57 / 67
迷い子
しおりを挟む
街を出て、南に向かって進む。
地図で確認したところ、そう広くはないはずの森。その中に伸びる街道に近い場所をルフスは馬で駆けていた。
ディアから預かった美しい毛並みの馬。名前はエクアというらしい。大人しく賢い馬で、まるでルフスの言葉を理解をしているかのようだった。
その馬が急に足を止めたかと思うと、ぶるりと鳴いて落ち着かなげに地面を蹴り始めた。
「わ、と。なんだ?」
夜で暗いが、特に周囲に変わった様子はない。神経を研ぎ澄ませてみるが、野生動物の気配も感じられない。
そっと首を叩いて、囁くように言ってやる。
「落ち着けエクア、大丈夫だ。何もいない」
念のため周囲に気を配りながら、馬を進めていくと、低木の傍に蹲る小さな影を見つけた。
うっかりしていたら、見逃していただろう。
女の子だった。近くに大人はいなくて、ルフスは馬を止めて近づき、声を掛けてみる。
「こんなとこでどうしたんだ? 誰か一緒じゃないのか?」
「おかあさんとはぐれちゃった……」
立ち上がった女の子はルフスの腰ほどまでしか身長がない。年齢は十にも満たないように見えた。
長いふわふわとした髪を二つに分けてリボンで結び、まだ新しそうな外套を羽織っている。
「そうか、おかあさんとどこに行くつもりだったんだ?」
「ええとね、大きな湖の」
「湖って、え、こっちの方の?」
「……わかんない」
自分の向かう方角を指さし尋ねるが、女の子は泣きそうな顔で首を横に振る。
それもそうかと思う。向かう方角がわかるなら、迷っているとは言わない。
街道に近い場所を走ってきたつもりだが、夜ということもあって、ここに来るまでに人は見なかった。恐らく母親も女の子を探しているのだろうが、この辺りに人の気配はない。一旦街に戻るべきかと考えたが、ルフス自身も今は急いでいる。この辺りで湖というと、ひょっとしたらルフスの目指す場所と同じである可能性が高い。何よりも、こんな小さな子供をここに一人残していくわけにはいかない。
色々と考えた結果、ルフスは言った。
「よし、じゃ一緒に行こう。おれもこの近くにある湖を目指してるんだ。そこに君のお母さんがいるかもしれない」
女の子は大きな目でしばらくルフスの顔を見つめ、それから頷いた。
「あたしクロエっていうの」
「すごいすごい、お馬さん早いね!」
はしゃぐ女の子の後ろ頭を見下ろしながら、ルフスは少しばかり驚いていた。
馬に乗せる時にも思ったことだが、随分と気丈な子供のようだ。
「クロエはどこから来たんだ?」
「うんとね、ずっと遠く。山の奥の方、キノスラって村」
「へえ。湖へは何をしに?」
「んー……そこからもっと遠くにいける場所があって、あたしたちは今日中にそこに向かわなきゃならないんだって」
クロエの返答ははっきりしない部分が多く、ルフスはその後どう話を続けるべきか悩む。
てっきり同じ薬師を訪ねるつもりなのかと思っていたが、少なくともそうではないらしい。
「お兄ちゃんはどこからきたの?」
「え、おれはそうだな。ローアル王国わかるか? この国の隣の」
「うん」
「そこの小さな田舎の村だよ」
「そっか、あたしのお父さんと一緒だね」
「クロエのお父さんもローアル出身なのか?」
「うん、前にお話ししてくれたことがあるの。すごくいいところだって。ブドウやトウモロコシ、それと小麦の畑がたくさんあるんでしょ。春と秋が綺麗なんだって言ってた」
「そうだな」
話すうちに、ルフスは懐かしい気持ちになって笑う。
緑がさざめき、あちらこちらに花の彩りが添えられた春の草原。
黄金色の穂が揺れる秋の小麦畑。
どちらもルフスの好きな光景だ。その美しさを教えてくれたのは、おじさんだった。
「あ」
クロエが短く言って、ルフスは彼女の視線を追った
その先にはたくさんの人の姿があった。
クロエの名を呼ぶ声が聞こえてきて、人々が彼女を探していたことを知る。
誰かが近づいてくるルフス達に気が付いて、遠くに声を投げていた。
手綱を引きスピードを落として、ゆるやかに止まると、ルフスは先に馬から降りて女の子に向かって両手を広げた。女の子はまったく怖気づくことなくルフスの腕に飛び込んでくる。
クロエを抱き上げたまま、集まり始める人々を見てルフスは尋ねる。
「あの中に、お母さんはいるか?」
「うん多分。あの人達はみんなあたしの村の人達だから」
「え? 皆で旅してきたのか?」
目を丸くするルフスにクロエは笑う。
「そうよ。みんな一緒にいくの」
どこに?
