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第十七話 二律背反

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「花琳。こっちを向け」
「やだ。自分で飲めるし」
「そういうことは自分で飲んでみてから言ってみろ」

 花琳が目を覚ましてから数日が経った。

 煎じ薬の効果は絶大で、飲んだ翌日から多少声が出せるようになるくらい喉の痛みが薄れ、それから数日後の今では普通に会話できるくらいまでになった。

 とはいえ、身体のほうがまだまだ痺れなどが残っているせいで満足に動けず、会話はできるが未だに身動きが取れない状態だった。

「だからって、毎回……口移しなのはそろそろ……」
「うん? なら、そのまま直接器から与えようか? 手元が狂って顔にぶっかけるかもしれないが」
「性格が悪い」
「そんなこと言っていいのか? 今どっちが主導権を握っているかわかっているのか?」
「ぐぬぬぬ」

 口は回るのに身体が動かせないせいでどうやっても峰葵に勝てず、悔しがる花琳。
 そんな彼女の様子がおかしいのか、峰葵は機嫌良さそうにしている。

「ほら、さっさと口を開けろ」
「雑っ! せめてもっと優しくしてよ」
「何を言ってるんだ。じゅうぶん優しくしてるだろ」
「どこが? 明龍とかに比べたら優しさの欠片もないじゃない」
「何でそこで明龍が出てくる。お前たちそういう関係だったのか?」
「バカ言わないで。ちょっとした言葉のあやでしょ」

 なぜか急に機嫌が悪くなる峰葵。
 唐突に花琳が明龍の名を出したからか、明らかに雰囲気が変わって困惑する。

(意外に仲悪いのかな)

 明龍も峰葵のことを恐れている節があるし、相性が悪いのかもしれない。
 なんて花琳が考えていると、視界いっぱいに峰葵の顔があった。

「な、何……?」
「優しくして欲しいんだろ?」

 髪を優しい手つきで梳かれる。
 そして、顎に手を添えられると上向かせられた。

「な、にしてる、の……?」
「こういうのが望みなんじゃないのか?」
「そう……じゃなく、て」

 強く言い返せない自分がいる花琳。

 覆い被さられ、宵闇が降ってきたかのような峰葵の長い髪が頬に触れてくすぐったく、彼の髪から香る香油の匂いに花琳はくらくらした。

 彼の吐息が唇にかかり、少し動いただけで唇が触れてしまいそうな距離に目が白黒する。
 あまりの近さにドキドキと胸は早鐘を打ち、あまりに大きな音で峰葵にバレないかとヒヤヒヤしながら、何か言葉を発しようとするも彼女は何も思い浮かばなかった。

「ほら、口を開けて」

 指先で唇に触れられてびくりと身体が跳ねる。
 言われるがままに口を開くと、煎じ薬を呷った峰葵の唇がゆっくりと降ってきた。

「……ん……っ、ぅ……ん」

 こくんこくん、とゆっくりと口内に流し込まれた煎じ薬を飲み込む。

(あれ?)

 思いのほか長い口づけ。
 既に煎じ薬は飲み切ったはずなのに離れない唇に、無意識で閉じていた目を見開いて峰葵を見ると、こちらをまっすぐ見つめる彼の瞳とぶつかった。
 その強い眼差しに、ドキンと一際大きく胸が高鳴る。

(何で……?)

 花琳が戸惑っていると、チュッチュっと唇を優しく食まれる。
 今までそんな口づけなどしたことがなくて固まっていると、さらに深々と口づけられた。
 だんだんと呼吸すら忘れそうになるほどの激しさに、まるで愛し合っているような錯覚に陥ってくる。

(好きが溢れてきちゃいそう。でも、このままじゃ……っ)

 気持ちが止められなくなりそうだと思ったとき、唇が離れ今度は首筋に顔を埋められる。
 強く吸われて思わず声を上げてしまった。

「……っ、んぁ……っ……!」
「っ……花琳にはまだ早かったな」

 峰葵がハッと我に返ったよう表情をしたあと、ゆっくりと身体を離す。
 慣れない行為に花琳の肌は上気し、耳まで真っ赤に染まっていた。

「何で……こんなこと……」
「花琳が優しくしろというからうんと優しくしてやったんだ。今後、相手ができたときの練習になっただろ」
「そ、れは……」

 暗にお前が望んだからしてやってやったんだと言われて、傷つく花琳。
 自分が望んだからお情けでこういう行為をされたのだと言われているような気がして、苦しくなる。

 特別な好意がないことくらいわかってはいたが、直接そう言われると表には出さないものの花琳は胸を痛めた。

(いつもこういうことを女官にしてるんだろうか)

 想像してさらに心が抉られる。

 こんなことを誰にだって平気でしてしまうくらい手慣れているのだろう。
 それくらい、自分の知らないたくさんの相手とそういう行為をしているのだと察して苦しくなっていく。

「もう、やめて」
「何が」
「もう、そうやって飲ませるのはやめて。自分で飲めるようするから」
「……そんなに嫌だったのか?」
「お願いだから、とにかくもうやめて」

 峰葵との口づけは嬉しかった。
 けど、苦しい。

 花琳の中で相反する感情がせめぎ合う。

「そうか、わかった。もうしない」
「そうして」
「器を片付けてくる」

 峰葵はそう言うと、何事もなかったかのように無表情で部屋を出て行く。
 その後ろ姿を見つめながら、花琳は小さく息をついた。

「やっぱり苦い」

 ぽつりと呟いた言葉は、自分の心の中にぽとんと落ちる。

(これでいいんだ。私は秋王なのだから。この感情は切り捨てないと)

 そう自分で自分に言い訳しながら、もうこれ以上何も考えたくないと静かに目を瞑って思考を放棄した。
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