宵の太陽 白昼の月

冴木黒

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救出作戦

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 一時とはいえ、お尋ね者になった旅人を泊めてくれるような宿はないだろうと、ラータは言った。
 それはそのとおりで、ディアは街にある宿を一通り歩いて回ったが、どこも満室だからとか、保護者の付き添いがない子供一人を受け入れるわけにはとか、適当な理由をつけて断られてしまった。
 ディアやシオンは、捕えた罪人の事情を知る者という名目で警邏兵は追っていたらしいが、それでもできるだけ厄介ごとを避けたいという人々の思いはひしひしと伝わってきた。
 そんな中、ディアを受け入れてくれたのはマルダだった。

「あらあら、それじゃ二人とも今日はうちに泊まっていきなさいな」

 まるでそうすることが当然というように、温かい食事と寝床を提供してくれた。
 せめてものお礼にと、ディアは片付けを手伝い、店の掃除といくつかの繕いものを請け負った。

「もう十分よ。ディアちゃん、あんたも色々あって疲れてるんでしょ? そろそろ休みなさいな」

 マルダに言われて、用意してくれた空き部屋の寝床に潜る。それでもディアは妙に目が冴えてしまって眠れなかった。
 目を閉じると、色々な考えが頭の中を駆け巡る。
 さっきから何度も体の向きを変え、その度に溜息が漏れた。

「明日」

 隣から声が聞こえて、ディアはびくりとする。
 起こしてしまっただろうか。
 謝ろうとして先に言われる。

「研究所のひとたちが出発する予定だってクレピスキュルは言っていた。研究所とソロさんが囚われてる建物は隣り合ってるみたいだし、助けにいくなら明日、少しでも警備が手薄になった時を狙って乗り込むべきだと僕は思う」
「うん……わたしもね、考えてたの」

 ディアは動いて、横向きになって言う。
 ラータは仰向けのまま、首だけを振り向かせた。

「何かこう、たとえば騒ぎを起こして、そこに牢の見張りの人たちも駆けつけてくれたら、もう少し楽に忍び込めるのかなあとか」
「ああ、いいんじゃない? あとはあらかじめクレピスキュルに牢の場所を聞いて……さすがに見張りの一人や二人はいるだろうから、そこはどうにかしないとだけど。で、具体的に何かいい案はあるの?」
「そこが問題なのよね」

 ディアは難しい顔で唸ってから、自分の考えを口にした。

「騒ぎって言っても、街の人に迷惑がかかったり、ケガさせたりするのは嫌じゃない? そしたらどうすればいいのかなって思って」
「けど騒ぎを起こすってことは、大なり小なり誰かに迷惑をかけるということだから、そこは割り切るしかないんじゃない? 被害は最小限に留めるべきだとは思うけど」
「うーん」

 騒ぎになるようなこと。
 国の兵士が動くような事態。
 たとえば、何か街の人たちが驚くようなこと、そして危険が迫るような出来事があれば。

「あ」

 昔、近くの村に熊が出て、村の男達が総出で立ち向かっていったことを思い出す。

「でも、やっぱりダメだよね……誰かが襲われたりしたら大変だもの」
「何が?」
「もし狼とか虎とか、猛獣が街に入り込んだりしたらって思ったの。そしたら街の人たちを避難させたり、捕まえたりするために、たくさんの人手が必要になるんじゃないかって。けど、そんな都合よく街中に獣が現れてくれるわけないし」
「いや、それ使えるんじゃないかな?」
「えっ!」

 思いがけず賛同を得られて、ディアは跳ね起きる。
 ラータも起き上がって、口元だけで微笑んだ。

「都合よく現れてくれないなら、こっちで用意すればいいんだよ。しかも、人を襲ったりしなくて、兵士達を思う存分翻弄してくれるような獣をね」


***


 家族は父親と母親、それからまだ幼い弟が二人。
 故郷はオストリカの王都から離れた、川沿いの小さな村だった。
 子供の頃から、ソロは宝探しだったり探検したりするのが好きで、一番仲の良い友人の一人と村の外に出かけては、日がな一日遊びまわっていた。

