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怪物
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「このイシュタールの件の報告書を書いたものは誰だ!?」
アツシリム皇国の宰相ミリアムは、自身の声が荒くなるのを抑える事が難しく感じていた。
中央魔法執政所からの定期報告に目を通すとその中の一枚に出鱈目な記述が羅列されていて、それが酷く彼の気分を害していた。
その酷い報告書は神聖であるべき皇国の仕事への怠慢、侮辱であるとさえ感じてしまっていたのだ。
……そんな事は許されてはいけない、然るべき処罰を下し規律を保たねばならない。
「は、それは中央魔法執政所所長ウィリアム様の報告であります」
宰相の側に立つ執政官補佐の生真面目な男が報告書のリストを確認しながら答える。
「なに……ウィリアムか」
彼とウィリアムとは昔から共に切磋琢磨したライバルであり、そしてお互いに対する尊敬が揺らいだことは今まで一度もなかった。
……彼がいい加減な報告書を出すわけがない。
それを聞いた彼は再度報告書を読み直し、自身の顔が険しくなるのを感じる。
「限界突破者とは聞いていたがあまりにも異常ではないか……」
ミリアムは誰に問うでもなく呟いた。
暗殺失敗というのは稀にある事なのでそれ自体は殊更に驚きはしないが、差し向けた暗殺者との戦闘から観測された数値に納得が行かない。
さらにその者に付加されていた各種加護の強さ多さにも。
それは単に観測の間違いではないかと考える方が妥当であると感じる。
「この数はどうなっているのだ……」
ミリアムはそこに書かれている加護の種類を再度詳細に確認した。
状態異常絶対防御・精神支配防御・即死回避+継続回復・埋伏攻撃魔法防御。
それらは複数の呪いの指輪の持つ付与効果であった。
……これでは手が出せないのではないか?
それが率直な感想であった。
暗殺の手法に関してミリアムは素人であったが、それでも軍事的専門家の視点からして異常であるとしか思えない。
「……」
宰相が難しい顔をして考え込んでしまい、補佐官は次の報告書を渡すタイミングを失っていた。
「本日夜、緊急対策会議を開く!各部へ至急通達を出せ!」
「は!他の報告書はいかが致しましょう?」
「そんなものは後回しで構わない」
「承知いたしました」
「ふぅ……」
補佐官が慌ただしく事務所を出ていくとミリアムは深く溜息をつきテーブルを指先でトントンと叩く。
酷くストレスを感じた時の彼の癖で特に意味はなかったのだが、振動に反応した魔法の小窓がテーブルの上に現れて宰相直属の影がそこに姿を見せた。
「お呼びで」
「……うむ……イシュタールの限界突破者に関してお前は何か知らないか?」
指の勢いで影を呼び出してしまい……ついでに訊いてみる事にした。
「はい、先日は奴が単独で魔人城を攻略したとの未確認情報がありました」
「それは難しいものなのか?」
「恐らくイシュタール国内では最難関であります」
「……それはお前であれば攻略可能か?」
「単独では困難でしょう」
「そうか」
影の情報を得てミリアムは確信した。
……皇国始まって以来の困難な相手であると。
……その晩……
勇者の直系の子孫で宗家である教主アラム・シュメラギを議長として緊急会議が開かれた。
大きな円卓にそれぞれの部署の代表が着席して予め配られていた資料に目を通す。
「ではこれより対策会議を始める、まず初めに……」
教主が会議の前に「神聖な誓いの祈り」をして全員がそれに従った。
「本日はお忙しいなか緊急でお集まりいただきありがとうございます」
教主の挨拶と祈りが済んでからミリアムが挨拶をして議題と要点を簡潔に述べる。
「……であり、皆様の忌憚のない感想や攻略に関する意見をお願いいたします」
