宵の太陽 白昼の月

冴木黒

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朝食時の喧嘩

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 ラータが最初に目を覚ましたのは、翌日の昼だった。突然、むくりと起き上がったかと思うと、気だるげな様子でトイレに行き、それからまたベッドに戻って眠ってしまった。次に夜遅くにまた起きてきて、腹が減ったと言い、ソロが階下へ食事の残りを分けてもらいに行った。
 ラータの食欲はすさまじく、自分たちも大食らいの二人はぽかんと口を開けて、すべての料理が器の中から消えていく様を眺めていた。
 腹が満ちると、ラータは再び眠った。
 そして翌朝、疲れが取れてすっきりした顔で、

「そういやクレピスキュルは?」

 と言って、きょろきょろ辺りを見回した。
 食堂で朝食を食べながら、一昨日の、ラータが眠った後の出来事をディアが話した。ラータはふーんと呟いて、パンを齧りミルクを飲んだ。

「国で動いてくれるなら、後は任せてていいんじゃない? クレピスキュルも協力する気になってるんだろ? ゼベルの国王だってその話聞いたらよしやめようってなるだろうしね、普通は。そしたらそれで万事解決。君らが何かする必要ある?」
「それはそうなんだけど……それはなんか、なんていうか」

 ディアはテーブルの中心に置かれた壺のハチミツを掬いあげて、垂れ落ちていくのを見つめながら、言葉を探した。

「そんなの、あの野郎を一発殴りたいで十分だろ」

 ソロが先に言って、ディアが睨む。

「ソロだって大事なこと黙ってたじゃない」
「あん時に盗んだものだって正直に言ってたら、あいつ協力しなかっただろうが」
「だって横取りされたんでしょ、その辺の事情知ったら別にシオンさんだってそんな無碍にはしないだろうし、多分」
「説明すんのめんどくせぇ」
「だからーそれがそもそも、そもそもなのよ!」
「ディア、それ使わないなら貸して」

 せっかく液垂れが止まった木匙を壺に戻して、ディアは恨み言を漏らす。

「わたしホント気が気でなかったんだから。人を殺してだとか、死罪になるかもだとか。シオンさんだってすごく取り乱してたし」
「それとあいつがあんな連中に付いたことは別問題だろ」

 思い出して、むかむかしながらソロが吐き捨てる。
 クレピスキュルの話では、シオンは自分の意思で彼らの側に付いたということだった。そうすることを選んだ理由はわからない。ただ扉を開くことで起こり得る世界の異変を、頭の切れるあの男が理解していないはずはない。
 ラータはパンにハチミツを垂らし、液が途切れるのを待ちながら言った。

「そういうディアもあれだよね、最初僕に何か隠そうとしてたよね。どうせあれでしょ、ソロさんのこととかその辺りの」

 ディアが持っていたパンを皿に落とす。

「なんで」
「だって君の話の中であの時点で言いたくなさそうだなって思うの、それくらいしかないし」
「そうじゃなくて、それでラータだって怒ってたじゃない。なのになんで今はソロの肩持つみたいなことするの」
「別にソロさんの肩持つわけじゃないよ。ただ同じことをしようとしてた君が自分のこと棚上げにして、他人のこと責めるのはどうかって言ってるだけで」
「わたしは、ラータに言われて悪かったなって思って、だからあの時ちゃんと謝ったじゃない。それをなんでまたこんなとこで蒸し返したりして厭味ったらしく、ぐちぐちぐちぐち言われなきゃなんないの?」
「僕から言わせれば、君こそ、そうやってぐちぐちぐちぐち言うあたり本当に反省してんのって感じだけど」

 あーあと思って、ソロは冷えたミルクを一口飲んだ。
 ディアは顔を真っ赤にして、

「もういいラータの力なんて借りない!」

 そう言って食堂から出て行こうとするもんだから、

「あっおい、オレだってあいつに話があるんだからな! 勝手に出ていったりすんなよ!」

 ソロが腰を浮かして声を投げた。
 ディアがいなくなって、ソロはもう一度椅子に座りなおすとディアが残したパンを自分の皿に取ってちぎり口に放り込む。咀嚼して飲み込んでから言う。

「お前さー……」
「僕は別に間違ったこと言ってない」
「ああうん、だから言い方がな、こう」
「僕に気を使えって言うんですか?」

 ラータは不服そうに、だけどほんの少し泣きそうな顔をしているようにも見えて、ソロは唇を歪ませる。

「そうじゃなくて、そこはお互いがな。ええとラータ、お前の場合は物言いとかさ」
「僕間違ってない」
「そうだけど、そういうことじゃねぇのよ……」

 ラータはむすっとした顔でテーブルを見つめていた。

「話し方とか、言葉の選び方一つで印象って変わるもんでさ。内容は同じでも、言い方が違うだけで相手の受け止め方も変わってくる。別にそいつにどう思われようが構わないってんなら何でもいいだろうけどよ、もし仲良くなりたいとか思うなら、あー……そうだな、ちょっとだけ優しくしてみようって思うといいんじゃねぇかな」
「ディアなんて別に仲良くしたいとか思ってない」
「ああそう。じゃ、それでいいじゃん」

