転生勇者のやり直し

すもも太郎

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1章 転生勇者は追放される

第十二話:傾国の宝

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パンデリアル王国の深部、窓のない円卓会議室。
厚い石壁に囲まれたその部屋は、外部の騒音を一切遮断しているが、内部には硝煙にも似た張り詰めた空気が漂っていた。パンデリアルを支える重鎮たちが、一人の少女を巡って剥き出しの野心をぶつけ合っている。

「——よろしいかな、ゼノス調査官。今一度、我々の認識を共有しておきたい」

沈黙を破ったのは、パンデリアル王国軍参謀総長バルガスだった。その太い指が、卓上に広げられた「魔導殻」の分析書を乱暴に叩く。

「この娘、リィン。彼女が持つ魔力量は、王立魔導騎士団一個連隊の三ヶ月分に匹敵そうではないか。これを魔導砲の触媒に転用すれば、隣国エルドラの城壁など、紙細工のように焼き払えるだろう?これは『少女』ではない。わが国の国防を数十年進める『戦略兵器』だ」

顔中に深く髭を生やしたバルガスは自信に満ちて断言した。

「軍部らしい短慮ですな、バルガス殿」

それに冷笑を浴びせたのは、王宮魔導院の長である大魔導師だ。彼は長い髭を撫でながら、昏い欲望の滲む目でリィンを見つめる。

「彼女は兵器などという野蛮な消費物ではない……その体内の魔力循環は、失われた古代魔法文明の『永久機関』そのものだ。彼女を解析し、その術式を抽出できれば、我が魔導院は神の領域に手をかける。……彼女は人類の英知を飛躍させる『生きた聖典』なのだよ」

円卓の端で、ゼノスは無表情にその光景を眺めていた。
背後の強化魔導ガラスの向こう。魔力を抑え込む重い拘束具に繋がれ、床に膝をつくリィンの姿がある。彼女はこの国を救うためにアルスと共に戦ってきた。だが今、この部屋の誰一人として、彼女の「心」を案じる者はいない。

「……皆さん、評価が低すぎる」

ゼノスが静かに口を開くと、重鎮たちの視線が集まった。
彼は手元の書類を一枚、卓の中央へ滑らせる。それは隣国エルドラから極秘裏に届いた親書だった。

「エルドラは、この娘一人と引き換えに、現在係争中の三つの肥沃な領土の譲渡、および今後五十年の不可侵条約を提示してきました。……彼らは理解しているのですよ。自国の『勇者候補』に彼女を添えれば、大陸全土を支配する絶対的な武力が完成することを。この娘は、一国と対等に交換できる『国宝』なのです」

「領土の譲渡だと……!? あのエルドラが、そこまで……」

「国宝」という言葉に、評議室の空気が変わった。
軍部も魔導院も、自分たちの利益を秤にかけ、互いの顔色を伺い始める。リィンの価値が、金貨の山や領地の境界線として計算されていく。

一方その頃、パンデリアル王都の迎賓館では、隣国エルドラの特使がワイングラスを傾けていた。

「交渉などというまどろっこしい真似は、王国内部が割れている間の暇つぶしだ。あんな宝を、無能なパンデリアルに預けておくのは資源の浪費というもの、計画通り……隙あらば、あの娘を『奪取』しろ」

特使は独り言のように命じた。

特使の背後には、全身を魔導強化された黒い鎧の騎士たちが、音もなく控えていた。彼らは外交特権を利用して入国した、エルドラの隠密部隊であった。

この王宮の誰もが、リィンを「物」として見ていた。
だが、その視線の網の目の中で、リィンだけは震える呼吸を整え、心の奥底で繋がっている「一本の糸」を必死に手繰り寄せていた。

リィンは目を閉じ、遠く、遠くから聞こえるはずの、あの「重い足音」を待つ。
たとえ世界が自分に莫大な値をつけようとも、たった一人、自分を「ただのリィン」として呼んでくれる男の声を。

「……アルス、さん……」

その小さな呟きは、権力者たちの罵声にかき消された。
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