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第三十三話 行商人

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「何やら騒がしいかと思えば、男が三人がかりで女子供を嬲ってるとは感心しないねぇ。秋波国は治安がいいと聞いてたが、案外そうでもないということかね」

(誰……?)

 意識が飛びかかる寸前、どこからともなく声が聞こえてくる。

 滲む視界で目を凝らしてよく見ると、そこには大きな荷物を背負った大柄の顔立ちがハッキリとした美丈夫が立っていた。

(あれって、もしかして女将さんが言ってた行商人の……?)

 男たちはまさか邪魔されるとは思わなかったらしい。
 それぞれ顔を見合わせて、様子を窺っているようだった。

「誰だ!?」
「オレ? オレはしがない行商人だよ。ま、誰かとは違って女子供には優しい行商人さ。だから、こういうのは見過ごせないんだよね~」

 軽薄な雰囲気を出しているが、どうやら退く気はないらしい。
 男はジリジリと不穏な気配を漂わせながら、刺客たちに近づいた。

 刺客たちは舌打ちすると、明龍と花琳を地面に叩きつけて戦闘態勢に入る。

 花琳は地面に強く身体を打ったが、解放されてえづき、ふらつきながらも明龍のところに駆け寄った。
 息があるのを確認しホッとするも、虫の息。
 花琳は自分の服を引き裂くと、止血するために傷口を強く押さえた。

「大人しく見過ごしていたら痛い目に遭わずに済んだのに。バカな男だねー」
「そりゃ、まぁ……この状況を見て『何も見てませんから、命だけはお助けを』なーんて言わないよね。ここでヤラなきゃ男が廃るってね」
「ふんっ、世迷い言を」
「首突っ込んで来たことを後悔させてやろーぜ」
「行くぞ!」

 三人がかりで男に斬りかかる。
 だが、男は背負っていた箱から勢いよく三節棍を取り出すと、男たちに向かって振り上げた。

「うぉ!?」
「何だっ」
「嘘だろっ」

 三人の男たちは三節棍でそれぞれ得物を落とす。

 まさか全員、武器を弾かれるとは思わなかったのか、彼らは一瞬呆気に取られていた。
 花琳もあまりに華麗な三節棍さばきに目を奪われる。

(凄い……)

「あっはっはっは。手練れかと思ったけどそうでもないみたいだな。これならオレが一人でもどうにかなりそうだ」
「ふざっけんな!」
「随分と舐められたもんだな」
「返り討ちにしてやる!」

(三人も相手にどうやって戦うつもりかしら、あの人)

 多勢に無勢なのに、どうするつもりなのか、と花琳は固唾を飲んで見守る。

 男は相変わらず飄々とした様子を隠しもせずに、軽薄そうな笑みを浮かべている。
 そんな男の様子に、刺客たちは苛立ちを募らせているようだった。

 刺客の三人はジリジリと男と距離を詰めると、彼らは一斉に仕掛けていく。
 だが、男は素早く身を躱して彼らの攻撃を避けると、そのまま三人に向かって何かを飛ばした。

「ぎゃあ!」
「痛っ!」
「うぐぅぅ! っ、くそ。矢だと……!?」

 いつの間にか連弩を構えている行商人の男。
 どうやら彼は三人に向かって矢を放ったらしい。
 それぞれに腹部や肩、脚に深く突き刺さり、痛そうに苦悶の表情を浮かべていた。

「戦闘が全て近距離だけとは限らないのさ。さぁ、次は外さないよ?」

 男が再び連弩を構える。
 近距離からの攻撃に、さすがに避けるすべがない男たちは冷や汗をかいていた。

「わ、悪かった! だから、どうか命だけは」
「もう何もしないっ! だから勘弁してくれぇ」
「もう手出しはしないから見逃してくれ。ほら、お前たちずらかるぞ!」

 男たちはそれぞれ矢が刺さったところを庇いながら逃げていく。

 呆気なく退散した彼らを見送っていると「やぁ、大丈夫かい?」と行商人と名乗る男が声をかけてきた。
 男は女将が言っていたように大柄で顔立ちが整った美丈夫で、茶色い髪もサッパリと短く、快活な印象であった。

「ありがとうございます、助かりました」
「いやいや、礼には及ばないよ。ところでそこの子、死にかけてるけど大丈夫かい?」
「わかりませんが、帰ってすぐに医師に見せようかと」
「うーん、ちょっと見せてご覧。あぁ、内臓までやられてるみたいだね。ちょっと痛いかもしれないが、我慢してくれよ」

 行商人の男はそう言うと傷口のある腹部に何かを巻いていく。
 途中で明龍が呻くが、「我慢我慢~。頑張れ頑張れ~」と励ましながら手早く処置していった。

「これでよし、と。とりあえず止血とかはしたから、このまま連れて行くといいけど。一人では難しいよね。手を貸そうか?」
「さすがに、そこまで世話になるわけには」

 そもそも花琳たちが帰る場所は城である。
 素性も知れない相手を連れ帰るわけにはいかないと思いつつも、確かに自分一人で致命傷を負った明龍を運ぶのは難しいと花琳は思案した。

「いいのいいの。女の子は人に頼るべきだと思うよ? そんな細腕でこの子を運ぶのは難しいでしょ」
「ひゃあっ!」

 不意に腕を掴まれて変な声を上げてしまう花琳。
 このように無遠慮に触られることなど滅多になく、しかも大きながっしりとした手に掴まれてドキリと心臓が飛び出しそうなほど驚いた。

「おぉ、悪い悪い。触られ慣れてなかった? とにかくこの子はオレが運ぶよ。どこまで行けばいい?」
「え、あの……」
「ほら、急がないとこの子危ないよ?」

(どうしよう。でも、明龍をこのままにはしておけないし)

 背に腹はかえられないと腹を括る。
 このままグズグズして明龍を見殺しにするわけにはいかなかった。

(悪い人ではなさそう。色々と気になるところはあるけど、今はそんなことを気にしてる場合じゃない)

「では、お願いします」
「よし、承知した。それで、どこへ運べばいい?」
「城にお願いします」
「はい? 城って……」
「あそこです」

 呆気に取られている行商人。
 花琳は先行して歩き出すと、彼も我に返ったのか花琳のあとを足早について行くのだった。
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