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嵐は静かに過ぎ去りて
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突然の轟音にルフスは目を覚ました。
一瞬、雷でも落ちたのかと思ったが、そうではないらしい。
空には輝く下弦の月。空気は冷たいが、雲は薄く、穏やかな夜だ。
「え?」
ルフスは驚き凍り付く。
確か今日は久しぶりに街に着いて、宿に泊まることにして、ティランだと思っていた奴が実はそうじゃなかったって一騒動があって、でもなんとか解決して、そしてここは宿の部屋のはずだ。
天井がない。
壁も。
どうして。何が。
半身を起こし、周りを見渡す。
割れたガラスや木片、折れた木の柱。どういうわけか、ルフスの周囲を避けるようにして、それらは散らばっていた。
隣にあったはずのベッドは折れた柱に押しつぶされていて、床には散乱する紙と、ひしゃげたペン。その上に、倒れ伏すティランの姿があった。どこか傷つけたのか、血だまりが出来ているのが見えた。
「ティラン!」
駆け寄ろうとして、何かに頭をぶつける。
半球状の膜のようなものがルフスを包みこむようにあった。
これと同じものを、ルフスは以前にも目にしたことがあった。メルクーアの森で、ラータが使っていた魔法だ。
そう、あの双子の妖魔に襲われた時に。
思い出して、ゾッとする。
そうだ。
いつまたあいつらが襲ってきても不思議ではないのだ。
ふわりと誰かが上空から降りてきて、ティランの傍らに立った。
風を孕んで膨らんだマフラー。まるで鳥の羽のような。
真っ黒な衣装に身を包み、オレンジ色の長い前髪で片目を隠した男。
名前は確か、クライと呼ばれていた。
「ティラン! 起きろティラン!」
ルフスは見えない壁を拳で叩き叫ぶが、ティランはピクリとも動かない。
クライが殺気に満ちた目でルフスを見た。体の脇に垂れた手の先で、爪が伸びる。ルフスは身を強張らせたが、どこからか制止の声が飛んだ。
「だめよクライ。早くそいつを回収して戻って。厄介なあの女が来る前に」
クライは舌打ちと共に、爪を元の長さに戻すと巨大な烏に姿を変じ、鋭い鉤爪でティランを掴んで飛び立った。風が巻き起こって、床に落ちたものを吹き飛ばしたが、障壁に守られていたので、ルフスが傷つくことはなかった。
痛みも、衝撃もなく、全てが目の前で過ぎ去っていった。
まるで嵐のように。
あっという間に破壊し、奪い去っていってしまった。
何もできなかった。
一瞬の出来事のようだった。
ルフスはぺたりと床に座り込む。
視線の先に杖が転がっていた。
元はラータのもので、預かって、その後はティランが持っていたものだ。
拾い上げようとして、また不可思議な力に遮られる。
床に手をつき項垂れる。悔しさに歯噛みする。掌に爪が食い込み痛いほど、拳を握りしめる。
「……フス殿」
呆然とするルフスの耳に、どこか遠くに感じる声。
山吹だ。
「結界ですね。これをティラン殿が……?」
山吹は文字が書き込まれた紙を拾って、一枚一枚目を通しながら呟く。
ルフスはぎりっと歯を鳴らし、剣を喚び出す。
「ああああああ!」
力いっぱい振るうが、弾かれ、手から剣が離れて落ちた。
結界にはヒビ一つ入っていなかった。
膝をついて頭を抱え、腹に溜まったものを吐き出す。
「くそッ! なんでだよ! なんでおれはいつも……!」
また守られて、守ってくれたその人が傷ついて連れ去られて、何もできずにただそこにいるだけだった。
英雄の力なんてどこにあるんだ。
身動きとることもできずにそこにへばってただけじゃねえか。
水鏡の辛辣な一言が改めて身に染みた。
山吹が言った。
「本物を手に入れましょう」
いつもの淡々としていて、落ち着いた声だった。
だけど、少しだけ。
気のせいかもしれないが、ほんの僅かに柔らかい感じがあった。
「真の力を発揮するには、本物の剣が必要です。それで、ティラン殿を助けに行きましょう。それからでもきっと大丈夫、間に合います。彼らはティラン殿を器として欲しているようですから」
「器……?」
「ティラン殿の内には強大な魔力が眠っています。闇に巣食う者は、その存在をこの世に繋ぎとめるためにティラン殿を欲っしているのです」
数刻前に話していたことを思い出す。
実体のない奴が魔力を核として体を作って、それに宿る。
つまりはそういうことなのだろう。
だからあの時クライは言ったのだ。
壊しちゃったら意味がない、と。
彼らの目的は、ティランを無事に連れ戻ること。彼らの仕えるその誰かが、ティランの体を器とするために。だとすれば、殺すことはきっとしない。
ただし、時間に余裕があるというわけでもない。
可能な限り早く剣を手に入れて、対抗手段を身につける。
こんなところでへたりこんで、落ち込んでいる暇はない。
悔しさに地団駄を踏むのも、自分を責めるのも、すべてを終わらせてからでいい。
時間がない。
やるべきことは決まっている。