「では、まず私から……もしこの数値が正確なものとすれば軍事的攻略は諦めた方が良い」
一番手に軍の統合参謀本部の統括の将軍が口を開くと周りから動揺のような溜息が漏れる。
「困難であると?」
「そうだ、軍では対応不可能と見る」
「はい、では私から……中央魔法執政所では新型の強化人間の開発をおこなっており、そのテストとして打つけるのがよろしいかと」
次に金髪の中年のウィリアムが口をやや右に吊り上げながら真面目な顔つきで話す。
ミリアムは、ウィリアムがこの顔をするときは内心ニヤニヤとしているのを知っていた。
恐らく軍事費に関する駆け引きに使えると考えているのだろう……とミリアムは感じる。
将軍の後に意見を出したのはそのためだ。
いつも将軍からは中央魔法執政所の経費について突かれているので先に計画を口にしたのだ。
「今回、最強アサシンが敗北したと聞いているが?中魔研は費用がかかりすぎているのではないか」
将軍はニヤリとして突っ込んだ。
中魔研とは、執政所を揶揄して人体実験の研究所と呼んでいるものだった。
お互い勇者の子孫の12血脈の出であるが、仲がいいとは言い難い。
将軍は「中魔研は無駄な経費ばかりかけて役に立たない、軍事費にその分の予算を回すべきだ」……と言いたいのだろう。
「お言葉ですが、軍では対応不可能と言われたではないですか?」
早速ウィルアムがやり返す。
「まぁまぁ御両人、この場では建設的なご意見をお願いいたします」
「では貴方はいかがかな?」
「私は……この者を飼い慣らすべきだと考えます」
宰相から話を振られた軍師のアッカーマンは静かに答えた。
その意見に議場はどよめく。
「何を言うかと思えば……」
「いやいや、先に暗殺失敗しているではないか……今更」
「ですがそれも一理あるのでは……」
「ご静粛に、では……」
その後も議会では、懐柔派と闘争派で紛糾してどちらの意見の賛成者も半々といったところだった。
結局これといった決め手に欠けたまま緊急会議は終わり、この件は宰相に一任されることで決まった。
「やはりこうなったか……うん」
自室に戻ったミリアムは予想通りの結末に唸る。
「ウィリアムに奴の監視の強化を依頼してみるか」
それは初めにミリアムが考えていた対策であった。
アツシリム皇国の宰相ミリアムは、自身の声が荒くなるのを抑える事が難しく感じていた。
中央魔法執政所からの定期報告に目を通すとその中の一枚に出鱈目な記述が羅列されていて、それが酷く彼の気分を害していた。
その酷い報告書は神聖であるべき皇国の仕事への怠慢、侮辱であるとさえ感じてしまっていたのだ。
……そんな事は許されてはいけない、然るべき処罰を下し規律を保たねばならない。
「は、それは中央魔法執政所所長ウィリアム様の報告であります」
宰相の側に立つ執政官補佐の生真面目な男が報告書のリストを確認しながら答える。
「なに……ウィリアムか」
彼とウィリアムとは昔から共に切磋琢磨したライバルであり、そしてお互いに対する尊敬が揺らいだことは今まで一度もなかった。
……彼がいい加減な報告書を出すわけがない。
それを聞いた彼は再度報告書を読み直し、自身の顔が険しくなるのを感じる。
「限界突破者とは聞いていたがあまりにも異常ではないか……」
ミリアムは誰に問うでもなく呟いた。
暗殺失敗というのは稀にある事なのでそれ自体は殊更に驚きはしないが、差し向けた暗殺者との戦闘から観測された数値に納得が行かない。
さらにその者に付加されていた各種加護の強さ多さにも。
それは単に観測の間違いではないかと考える方が妥当であると感じる。
「この数はどうなっているのだ……」
ミリアムはそこに書かれている加護の種類を再度詳細に確認した。
状態異常絶対防御・精神支配防御・即死回避+継続回復・埋伏攻撃魔法防御。
それらは複数の呪いの指輪の持つ付与効果であった。
……これでは手が出せないのではないか?
