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怖くはないけど迷惑ではある
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風に揺れる窓辺のカーテンを思わせる、不安定な輪郭。ぼんやりとしていて不明瞭ではあるが、人型であるのが、かろうじてわかる。
白いものの腕らしき部分が伸ばされる。狙いはティランだと、すぐさま気づいたルフスは庇うように間に入った。途端に白いものは動きを止め、息を呑んだ。
ように見えた。
そいつには顔などないのに。
輪郭だって曖昧で常にゆらゆらしていて、動きから読み取れることなんて殆どない。
それなのになぜか、そいつが躊躇しているのが伝わってくるようだった。
「お二人共、離れてください」
声に振りむくと、山吹が胸の前で人差し指と中指を立てて構えをとっていた。
リィンという涼やかな音が鳴り響き、空気が張り詰めるような感じがあった。小さく息を吸い込む。しかし山吹がまじないの言葉を紡ごうとした瞬間、そいつは消えた。
ルフスはほっと息を吐きだして言う。
「なんだったんだ」
「恐らく妖の類でしょう」
山吹が言い、ルフスはティランを横目に見た。
「そっか。力を扱えるようになったはずだけど、まだああいうのを引き寄せちゃうんだなティラン」
「まあ基本的に魔の力っていうのは、ああいう輩に好まれるもんやからな」
「でもあっさり引いてくれてよかったな。さてと、夜明けまでまだ時間がある、次はおれが火の番するよ」
ルフスは毛布を拾って体に巻き付けながら言った。
ティランはそんなルフスの顔をじっと見ていた。
山吹はちらりとルフス達の方を一瞥したが、すぐ横になって目を閉じた。
「……随分とまあ晴れやかな顔になったな」
「ティランのおかげだ」
「何が」
「ティランが逃げ道を作ってくれたから、気持ちが楽になったんだ。それで大事なことを思い出せた。もう少し頑張ってみるよ、おれ」
「ふーん?」
ティランは目を細めて呟き、地面に体を横たえる。
「まあおまえがそうしたいならそれでもええけど、おれにはようわからんな。そういう自己犠牲みたいなの」
「そういうんじゃないよ。おれはおれのなりたい自分になろうとしてるだけだよ」
「そうか。ならいい」
微笑んで言うと、ティランは瞼を下ろした。
ルフスはまっすぐに前を見据える。
月のない空は一段と暗く、視覚は一切頼りにならない。燃える炎の周辺だけが温かく明るい光に照らされている。
暗闇の先、離れた場所にぼわっとした白いものがまた浮き上がった。
「あ」
ルフスはぎくりとするが、そいつは今度はその場に佇んだまま動かず、ただこちらを窺うような様子でそこにいた。ルフスも緊張しながら、そいつを見つめる。
しばらくすると白い妖はまた闇に溶けるようにして消えた。
なんだろう、さっきから、あの妖は何がしたいんだろう。
これまで出会った妖とはなんだかちょっと違うようにも感じる。
風が吹く。
雲が途切れて、一瞬だけ月が現れ、だがすぐにまた隠れてしまった。
白い妖はその後、何度もルフスの前に現れた。
何かしてくるわけではない。
ただ扉を開けたら目の前に唐突に現れたり、振り返ればそこにいたといたというだけだ。
それは大抵ルフスがひとりの時だった。
とはいえ、道中も宿でも大抵他の二人が一緒だから、ひとりでいる時間など限られている。風呂と、後は用を足す時くらいだ。
「もおおおおおなんなんだよおまえー! 勘弁してくれよ、なんでまた便所なんだよ、なんか話あるなら別の時にしてくれ!!」
思わず大声で言う。
害はない。ないが困りはする。
ルフスの声を聞きつけて扉が叩かれ、訝しげなティランの声がした。
「おいどないした!」
「なんでもない!!」
「おかしなやつやな。先に部屋行っとくぞ」
共用の便所だ。長居するのは申し訳ない。
ルフスは扉の方を気にしながら声を潜めて言う。
「仕方ないな。ほらさっさと言えよもう」
ところがこの妖は口が聞けないらしく、身振り手振りで何か訴えようとしてくる。
ルフスはどうにか理解しようと努力してみたが、さっぱりだった。
「……いやわかんないって」
せめて顔があれば、口の形で読み取ったりとかできそうな気もするけど。
意思を伝える方法。
声と他には、
「あ、文字! 文字は書けないのか? 簡単な単語ならおれにもわかる……って言っても紙とか書く物ないしな。そもそもペン持てないか」
せっかくいい思い付きだと思ったのになとルフスは肩を落とすが、妖がその案に乗った。
腕を持ち上げ、曖昧に形作られた指先を宙に滑らせていく。
「まってまって早いって。もう一回!」
「おい、まだか! 早くしろよ」
妖がもう一度指を動かしかけたところで、ドンドン扉を叩かれた。ちょっと焦ったような怒ったような声だった。
ルフスはすみませんと外に向かって声を投げてから、小声で言う。
「外で待ってろ。人目につくのがまずいなら、ええと、そうだ。この宿の裏のとこで待ってろ」
妖はそれを聞いて消え、ルフスは急いで用を済ませて便所を出た。
順番を待っていた人に曖昧に笑いながら頭を下げて去り、宿の外に行き、裏手に回る。空は早くも暮れかけていた。物置の近くに白い人型の靄を見つけて、早足に近づき、建物の壁を指さしながら言った。