と質問を重ねる前に、一人の女性がルフス達の前に進み出てきた。
「クロエ!」
「お母さん!」
クロエはルフスの腕から飛び降りて、女性に駆け寄る。
女性は地面に膝をつきクロエを抱きしめて、怒った口調で言った。
「探したのよ」
「ごめんなさい」
「ともかくよかったわ」
言って女性はルフスを見上げると、数度目を瞬かせ、それから立ち上がって深くお辞儀をした。
「娘を連れてきてくださってありがとうございます」
「いいえ。無事見つかってよかったです」
「あの、ひょっとして」
「はい」
「ごめんなさい、なんでもありません……きっと私の勘違いでしょう」
俯き加減に謝罪の言葉を口にしたクロエの母親は、どういうわけか悲しげな顔をしていた。
彼女の傍に立っていた老人が不意に言った。
「さあ、クロエも見つかったことじゃし、そろそろ湖に戻らねばな」
「時間じゃ」
地図で確認したところ、そう広くはないはずの森。その中に伸びる街道に近い場所をルフスは馬で駆けていた。
ディアから預かった美しい毛並みの馬。名前はエクアというらしい。大人しく賢い馬で、まるでルフスの言葉を理解をしているかのようだった。
その馬が急に足を止めたかと思うと、ぶるりと鳴いて落ち着かなげに地面を蹴り始めた。
「わ、と。なんだ?」
夜で暗いが、特に周囲に変わった様子はない。神経を研ぎ澄ませてみるが、野生動物の気配も感じられない。
そっと首を叩いて、囁くように言ってやる。
「落ち着けエクア、大丈夫だ。何もいない」
念のため周囲に気を配りながら、馬を進めていくと、低木の傍に蹲る小さな影を見つけた。
うっかりしていたら、見逃していただろう。
女の子だった。近くに大人はいなくて、ルフスは馬を止めて近づき、声を掛けてみる。
「こんなとこでどうしたんだ? 誰か一緒じゃないのか?」
「おかあさんとはぐれちゃった……」
立ち上がった女の子はルフスの腰ほどまでしか身長がない。年齢は十にも満たないように見えた。
長いふわふわとした髪を二つに分けてリボンで結び、まだ新しそうな外套を羽織っている。
「そうか、おかあさんとどこに行くつもりだったんだ?」
「ええとね、大きな湖の」
「湖って、え、こっちの方の?」
「……わかんない」
自分の向かう方角を指さし尋ねるが、女の子は泣きそうな顔で首を横に振る。
それもそうかと思う。向かう方角がわかるなら、迷っているとは言わない。
街道に近い場所を走ってきたつもりだが、夜ということもあって、ここに来るまでに人は見なかった。恐らく母親も女の子を探しているのだろうが、この辺りに人の気配はない。一旦街に戻るべきかと考えたが、ルフス自身も今は急いでいる。この辺りで湖というと、ひょっとしたらルフスの目指す場所と同じである可能性が高い。何よりも、こんな小さな子供をここに一人残していくわけにはいかない。
色々と考えた結果、ルフスは言った。
「よし、じゃ一緒に行こう。おれもこの近くにある湖を目指してるんだ。そこに君のお母さんがいるかもしれない」
女の子は大きな目でしばらくルフスの顔を見つめ、それから頷いた。
「あたしクロエっていうの」
「すごいすごい、お馬さん早いね!」
はしゃぐ女の子の後ろ頭を見下ろしながら、ルフスは少しばかり驚いていた。
馬に乗せる時にも思ったことだが、随分と気丈な子供のようだ。
「クロエはどこから来たんだ?」
「うんとね、ずっと遠く。山の奥の方、キノスラって村」
「へえ。湖へは何をしに?」
「んー……そこからもっと遠くにいける場所があって、あたしたちは今日中にそこに向かわなきゃならないんだって」
クロエの返答ははっきりしない部分が多く、ルフスはその後どう話を続けるべきか悩む。
てっきり同じ薬師を訪ねるつもりなのかと思っていたが、少なくともそうではないらしい。
「お兄ちゃんはどこからきたの?」
「え、おれはそうだな。ローアル王国わかるか? この国の隣の」
「うん」
「そこの小さな田舎の村だよ」
「そっか、あたしのお父さんと一緒だね」
「クロエのお父さんもローアル出身なのか?」
「うん、前にお話ししてくれたことがあるの。すごくいいところだって。ブドウやトウモロコシ、それと小麦の畑がたくさんあるんでしょ。春と秋が綺麗なんだって言ってた」
「そうだな」
話すうちに、ルフスは懐かしい気持ちになって笑う。
緑がさざめき、あちらこちらに花の彩りが添えられた春の草原。
黄金色の穂が揺れる秋の小麦畑。
どちらもルフスの好きな光景だ。その美しさを教えてくれたのは、おじさんだった。
「あ」
クロエが短く言って、ルフスは彼女の視線を追った
その先にはたくさんの人の姿があった。
クロエの名を呼ぶ声が聞こえてきて、人々が彼女を探していたことを知る。
誰かが近づいてくるルフス達に気が付いて、遠くに声を投げていた。
手綱を引きスピードを落として、ゆるやかに止まると、ルフスは先に馬から降りて女の子に向かって両手を広げた。女の子はまったく怖気づくことなくルフスの腕に飛び込んでくる。
クロエを抱き上げたまま、集まり始める人々を見てルフスは尋ねる。
「あの中に、お母さんはいるか?」
「うん多分。あの人達はみんなあたしの村の人達だから」