それが率直な感想であった。
暗殺の手法に関してミリアムは素人であったが、それでも軍事的専門家の視点からして異常であるとしか思えない。
「……」
宰相が難しい顔をして考え込んでしまい、補佐官は次の報告書を渡すタイミングを失っていた。
「本日夜、緊急対策会議を開く!各部へ至急通達を出せ!」
「は!他の報告書はいかが致しましょう?」
「そんなものは後回しで構わない」
「承知いたしました」
「ふぅ……」
補佐官が慌ただしく事務所を出ていくとミリアムは深く溜息をつきテーブルを指先でトントンと叩く。
酷くストレスを感じた時の彼の癖で特に意味はなかったのだが、振動に反応した魔法の小窓がテーブルの上に現れて宰相直属の影がそこに姿を見せた。
「お呼びで」
「……うむ……イシュタールの限界突破者に関してお前は何か知らないか?」
指の勢いで影を呼び出してしまい……ついでに訊いてみる事にした。
「はい、先日は奴が単独で魔人城を攻略したとの未確認情報がありました」
「それは難しいものなのか?」
「恐らくイシュタール国内では最難関であります」
「……それはお前であれば攻略可能か?」
「単独では困難でしょう」
「そうか」
影の情報を得てミリアムは確信した。
……皇国始まって以来の困難な相手であると。
……その晩……
勇者の直系の子孫で宗家である教主アラム・シュメラギを議長として緊急会議が開かれた。
大きな円卓にそれぞれの部署の代表が着席して予め配られていた資料に目を通す。
「ではこれより対策会議を始める、まず初めに……」
教主が会議の前に「神聖な誓いの祈り」をして全員がそれに従った。
「本日はお忙しいなか緊急でお集まりいただきありがとうございます」
教主の挨拶と祈りが済んでからミリアムが挨拶をして議題と要点を簡潔に述べる。
「……であり、皆様の忌憚のない感想や攻略に関する意見をお願いいたします」
「では、まず私から……もしこの数値が正確なものとすれば軍事的攻略は諦めた方が良い」
一番手に軍の統合参謀本部の統括の将軍が口を開くと周りから動揺のような溜息が漏れる。
「困難であると?」
「そうだ、軍では対応不可能と見る」
「はい、では私から……中央魔法執政所では新型の強化人間の開発をおこなっており、そのテストとして打つけるのがよろしいかと」
次に金髪の中年のウィリアムが口をやや右に吊り上げながら真面目な顔つきで話す。
ミリアムは、ウィリアムがこの顔をするときは内心ニヤニヤとしているのを知っていた。
恐らく軍事費に関する駆け引きに使えると考えているのだろう……とミリアムは感じる。
将軍の後に意見を出したのはそのためだ。
いつも将軍からは中央魔法執政所の経費について突かれているので先に計画を口にしたのだ。
「今回、最強アサシンが敗北したと聞いているが?中魔研は費用がかかりすぎているのではないか」
将軍はニヤリとして突っ込んだ。
中魔研とは、執政所を揶揄して人体実験の研究所と呼んでいるものだった。
お互い勇者の子孫の12血脈の出であるが、仲がいいとは言い難い。
将軍は「中魔研は無駄な経費ばかりかけて役に立たない、軍事費にその分の予算を回すべきだ」……と言いたいのだろう。
「お言葉ですが、軍では対応不可能と言われたではないですか?」
早速ウィルアムがやり返す。
「まぁまぁ御両人、この場では建設的なご意見をお願いいたします」
「では貴方はいかがかな?」
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その意見に議場はどよめく。
「何を言うかと思えば……」
「いやいや、先に暗殺失敗しているではないか……今更」
「ですがそれも一理あるのでは……」
「ご静粛に、では……」
その後も議会では、懐柔派と闘争派で紛糾してどちらの意見の賛成者も半々といったところだった。
結局これといった決め手に欠けたまま緊急会議は終わり、この件は宰相に一任されることで決まった。
「やはりこうなったか……うん」
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それは初めにミリアムが考えていた対策であった。
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