緋の英雄王 白銀の賢者

冴木黒

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いつかどこかで見た光景

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「だからさー」

 ベッドの端に座ってルフスが言った。
 宿の一階にある食堂で夕食を済ませ、部屋で休もうという時だ。女性だし、今はまだ金にも余裕があるということで、山吹とは部屋を分けてとった。
 水鏡はルフス達にずっとついてきていて、今も部屋の隅にいる。食堂に現れた時には騒ぎになるんじゃないかと焦ったが、幸い他の人間達には見えていないらしい。

「世界ってのは多構造になってて、妖っておれ達とは別の層にいるから通常は干渉できないとかってそういう話だったじゃん。でも今はなんか封印が解けかけてるから、妖がこっち側で色々怪異を引き起こしてるって。それがどういう原理かわかったらさ、ヒントになるんじゃないかなーって」
「そう言われてもおれも妖のことはわからんのやって」
「そうかー……」

 しょげるルフスに、先程から何か書き物をしていたティランは顔を上げてめんどくさそうに息を吐く。

「妖のことは全くわからんけど、おれが知っとる中でいい例が魔王や」
「魔王?」

 ティランは再び手元に視線を戻し、手を動かしながら言う。

「まずおまえさん、魔王ってのは世界そのものっていうんは知っとるか?」
「えっ?」
「魔王はこの世界の意思が具現化したもの。媒体は魔力そのものや」
「へー……」

 頷いてみるけど、実はよくわかっていない。
 世界の意思が具現化とか。
 バイタイ?
 もはやなんだそれって感じだ。
 ティランが目だけを動かし、こちらを一瞥する。

「要するに本来、実体のない奴が魔力を核として体作ってそれに宿っとるってこと。わかるか? わからんよな」
「うん」
「まあもっと噛み砕いて言えば、魔力を使って、そいつの体を作れるかもしれんってことや」

 最初からそう言ってくれればいいのにと心の中だけで呟きながら、ルフスはうんうん頷く。

「スゲー魔力スゲー」
「そうそう、すげーんだよ魔法は」
「で、ティラン作れんの?」
「できるか。簡単に言うなアホ」
「なんだー」

 ルフスは背中からベッドに倒れ込み、目を閉じて考える。
 魔法ならラータが専門だ。だがラータは今この世界にいない。
 魔王なんて、どうやって会えばいいかわからないし。
 英雄王の力とやらがまだどんなものか知らないが、少なくともこういうことには役に立たなさそうだと思う。
 何せ邪を祓い、闇を打ち破る力だ。
 考え込むルフスを睡魔が襲う。このまま眠ってしまおうか。体を拭くくらいはしておきたかったが、それすらもう面倒だ。
 明日でいいかと思いかけた時、物音がした。
 床に物が落ちる音だった。
 同時に気配を感じて目を開けると、ベッドの反対側から覗き込む顔があった。ティランだ。唇の片端を吊り上げ笑っている。

「うわ何!?」
「できねぇってんならコイツの姿をもらうだけだ。なあルフスよ。おまえにはおまえのやることがあるのか知らんが、そんなもんオレにゃ関係ねぇ」
「え、あ、水鏡!?」
「オレはいつでも姿を奪うことができる。そこのマヌケにもよく言い聞かせておけ」

 驚き飛び起きたルフスに、水鏡は顎で隣のベッドを示して言う。
 白い靄に変じたティランがジタバタしていた。その足元には紙束とペンが落ちていて、水鏡は目を細めてそれを見やり、ハッと笑う。

「才能だけは本物のようだからな」

 言い終えると同時に水鏡の姿は空中に溶けるように消え去り、ティランも元に戻った。
 ティランは悔しげに床を踏み鳴らし、この部屋のどこかにいるのだろう水鏡に向かって口汚く罵っていた。

「ティランってさー」

 床に散らばった紙を拾い、そこに書き込まれた文字を見ながらルフスが言う。

「なんかちょっとでも思い出したりしないの?」
「なん?」
「これ、魔法文字だろ。ラータさんのとこにもあった。おれには全然読めないけど。魔法も、すごいの使ってたけど、ラータさんから教えてもらった?」

 ティランは紙束を受け取って置き、壁に立てかけてある杖を手に持つ。
 やや間があって、ティランは言った。

「いや、多分元々知っとった……」
「そっか、他のことも早く思い出せるといいな」
「……どうやろうな」

 ティランの視線は杖を持つ手に向いていた。
 その横顔は、なんだかちょっと迷っているように見えた。

「思い出すことがええことなんかどうか……」
「こわい?」

 ルフスが言った。
 表情や声の調子から感じたことを、そのまま口にしただけだった。
 言ってしまってから怒られそうだなと思ったが、返ってきたのは勢いに欠けた声だった。

「わからん。けど思い出さんといかんやろ。あいつらがまた来たら」
「そうだ。あいつら、あの双子はティランを狙っていたな。銀色の賢者様って。あれってやっぱりティランの力を狙ってだよな」

 ティランは眉根を寄せて頷く。

「たぶん、いや、ほぼ確実にそうやろな」
「あの二人はなんなんだ、ティランの過去と何か関係があるのか? ティランが姿を変えてたのって、もしかしてあいつらから逃げる為?」
「さあなあ。ただ見た目をちょっと変えたところで、それに惑わされるような奴らでもなさそうやけど」

 それもそうかと思って、ルフスはなんとなく天井を仰ぐ。
 それからまた思い出す。

「そういやあいつら、あの方がどうとか言ってたよな。役に立つとかどうとか」
「ああ、気に入らんな。ひとを道具みたいに言いよって」

 不機嫌そうに言われ、ルフスはそれきり黙った。
 本当は、気になることはまだある。
 彼らはティランを連れ去ろうとした一方で、ルフスを邪魔者と呼び始末しようとした。あれは英雄王の力を持つルフスを邪魔だと言っていたに違いない。となると解けかかっているという封印と関係があるのだろうということくらいは、ルフスにも予想がつく。
 そうだ。
 だとしたら山吹が何か知っているかもしれない。
 明日聞いてみようと思って、ルフスはベッドに横になった。ティランはまた書き物を始めていた。
 ペンが紙を滑る音が、心地よくルフスの耳に届く。
 閉じた瞼の裏で、何か懐かしいような光景が見えた気がした。
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