「対面だと文字も逆になってわかりづらい。そこの壁に書いてくれ、ゆっくりだぞ」
白いものの腕らしき部分が伸ばされる。狙いはティランだと、すぐさま気づいたルフスは庇うように間に入った。途端に白いものは動きを止め、息を呑んだ。
ように見えた。
そいつには顔などないのに。
輪郭だって曖昧で常にゆらゆらしていて、動きから読み取れることなんて殆どない。
それなのになぜか、そいつが躊躇しているのが伝わってくるようだった。
「お二人共、離れてください」
声に振りむくと、山吹が胸の前で人差し指と中指を立てて構えをとっていた。
リィンという涼やかな音が鳴り響き、空気が張り詰めるような感じがあった。小さく息を吸い込む。しかし山吹がまじないの言葉を紡ごうとした瞬間、そいつは消えた。
ルフスはほっと息を吐きだして言う。
「なんだったんだ」
「恐らく妖の類でしょう」
山吹が言い、ルフスはティランを横目に見た。
「そっか。力を扱えるようになったはずだけど、まだああいうのを引き寄せちゃうんだなティラン」
「まあ基本的に魔の力っていうのは、ああいう輩に好まれるもんやからな」
「でもあっさり引いてくれてよかったな。さてと、夜明けまでまだ時間がある、次はおれが火の番するよ」
ルフスは毛布を拾って体に巻き付けながら言った。
ティランはそんなルフスの顔をじっと見ていた。
山吹はちらりとルフス達の方を一瞥したが、すぐ横になって目を閉じた。
「……随分とまあ晴れやかな顔になったな」
「ティランのおかげだ」
「何が」
「ティランが逃げ道を作ってくれたから、気持ちが楽になったんだ。それで大事なことを思い出せた。もう少し頑張ってみるよ、おれ」
「ふーん?」
ティランは目を細めて呟き、地面に体を横たえる。
「まあおまえがそうしたいならそれでもええけど、おれにはようわからんな。そういう自己犠牲みたいなの」
「そういうんじゃないよ。おれはおれのなりたい自分になろうとしてるだけだよ」
「そうか。ならいい」
微笑んで言うと、ティランは瞼を下ろした。
ルフスはまっすぐに前を見据える。
月のない空は一段と暗く、視覚は一切頼りにならない。燃える炎の周辺だけが温かく明るい光に照らされている。
暗闇の先、離れた場所にぼわっとした白いものがまた浮き上がった。
「あ」
ルフスはぎくりとするが、そいつは今度はその場に佇んだまま動かず、ただこちらを窺うような様子でそこにいた。ルフスも緊張しながら、そいつを見つめる。
しばらくすると白い妖はまた闇に溶けるようにして消えた。
なんだろう、さっきから、あの妖は何がしたいんだろう。
これまで出会った妖とはなんだかちょっと違うようにも感じる。
風が吹く。
雲が途切れて、一瞬だけ月が現れ、だがすぐにまた隠れてしまった。
白い妖はその後、何度もルフスの前に現れた。
何かしてくるわけではない。
ただ扉を開けたら目の前に唐突に現れたり、振り返ればそこにいたといたというだけだ。
それは大抵ルフスがひとりの時だった。
とはいえ、道中も宿でも大抵他の二人が一緒だから、ひとりでいる時間など限られている。風呂と、後は用を足す時くらいだ。
「もおおおおおなんなんだよおまえー! 勘弁してくれよ、なんでまた便所なんだよ、なんか話あるなら別の時にしてくれ!!」
思わず大声で言う。
害はない。ないが困りはする。
ルフスの声を聞きつけて扉が叩かれ、訝しげなティランの声がした。
「おいどないした!」
「なんでもない!!」
「おかしなやつやな。先に部屋行っとくぞ」
共用の便所だ。長居するのは申し訳ない。
ルフスは扉の方を気にしながら声を潜めて言う。
「仕方ないな。ほらさっさと言えよもう」
ところがこの妖は口が聞けないらしく、身振り手振りで何か訴えようとしてくる。
ルフスはどうにか理解しようと努力してみたが、さっぱりだった。
「……いやわかんないって」
せめて顔があれば、口の形で読み取ったりとかできそうな気もするけど。
意思を伝える方法。
声と他には、
「あ、文字! 文字は書けないのか? 簡単な単語ならおれにもわかる……って言っても紙とか書く物ないしな。そもそもペン持てないか」
せっかくいい思い付きだと思ったのになとルフスは肩を落とすが、妖がその案に乗った。
腕を持ち上げ、曖昧に形作られた指先を宙に滑らせていく。
「まってまって早いって。もう一回!」
「おい、まだか! 早くしろよ」
妖がもう一度指を動かしかけたところで、ドンドン扉を叩かれた。ちょっと焦ったような怒ったような声だった。
ルフスはすみませんと外に向かって声を投げてから、小声で言う。
「外で待ってろ。人目につくのがまずいなら、ええと、そうだ。この宿の裏のとこで待ってろ」
妖はそれを聞いて消え、ルフスは急いで用を済ませて便所を出た。
順番を待っていた人に曖昧に笑いながら頭を下げて去り、宿の外に行き、裏手に回る。空は早くも暮れかけていた。物置の近くに白い人型の靄を見つけて、早足に近づき、建物の壁を指さしながら言った。
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