 ソロは残りのパンをすべて口に押し込み、ミルクで流し込む。
 ラータの魔法は有益だ。
 移動の魔法が使えるというのなら、なおさら協力を願いたいところだが、この調子では難しいだろうか。
 そっと吐息を零すソロに、ラータがぽつりと言った。視線はずっとテーブルに注がれている。

「ソロさん、僕ってキツイですか?」
「ん? んー、まあちょっとなー」

 ちょっとっていうか、そこそこっていうか、かなりだけど。言われたことでもあるんだろうかあるんだろうな。まあそうだよなあ。
 とは言わずに、心の中だけで呟く。

「やっぱり気にしてんじゃねぇか」
「ちょっと言い過ぎたかなって思っただけです……」
「そんじゃ今からでも謝ってくれば?」
「僕から?」

 どうしてという疑問と不満が言外に含まれていて、ソロは両手を広げる。

「嫌ならディアが折れるまで待つしかねぇな」

 ラータは思いきり顔をしかめて、唇を引き結んだ。
 ソロはテーブル越しに手を伸ばし、黒い髪をぐしゃぐしゃとかき混ぜるように撫でた。

「まあ無理に仲直りしろってわけじゃねぇからさ。気が済むまで喧嘩してろよ。悪いと思ってもないのに謝ったところで、互いにすっきりしないしな」

 さて、もう一人の頑固者もどうにかしないといけない。
 ソロが立ち上がるのを見て、ラータが顔を上げた。母親に置いて行かれてしまった子供のような目をしていて、ソロは苦笑する。

「ディアと話したらもっかい降りてくるから心配すんな。勝手に出て行ったりしやしねぇよ」

 その間にラータは空のコップにミルクを注いで、残っているパンとビスケットを食べ、追加で紅茶を頼んだ。考え事をしながら紅茶にハチミツを入れたら、ばかみたいに甘くなってしまった。
 どうにかして飲み終える頃に、ソロが約束どおり食堂に降りてきて、後ろには鼻に皺を寄せたディアがいた。
 ディアはラータの方を見もせずに言った。

「さっきはごめんなさい、わたしたちにはラータの力が必要だから協力してください」

 平淡で感情のこもっていない声だった。
 ラータがちらりとソロを見やると、ソロは苦笑いを浮かべていた。

「何て話したんですか?」
「まあなんだ、こっからあいつらを追いかけるとなると時間もロスしてるし、かなり距離も開いちまってるしで、お前が協力してくれたらオレ達ものすごく助かるよなーって」

 つまり損得を考えろと。
 謝って事を有利に運べと。
 そんな風に促したわけだ。
 ソロはひとさし指で頬を搔きながら、困ったように笑う。

「ダメ?」

 ラータは目を眇めて、一呼吸置いてから言った。

「僕が断ったらどうするつもりなんですか?」
「自力で追うか、魔法使いを金で雇うって手もあるけど」
「移動魔法を使える魔法使いってそういませんし、運よく見つけたとしてもそんな高位の魔法使いを雇うとなると相当のお金が必要ですよ」
「だからラータにお願いしてるんじゃない。わかってて言うの性格悪いよね」

 ディアが口を挟み、ソロが目を閉じ掌で顔を覆った。
 それには取り合わず、ラータは話をつづけた。

「ついでに言わせてもらうと移動魔法って自由にどこにでも行けるわけじゃなくて、転移先に刻まれたスペルコードが詠唱に必要なんです。それも術を使う本人かそれに近しい者が刻んだものでなければならないって制限だってあるし」

 完璧に説明を理解するには専門知識がないので難しいが、ラータが遠回しに伝えようとしていることくらいはソロにも汲み取ることができる。

「要するに、そんな都合のいい魔法使いを探し当てられる可能性は限りなくゼロに等しいってことだろ?」
「そういうことです」

 ラータがディアを横目で見て、嫌味っぽく口の片端を上げた。

「わかる? 君は僕に頼らざるを得ないってわけ」
「だから協力してって言ってる」
「それがひとにものを頼む態度?」
「そういうの! そういうのすっごいむかつく! 本当何様なの?」
「やめろお前ら、キリがねぇしうるせぇ!」

 食堂内にいる他の宿泊客が全員こちらに注目していることに気が付いて、ラータもディアも気まずそうに俯いた。
 ラータが声量を抑えて言う。

「ディアのことは許してないけど、世界の運命が掛かってるって言われたら放っておくこともできないから協力してあげる。国同士の交渉がうまくいくって確証がない以上、他にも手を打っておくべきだとは思うしね」

 もちろんディアも黙ってはいなくて、冷笑を浮かべて言った。

「わたしもラータのその恩着せがましくて上から目線なところは気に入らないし、そんな人に頼るのは癪だけど、魔法だけは有能で便利だと思ってる。互いに他人ごとではない目的のためにどうぞよろしく」

 ソロはやれやれとばかりに首を振って、嘆息した。
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