自分はそこに向かって、進むだけだ。
できるかできないかは考えない。
やるだけだ。
一瞬、雷でも落ちたのかと思ったが、そうではないらしい。
空には輝く下弦の月。空気は冷たいが、雲は薄く、穏やかな夜だ。
「え?」
ルフスは驚き凍り付く。
確か今日は久しぶりに街に着いて、宿に泊まることにして、ティランだと思っていた奴が実はそうじゃなかったって一騒動があって、でもなんとか解決して、そしてここは宿の部屋のはずだ。
天井がない。
壁も。
どうして。何が。
半身を起こし、周りを見渡す。
割れたガラスや木片、折れた木の柱。どういうわけか、ルフスの周囲を避けるようにして、それらは散らばっていた。
隣にあったはずのベッドは折れた柱に押しつぶされていて、床には散乱する紙と、ひしゃげたペン。その上に、倒れ伏すティランの姿があった。どこか傷つけたのか、血だまりが出来ているのが見えた。
「ティラン!」
駆け寄ろうとして、何かに頭をぶつける。
半球状の膜のようなものがルフスを包みこむようにあった。
これと同じものを、ルフスは以前にも目にしたことがあった。メルクーアの森で、ラータが使っていた魔法だ。
そう、あの双子の妖魔に襲われた時に。
思い出して、ゾッとする。
そうだ。
いつまたあいつらが襲ってきても不思議ではないのだ。
ふわりと誰かが上空から降りてきて、ティランの傍らに立った。
風を孕んで膨らんだマフラー。まるで鳥の羽のような。
真っ黒な衣装に身を包み、オレンジ色の長い前髪で片目を隠した男。
名前は確か、クライと呼ばれていた。
「ティラン! 起きろティラン!」
ルフスは見えない壁を拳で叩き叫ぶが、ティランはピクリとも動かない。
クライが殺気に満ちた目でルフスを見た。体の脇に垂れた手の先で、爪が伸びる。ルフスは身を強張らせたが、どこからか制止の声が飛んだ。
「だめよクライ。早くそいつを回収して戻って。厄介なあの女が来る前に」
クライは舌打ちと共に、爪を元の長さに戻すと巨大な烏に姿を変じ、鋭い鉤爪でティランを掴んで飛び立った。風が巻き起こって、床に落ちたものを吹き飛ばしたが、障壁に守られていたので、ルフスが傷つくことはなかった。
痛みも、衝撃もなく、全てが目の前で過ぎ去っていった。
まるで嵐のように。
あっという間に破壊し、奪い去っていってしまった。
何もできなかった。
一瞬の出来事のようだった。
ルフスはぺたりと床に座り込む。
視線の先に杖が転がっていた。
元はラータのもので、預かって、その後はティランが持っていたものだ。
拾い上げようとして、また不可思議な力に遮られる。
床に手をつき項垂れる。悔しさに歯噛みする。掌に爪が食い込み痛いほど、拳を握りしめる。
「……フス殿」
呆然とするルフスの耳に、どこか遠くに感じる声。
山吹だ。
「結界ですね。これをティラン殿が……?」
山吹は文字が書き込まれた紙を拾って、一枚一枚目を通しながら呟く。
ルフスはぎりっと歯を鳴らし、剣を喚び出す。
「ああああああ!」
力いっぱい振るうが、弾かれ、手から剣が離れて落ちた。
結界にはヒビ一つ入っていなかった。
膝をついて頭を抱え、腹に溜まったものを吐き出す。
「くそッ! なんでだよ! なんでおれはいつも……!」
また守られて、守ってくれたその人が傷ついて連れ去られて、何もできずにただそこにいるだけだった。
英雄の力なんてどこにあるんだ。
身動きとることもできずにそこにへばってただけじゃねえか。
水鏡の辛辣な一言が改めて身に染みた。
山吹が言った。
「本物を手に入れましょう」
いつもの淡々としていて、落ち着いた声だった。
だけど、少しだけ。
気のせいかもしれないが、ほんの僅かに柔らかい感じがあった。
「真の力を発揮するには、本物の剣が必要です。それで、ティラン殿を助けに行きましょう。それからでもきっと大丈夫、間に合います。彼らはティラン殿を器として欲しているようですから」
「器……?」
「ティラン殿の内には強大な魔力が眠っています。闇に巣食う者は、その存在をこの世に繋ぎとめるためにティラン殿を欲っしているのです」
数刻前に話していたことを思い出す。
実体のない奴が魔力を核として体を作って、それに宿る。
つまりはそういうことなのだろう。
だからあの時クライは言ったのだ。
壊しちゃったら意味がない、と。
彼らの目的は、ティランを無事に連れ戻ること。彼らの仕えるその誰かが、ティランの体を器とするために。だとすれば、殺すことはきっとしない。
ただし、時間に余裕があるというわけでもない。
可能な限り早く剣を手に入れて、対抗手段を身につける。
こんなところでへたりこんで、落ち込んでいる暇はない。
悔しさに地団駄を踏むのも、自分を責めるのも、すべてを終わらせてからでいい。
時間がない。
やるべきことは決まっている。
自分はそこに向かって、進むだけだ。
できるかできないかは考えない。
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