 その時ソロはすでに十歳を過ぎていたから、記憶はしっかりと残っている。

 ある夏、何日にもわたって雨が降り続けたことがあった。部屋で過ごす日が続き、退屈していた二人は、近所に住んでいた老人から、街から離れた森の奥に古い神殿跡があるという話を聞き、今夜さっそく見に行こうと約束をした。
 老人の話によれば、森は遠いし、神殿跡は建物が朽ちていて危ないということだったから、家族から反対されるだろうと見越して、夜、ご飯を食べた後にこっそり家を抜け出そうと、二人で話し合って決めた。
 その日も朝から雨が降っていて、夜には更に雨粒が大きく強いものになっていたが、約束だったから、ソロは雨除けの外套を被って待ち合わせ場所に向かった。友人は既に待ち合わせ場所に来ていて、ソロを待っていた。老人が言っていた通り、森までの道のりは子供の足に遠かった。雨の冷たさや夜の暗闇の恐怖に何度もくじけそうになったが、互いに励まし合いながら足を進めた。そうして森に着き、草で隠れた道を見つけて辿っていくと神殿跡らしきものを見つけた。
 それは白い石を積んで造られた建物だった。森の奥、ぽっかりと穴が開いような場所に建てられていて、壁には蔦が張っていた。中は埃っぽくて、湿気た臭いがしていた。それに天井が抜けてしまっている箇所があり、雨漏りをしていて、床が濡れていた。
 雨風の激しい音が、建物の中にまで響いていた。
 廊下を抜けると、両開きの扉があって、その奥は教会の礼拝堂のようになっていた。
 その更に奥。なんとなく触れた壁に仕掛けがあったらしく、近くの棚が動いてその後ろから地下に続く梯子が現れた。梯子を下りると、細い通路があって、進んでいくと壊れた扉が見えた。二人とも体が小さかったから、隙間を通って中に入った。
 そして、ソロと友人は宝を見つけた。いつも遊びで宝探しをしている時に、隠すようなおもちゃとは違う、本物の宝だった。
 暗いなかで不思議に輝く赤い宝石。
 周りは荒れ果てているというのに、そこだけ昔のままのような、立派な台座とその上に浮かぶ星のような赤い石があった。
 触れようと伸ばした手は弾かれた。台座の周りには見えない壁のようなものがあって、友人が、

「これ、きっと魔法だ。結界って言うんだって、聞いたことがある!」

 と、興奮した様子で言った。
 その後、石を投げてみたり、勢いをつけてぶつかってみたりしたが、結局宝石には指一本触れることも叶わなかった。

「ダメだ、この壁をなんとかしなくちゃ。そうだ、なあ、一旦帰って、誰か魔法に詳しい人に聞いてみようぜ。そんでもっかいここに来よう!」

 ソロが提案して、指切りをした。
 しかし帰ろうかとは言ったものの、すっかり真夜中で、疲れていた二人はほんの少し休憩するだけのつもりが、いつの間にか眠ってしまっていた。
 そして翌朝、目を覚まし慌てて来た道を戻った二人は、見つけた宝のことなどすっかり忘れて呆然とした。それまでの高揚した気分は吹き飛び、何が起こったのか、全く理解できなかった。昨日まであったはずの村は、なくなっていた。家も畑も街の人たちも何もかも、消えていた。
 わけのわからないまま、二人で村を探して歩き回った。
 川沿いに歩けば、何か見つかるんじゃないか。
 もう少し北だったかもしれない。
 だが、行けども行けども生まれ育った故郷の風景は見つからなかった。
 やがて辿りついたのは、街道から近い大きな街だった。山裾に広がるその街はひどい有様だった。
 そこら中に散らばる瓦礫と、泥。そして倒れた木々と、地面に座りこむ人々の疲弊した表情。崩れた家の前で女が誰かの名前を呼びながら泣き崩れ、自分たちよりも小さな子供は膝を抱えて道の端に座り込んでいた。
 その時に初めて知った。
 昨夜の大雨が原因で、各地に大きな被害があったこと。
 ソロ達が住んでいた村は、増水し氾濫した川に押し流されてしまったこと。
 その日から、二人は孤児になった。
 国の支援は地方にまで行き届かなかった。
 それでも同じように、この災害で親や家を亡くした子供は他にもいて、ソロと友人は彼らを集め、身を寄せ合いながら生きてきた。
 街の片隅で、食べ物は十分になく、衛生環境だってよくない。
 仲間のうちの何人かが病に倒れ、命を落とした。
 友人もまた日に日に弱っていった。
 最後は食べ物も口にせず、動けなくなった。やせ細って弱々しい友人の手を握りながら、ソロは言った。

「そうだよ。もう一度あの場所に行って、あの宝石をさ……いや、もっといろんなところ、世界中を回ってもっとすごいお宝を手に入れようぜ。そうすればオレたちは大金持ちになれる。みんな、いい家に住んで、いいもの食べて、冬は暖かい暖炉の前で、ベッドがあって、だから」

