなー」

 溜息混じりの言葉に、ディアは肩をすくめて見せ、それから椀の中身を掻き込んだ。朝食は昨夜の食事と比べると簡素なもので、稗と米を炊いた粥に山菜と野菜を煮込んだ汁物のみだった。

「さてと、食べ終わったならそろそろ荷物をまとめておいで。もう少ししたら港に着くだろうから」
「はーい」

 荷物を抱えて甲板に出る。
 同じように船を降りる支度を整えた人たちの中にシオンの姿を探し出し、駆け寄る。

「こっちだディア、ほらあれ」
「港、港だ! 街、何て言ったっけ?」
「エテジア!」
「そうだった、エテジア!」

 遠く、指で示された方向に陸地が見えた。
 その表面に白い建物の連なりが見える。
 エテジア。港町で交易が盛んな場所だと、シオンが教えてくれた。そして白の漆喰の壁と石畳が美しい街並みだとも。
 船が着岸し、板が渡されると、ディアは真っ先に陸地に降り立った。

「うわあ」

 混在する様々な髪と瞳と肌の色。
 それは東大陸の港町で目にした光景と同じだ。だが、多くが黒髪黒目の黄みがかった肌が多い東と比べて、こちらの方では金色や茶色の髪、それに青や緑、黄色の瞳に白い肌といった鮮やかな色が目立っていた。
 後から降りてきたシオンがやってきて言う。

「今の時間、朝市やってるけど、見ていく?」
「見る!」

 即答だった。
 活気のある通りの端に並ぶ露店を、一軒一軒覗いて歩く。
 新鮮な魚に香り豊かな野菜や果物、そして綿密な模様が描かれた織物や、陶器類、アクセサリといった多様な物があって、ずっと見ていて飽きない。
 これはどうやって使うものだの、これはどこどこ産の貴重な何々だの。
 きらきらと目を輝かせて商品を眺めるディアに、店主たちは一々説明してくれる。
 そんなこんなで、露店にすっかり気を取られていたから注意散漫になっていたことは確かだった。
 突然ぶつかられ、よろめいて転びかける。背後にいたシオンが支えてくれた。

「悪いな。お嬢ちゃん」

 外套のフードを目深に被った男はそう言うと、立ち去ってしまう。
 ディアが謝罪する間もなかった。
 シオンがはっとして言った。

「ディア、財布は?」
「え、ない!?」
「スリだ! さっきの男!」

 急いで振り返り、先ほどぶつかってきたフードの男を探す。
 いた!
 人混みに紛れて動く頭の先を見つけて、ディアは走った。

「すみません、すみません!」

 人の間を縫うようにして進んでいく。
 追ってくるディアの声にフードの男が気付いたらしい。周りの人を押しのけ、走って逃げ出す。

「ドロボー! その人ドロボーです!」

 ディアが大声で叫ぶと、フードの男は急に方向転換した。
 通りの脇の路地にするりと滑り込む。素早く軽い身のこなしはまるで獣のようだ。足も速い。
 このままでは見失ってしまう!
 本能的に感じ取ったディアはたまたま手近にあった物を掴むと、男めがけて力いっぱい投げつけ、それはフードを被った頭に直撃した。
 ごつんと鈍い音がして、男の足がふらつく。
 ディアはすかさず駆け寄り、男に飛びついた。

「わたしの財布! 返して!」
「ってぇ……」
「財布!」
「わかったわかった。ほらよ! ああ、頭がくらくらする」

 男は布越しに後頭部を抑えつつ、懐からディアの財布を取り出した。
 それをひったくるように取り返すディアに、男は小さく舌打ちする。

「くそっ、とろくさい田舎娘かと思いきやとんだ山猿だったな」
「や、山猿!?」
「恐ろしい嬢ちゃんだな、ったく。投げるかフツーこんなもん」

 落ちていた陶器の置物を手に取り、男がぼやく。
 ディアは唇を尖らせた。

「だってお財布盗んだりするから」
「だからってなあ」
「ちょっとあんたたち」

 低い女の声が上から降ってきて、振り返るとふくよかな体つきの女が腰に手を当てて仁王立ちしていた。

「困るんだよね。大事な売りもんをどうしてくれるんだい?」
「申し訳ありません。これは俺の方で弁償しますので。おいくらですか?」

 遅れてやってきたシオンが、店主の女に壊した商品の代金を支払ってくれる。
 シオンの、物腰が柔らかく丁寧な態度は、女の怒りを鎮めた。
 ディアも隣に並んで頭を下げる。
 金を受け取り満足した女が店に戻っていくのを見届け、こそこそ逃げようとしていたフードの男に向き直る。

