翠玉の魔女

鳥柄ささみ

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7 魔法

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「淑女」という、言われ慣れない言葉と彼の表情に胸が詰まる。不意打ちに、あの表情からのあの声にあの言葉はダメだ、私の精神衛生上よろしくない。

というか、憧れの王子様がそこにいるような錯覚に陥るだなんて、これではヴィヴィアンナと同類だ。それは嫌だ。あのワガママで身勝手な娘と同一視されるなんて、たまったもんではない。

とはいえ、急に素っ気ない態度をとってしまったのは悪手だろう、気分を害していないといいが……、って何で私はアレスのことばかり考えているのだろうか。あぁもう嫌だ、とアリアは自己嫌悪に陥る。これではイミュにも合わす顔がない。

恋に恋するお年頃、ってやつですか?貴女は乙女脳ですもんね、とか鼻で嘲笑われるに決まっている。
頭を掻き毟りたい衝動を抑えながら、庭にある畑に手を翳し、一気に紋を描くとまるで雨が降るかのように水を撒いた。

(いっそ、この中に入って頭でも冷やそうかしら)

「凄いですね!」

声につられて振り返ると、アレスが目を輝かせてこちらを見ていた。まるでその様子は子供のようだ。

「魔法って素晴らしいですね!初めて見ましたが素晴らしい」
「初めて?」
「はい。身近で魔法を使っている者がおりませんでしたので」

一体どのような原理なのでしょうか、と独りごちている彼が可愛らしい。成人男性に向けて指す言葉ではないだろうが、どこかあどけないその姿は、可愛いとしか言いようがない。

「外で魔法は使えませんが、この結界内であればいくらでも使えます。ですから、今後も見る機会はいくらでもあると思いますよ」

ほら、と光の玉を手の平に浮かせると食い入るように見つめているアレス。その様子が面白くて、先程まで悩んでたことなどどこかへ行ってしまった。

「水やりは今魔法でしちゃいましたけど、ここにジョウロがあるので普段はそれを使ってください。畑には一応それぞれ季節に合わせて植えていて、多く収穫したものはイミュに売ってきてもらって収入にしています。ところで野菜わかります?」
「ある程度は。私も寄宿舎や孤児院で野菜畑の世話をしていたこともあるので。これがハミズで、これがコンメですよね」
「そうです。では、ある程度は説明しなくても大丈夫そうですね。あと他に手がかかるものもいくつかあるので、そっちの説明もしますね」

ハウスの中も案内して果物や薬味の説明をする。温度管理や害獣害虫対策の話をするとアレスはふむふむと聞きつつ、わからないことは質問をしてくれるので、とてもやりやすかった。

きっと剣だけでなくコミュニケーション能力があり、聡明で色々と優秀なのだろう。

だから余計にヴィヴィアンナはこの騎士に執着しているに違いない。そもそも逃げる騎士を追いかけ回すなど、聞いたことがない。普通は言うことを聞かない者など、有無を言わさず殺される。

だが、彼の口ぶりと状況を考察するに、きっと彼に対し生け捕りで、なおかつあまり手荒なことはするなと指示されているに違いない。

私自身も、恐らく兵士はゴードンからそのような指示を出されているのだろうと思うと、本当に似た境遇の持ち主である。ってまた親近感を抱いてしまった。

「これ、株分けします?」
「そうね、そうしようかしら」
「じゃあいくつか鉢を用意した方がいいですね」
「えぇ、鉢はここにあるから」

魔法で光を出して場所を指示するとアレスはこんなこともできるんですね、と感心しきりだった。






「これでいいでしょうか」
「ありがとう、助かりました」

一通り作業が終わり、1人でやるには1、2日かかった行程が半日弱で終わってしまった。アレスは本当飲み込みが早くて助かる。

「疲れたでしょう。ちょっと一服してから街へ行きましょうか」
「ありがとうございます。では、お言葉に甘えて」

お茶を沸かし、イミュが手作りしてくれていた茶菓子を出して席に着く。

「魔法って学べば使えるようになりますか?」
「うーん……どうでしょうね。私は言われるがままに、教えられた通りにしたら使えた、という感じなので何とも。まぁ、でもアレスは今魔力がない状態ですからどちらにしろ厳しいかと……」
「あぁ、そういえばそうでしたね。魔力がないってどういうことなのでしょう?普通は備わっているものなのですよね?」
「そうですね、そう聞いてます。だから、大抵のものと私は反発し合うんですよ。静電気みたいなものでバチッと。アレス、ちょっと手を出していただいていいですか?」
「はい」

差し出された手の上に自分の手を重ねる。それは反発することなく、彼の体温を感じる。そして、そのまま手を握ってみても特に何も起きなかった。

「ほら」
「確かに。……手が冷たいようですが、冷えますか?」
「手を洗ったから冷えてしまったのかも。アレスの手は大きくて温かいですね。あと硬い」
「そうですね、貴女の白魚のような美しい手に比べると、剣を握るのでマメも多くなってしまって、自然と硬くなってしまいました」

じんわりと移る体温にハッとする。何、私ったらずっと手を握っているのかしら。意識してしまうと途端に恥ずかしく感じる。

やんわりと手を離すと、アレスは何事もなかったかのようにティーカップに手を移した。

「……というわけで、あとで結界に出る前に一般人と同量の魔力を移す作業をします」
「承知しました。それに対して私は何かすることはありますか?」
「いえ、特には。そこまで遠出しないので、多分お手を煩わせることはないと思います」

そう、短時間の外出であれば魔力を纏わせるだけで済むので、大したことはしない。長時間となると……と彼が口付けるティーカップをチラッと見る。

そういえば来たときは意識しなかったが、彼の治療のためとは言え魔力補充を……とアレスの唇の柔らかさを思い出して顔が熱くなる。

ダメだ、意識し過ぎている。なるべく気を逸らそう。あぁ、街へ出たら本を買わねば。買ったあとの隠し場所は……そうだ、布団の下にでも隠そう。さすがのイミュも見ないだろう、きっと。

「アリア、どうかしましたか?」
「い、いいえ。どうもしてません。そろそろお昼になりますし、せっかくですから街で食事でもしましょう。出掛ける用意をしてきますね」

できるだけ熱くなった顔を見せないように、俯きながら流しに食器を片付けると、アリアは逃げるように自室へと向かった。
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