 友人はそうだなと頷いて、僅かに微笑んだ。
 だがその翌朝、彼はあっけなく死んでしまった。

 やがて国全体が復興の兆しを見せ始めると、路上で生活する子供たちに手を差し伸べる者たちが現れた。ソロはその時すでに十六の年になっていて、面倒を見ていた子供たちが里親に引き取られたり、施設に預けられたりして、そこに留まる理由がなくなった。
 それからソロは旅に出た。
 目的はなく、ただ気の向くままに色々な土地を巡って、適当なやつらから財布を掏って稼ぐ日々。
 繰り返される無為な時間。
 気づけば、数年が立っていた。
 ある日、偶然、宝石の噂を耳にした。
 酒場で、誰かが酒の肴に話をしていた。
 古い神殿跡に眠る魔法の石。
 すぐに、あの宝石のことだと思った。同時に友人との約束も思い出す。
 今の今まですっかり忘れてしまっていたし、あいつだってもういなくなってしまった。それに自分はもう夢を見て心弾ませられるような子供でもないけれど。
 ちょっとした気まぐれだった。変化のない日々の中の、退屈しのぎのような。
 何せどうせ他にしたいこともなかった。
 今の暮らしのままでも別に不自由はない。気ままに、自由に。
 だがもしそんな宝が手に入ったら?
 金に換える。当然だ。
 いくら価値のあるものだとしてもただ持っていたところで、腹が満たされるわけではない。
 それなら売って金に換えた方がいい。
 そうだ、そうすれば誰かの懐を狙って逃げ回ることもなく、しばらくのんびりできるだろう。
 だが、神殿や宝石、魔法のことを調べるうちに、そして手がかりを見つけて一歩宝石に近づく度に、胸の高まりを覚えた。子供の時の宝探しをしている時にあったような、浮き立つような、あの感覚だった。

 だというのに、あのどこぞの金持ちの男。
 どこから嗅ぎつけて来たのか、ソロが宝石の在処を知っているのを聞いて、近づいてきた。
 情報を売ってくれないかと持ち掛けられたが、断った。
 もし金が欲しいだけなら、それでもよかったのだ。
 しかしその頃には、ソロは宝石を手に入れるということに執着していた。
 それに、あともう一歩というところだったのだ。
 宝石を守る結界の魔法は、古く難解な術式であったらしい。
 金で雇った魔法使いを神殿まで連れて行き、結界を見せたらそう言っていた。中年の、魔法の研究にしか興味がないような、痩せて神経質そうな男だった。彼は貴重で珍しい術式に興味を示し、少ない報酬で解除を引き受けてくれた。数年という時間をかけて、彼は結界を構築する古代の魔法文字を解読していた。
 そして更に数年をかけ、とうとう解呪の法を編み出した。
 いよいよという時だった。
 目の前で、宝石は奪われた。
 あの時の男だった。
 情報を売れと言ってきた、身なりの良い太った男。
 おそらくあれからずっと目をつけられていたのに違いない。神殿に向かうソロと魔法使いの後をつけて、結界が取り払われたところを見計らって、そいつらは遺跡の隠し部屋に乱入してきた。
 ソロと魔法使いは頭を殴られ、気絶させられた。
 地面に倒れる一瞬、そいつの狡猾に笑う顔が見えた。
 意識を取り戻した時には、宝石は台座から消えていた。

 ソロは街に戻って、男のことを調べあげた。
 端から一軒ずつ宿を訪ねて回り、男が泊っていた宿を見つけた。
 宿の主人にいくらか金を握らせ、喋らせた。
 男はゼベルから来た商人で、これから依頼主の元に向かうのだと話しているのを聞いた。彼は昨日の朝、宿を発ち、おそらくゼベルに戻るのだろうと。
 ソロはすぐに後を追い、国境近くの街で男を見つけた。
 そして隙をみて、宝石を奪った。

 いや、ちがう。奪ったのではない。
 返してもらったのだ。
 横からかっさらうような真似をしたのは、あの男のほうだ。


 それなのに、あいつ。あの野郎。

「石の本来の持ち主はゼベル出身の商人」

 何も知らないくせに、怒りを抑えたような声で、一方的に責め立ててきて、

「オストリカで殺され、石を奪われたと聞きました」

 弁明もさせてくれなかった。
 あの男が殺されたことなど、そもそも知らなかったというのに。
 嘘をついていたという後ろめたさと、とんでもない濡れ衣を着せられていたことへの驚きで呆気にとられるばかりだったが、今改めて考えてみたら腹が立つ。
 大体あの格好はなんだ。ディアはどうした。
 固い床の上に、ろくに動かせない体を横たえたままソロは考える。
 ここから逃げる方法。
 足の鎖と牢の扉、それに見張りの兵士。ああ、いやだめだ、途方もない。第一に体が動かないのだから、まずそこをどうにかしないと何もできない。
 ひどい倦怠感と痛み。皮膚は腫れて、皮がめくれているし、背中は骨だか筋だかを痛めていて寝返りを打つのも辛い。傷跡が化膿したのだろうか。痛みがひどくなっている気がする。それに何だか頭が痛くて吐き気もした。
 くそ、あいつら好き勝手しやがって。
 大きく息を吐いてまた背筋が痛んだ。
 牢の中の罪人にまともな治療が施されるはずもないし、自然にある程度治るのを待つほかないだろう。もちろん、それまで生きていられたらの話だ。ただ、体力が回復したところで、絶望的な状況であることには変わりない。
 それこそ何か突拍子もないことが起こるとか、酷い目にあった分ツキが回ってくるとかいうなら話は別だが。
 そんなものに期待するほど頭の中はお花畑でもない。
 かと言って、この状況を大人しく受け入れるつもりは毛頭ない。
 少しでも体を休めておこうと、目を閉じる。
 そして目を閉じて間もなく、怒号と鈍い物音がして、

「ソロ!」

 突拍子もない幸運がソロの元に訪れたのだった。
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