「さてと、どこに行く気かな?」

 シオンがあくまで穏やかな声のまま、男にそう言った。

「あんた、この嬢ちゃんの保護者? しつけくらいちゃんとしろよな」
「知らないよ。俺別にこの子の親でも兄弟でもないし」
「は? まさか夫婦か? いや、他人のシュミに口出しするつもりはないけど……」
「ちょっとどういう意味?」

 鼻白むディアの肩に手を置き宥めるように叩いて、シオンが口を挟んだ。

「ディアは旅の仲間だよ。それよりも君の手癖の悪さこそ矯正する必要があると俺は思うけどな」
「しつけてくれる親がいなかったもんでね。勘弁してくれよ、ここ二日ほど飲まず食わずで必死だったんだ」
「だったらその耳飾りを売ればいい。いい値になると思うよ」

 フードの下で微かに揺れるイヤリングを示してシオンが言うと、男はぎょっとした。
 それから感心したような声をあげる。

「これの価値がわかるのか。あんたすごいな」
「昔から嫌というほど見せられてきたからね」

 うんざりした様子でシオンが溜息を吐いた。
 ディアは船上で聞いた話を思い出す。

「そういえばシオンさんの家、宝石商って言ってたもんね」
「宝石商? 石に詳しいわけだ」
「詳しいって程じゃない。本物か偽物かくらいの区別はつくけど」
「そうか、そしたらあんたにちょっと頼みたいことがある」

 こちらに一歩近づき、男は目深に被っていたフードを脱ぎ落とした。
 口角をあげて、にっと笑う男は明るい茶色の髪と、蜜を固めて作ったような黄色の瞳をしていた。目尻はやや下がり気味で、顎が小さい。
 思っていたよりも若い印象だ。

「あんたに見てほしいものがあるんだよ」

 男が懐の巾着袋から取り出したのは赤い石だった。サイズは掌に乗るほどの大きさで、一見普通の宝石のように見える。
 シオンは首を捻った。

「ルビー、いやスピネルかな?」
「まあ目ぇ凝らして、よく見てみろよ」

 シオンは男の手から石を摘み上げ、目に近づけて、まじまじと眺めた。

「これは……なんだろう、文字かな? 古代文字に似てる」

 背伸びをして覗き込もうとするディアに、シオンは彼女にも見えやすいように腕を下げてくれる。
 赤く透明な石の中には、確かに何か文字のような、紋様のようなものいくつも見える。

「不思議だな、こんなのは俺も初めて見たよ」
「極北の地にアルバの民あり、シェメシュの東より旅立ち」
「え?」

 男が口にした言葉に、ディアもシオンも顔を跳ねるようにして上げた。

「中の文字はそう書いてあるんだとよ。シェメシュっていうのは古代の言葉で太陽を意味するらしい」
「それって」
「そう、御伽噺だ。昔どっかの学校の先生やってたって有名な爺さんに見てもらったら、そう言ってたから多分間違い無いんじゃないか?」
「太陽の東……もし本当にそう書いてあるなら、それはつまり、もう一つ同じような石が存在するってことか?」

 シオンが顎に手を当て、考え込むような仕草をする。

「そうだ月の西。オレもその可能性を考えてる。話が早くて助かるよ」
「でも俺は何も知らないよ。実家は商売してるけど、俺はその家を出てきてるわけだし、君の役に立てることは何もないと思う」
「どういうこと?」

 話についていけず、疑問符を飛ばすディアにシオンは今度こそハッキリと言った。

「俺の実家の伝手で探してほしいってことだろ?」
「それができるならありがたいけど、って何だよ、あんた家出だったのか?」
「家出とは違うけど、まあ家を継ぐ気のない俺が実家を頼るのはなんだしね。しかも見ず知らずの人間の為に一肌脱いでやる義理もないし。でもそうだな、ディアなら君に協力してあげられるかもね」
「わたし⁉︎」

 いきなり話を振られて、ディアは素っ頓狂な声を出してしまった。
 男が訝しむように眉根を寄せる。

「なんでここでその嬢ちゃんが出てくるんだよ」
「ディアが探してるのはその御伽噺にある世界だろ。で、手掛かりの歌の一節がその宝石にある。君の探し物と、ディアの探し物とはどこかで繋がってるんじゃないかって思ってさ」
「はぁ? 御伽噺の中にある世界だ? そんなもんが本当に存在すると思ってんのか?」

 男が鼻で笑い、ディアは唇を噛んで俯く。
 昨夜のことを思い出す。
 あの時は自分は何も言い返せなかった。
 恥ずかしくて、悔しくて、悲しかった。
 でも、シオンは信じてくれて、味方になってくれた。
 可能性はあるのだと言ってくれた。

「あるかどうかなんてわからない。だからわたしがそれを確かめに行くの」

 世界のすべてのことを知っている人なんていない。
 確かめもせずに、存在しないだなんて誰が決めたの。
 どうしてそうだと言い切れるの?
 ディアは男にまっすぐ向き直って、強い語調で言う。

「それはあなたも同じじゃないの?」

 内側に文字が浮かぶ不思議な宝石。
 その対になるものがあるに違いないと考え旅をしているという男は、自分と同じだと思った。
 男はディアの目をじっと見つめ、短く息を吐く。それから後ろ頭に手をやり、バツが悪そうに視線を逸らした。

「悪かったよ、笑ったりして」
「いいよもう」
「でも、じゃあそっちのあんたは何なんだ? この嬢ちゃんと旅してるんだろ。同じ目的で一緒にいるんじゃないのか?」
「俺は地方の文化や民俗学を専門に研究しててね、ディアの話に興味があって協力させてもらってるんだ」
「民俗学、研究って」
「シオンさんはね、すっごい学者さんなのよ」
「へえ……」

 男は腕組みをして、ディアとシオンを交互に見やった。

「だったらオレもあんたたちの旅に同行させてくれよ。もしオレの目的と嬢ちゃんの目的に繋がってるんなら、互いに損はないはずだぜ」

 どうしたものかと、ディアはシオンを見上げる。
 シオンは男に近づき、その不思議な石を返して言った。

「いいよ。その代わりいくつか条件がある」
「条件だぁ?」
「スリから足を洗うこと、それからその宝石をどこで、どういう経緯で見つけたものか正直に話すこと、あと一つはそうだな。君がその宝石の片割れを探している理由を教えてほしい」

 男は下唇を突き出し、不服そうな顔でシオンを見つめていたが、やがて渋々といった体で頷いた。

「わかったよ、あんたらと一緒にいる間スリはやらない」
「えー足洗いなってば」
「うるせぇよ。それより、あんたはさっきシオンって呼ばれてたっけ? オレはソロだ」
「ソロね、わたしはディアよ、ディア・アレーニ。よろしく」

 手を差し出すディアにソロはピクリと眉を動かす。

「は? 呼び捨て? お前年下だろ?」
「え、ソロっていくつ? わたしと同じくらいじゃないの?」
「二十二」
「ウソ、七つも上なの!? ソロわかーい」
「だーかーらー、ソロさんだろ? 年上敬え」
「敬えって言う人ほど大抵敬えない人間性なんですけどねー」
「おい、オッサン。そりゃ一体どういう意味だ?」
「おっさんだなんてヒドイな。俺はあなたより二つ年下ですよ、ソロさん」
「ウソだろッ? あんた絶対オレより上だと……」

 ソロのその声と表情はいかにも心底といった感じで、シオンはちょっと傷ついたような顔になる。
 ディアは必死で頭を捻ってみたが、ありきたりな慰めの言葉しか浮かばなかった。

「お、落ち着いてるから、シオンさん……」
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