「え? 皆で旅してきたのか?」
目を丸くするルフスにクロエは笑う。
「そうよ。みんな一緒にいくの」
どこに?
と質問を重ねる前に、一人の女性がルフス達の前に進み出てきた。
「クロエ!」
「お母さん!」
クロエはルフスの腕から飛び降りて、女性に駆け寄る。
女性は地面に膝をつきクロエを抱きしめて、怒った口調で言った。
「探したのよ」
「ごめんなさい」
「ともかくよかったわ」
言って女性はルフスを見上げると、数度目を瞬かせ、それから立ち上がって深くお辞儀をした。
「娘を連れてきてくださってありがとうございます」
「いいえ。無事見つかってよかったです」
「あの、ひょっとして」
「はい」
「ごめんなさい、なんでもありません……きっと私の勘違いでしょう」
俯き加減に謝罪の言葉を口にしたクロエの母親は、どういうわけか悲しげな顔をしていた。
彼女の傍に立っていた老人が不意に言った。
「さあ、クロエも見つかったことじゃし、そろそろ湖に戻らねばな」
「時間じゃ」
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
三十年後に届いた白い手紙
RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。
彼は最後まで、何も語らなかった。
その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。
戴冠舞踏会の夜。
公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。
それは復讐でも、告発でもない。
三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、
「渡されなかった約束」のための手紙だった。
沈黙のまま命を捨てた男と、
三十年、ただ待ち続けた女。
そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。
これは、
遅れて届いた手紙が、
人生と運命を静かに書き換えていく物語。
男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件
美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…?
最新章の第五章も夕方18時に更新予定です!
☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。
※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます!
※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。
※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!
断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜
深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。
処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。
なぜなら彼女は――
前世で“トップインフルエンサー”だったから。
処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。
空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。
タイトルは――
『断罪なう』。
王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。
すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、
国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。
そして宣言される、前代未聞のルール。
支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。
処刑台は舞台へ。
断罪はエンタメへ。
悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。
これは、
処刑されるはずだった悪役令嬢が、
“ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。
支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、
それとも――自由か。
冷遇王妃はときめかない
あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。
だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる