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第四十話 相思

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「夏風国の王子だと!?」
「あんまり大きな声で言わないで」
「なぜそんな男がここに出入りしているんだ」
「それは……話すと色々あるんだけど」

 要点を掻い摘んで話すと、峰葵は「はぁぁぁ」と大きく溜め息をついた。

「なぜ、いきなり同盟だなどと」
「でも、それが最善の道でしょう?」
「それは、そうだと思うが……あの男は本当に信用できるのか? 花琳が女だからって侮っているのではないか?」
「そんなことはないわよ。……多分」

 侮っているかはどうかはわからないが、それでも誠実に対応してくれているとは思っていた。
 だが、峰葵は頑なになってしまって、花琳の言葉に半信半疑のようだ。

「随分と親しげにしていたが、花琳はあの男に気があるのか?」
「別に、そういうわけじゃ……っ!」
「だが、口づけしようとしていただろ?」
「え、あ、見て……っ!?」

 指摘されて赤くなる。
 咄嗟に離れたつもりだが、見られていたらしい。
 峰葵に見られていたと知って、花琳は羞恥で今すぐここから消えたくなった。

「どうなんだ?」
「求婚はされてる……」
「はぁ!? 求婚だと!?」
「しっ! 峰葵、声が大きい!」

 慌てて花琳が口を押さえる。
 頭痛でもするのか、額を押さえて蹲る峰葵。

 花琳は彼を心配し、峰葵に合わせてしゃがんで顔を覗き込んだ。

「大丈夫? 具合でも悪いの?」
「ちゃんと断ったんだろうな?」
「え?」
「求婚。花琳はちゃんと断ったんだよな?」
「それは……その……」

 視線を泳がせていると、腕を掴まれて押し倒される。
 突然のことに目を白黒させていると、上から覆い被された。

「認めないぞ」
「え?」
「あの男との婚姻など絶対に認めない」
「でも、そうは言っても……国のためを考えたら、彼と一緒になったほうが……」
「ダメだ。あんな軟派そうな男……花琳が酷い目にあうだけだぞ?」
「でも、私のことを気に入ってくれてるみたいだし。可愛いとか、美人だってよく褒めてくれるし、何度も好きだって……っん」

 唇が重なる。
 驚いて峰葵の身体を押しのけようとしたが、びくともせずにそのまま何度も角度を変えて口づけられた。

「峰葵、何して……んぅ……っ、やだ……っ」
「あんな男に……他の男にお前を取られてたまるか」
「何を、言って……っは、……む……んぅ……」
「花琳が好きだ」
「は? え、ん……む、え、ちょ、待っ……んぅ」
「俺のほうがずっと前から好きだった。それなのに、なぜ花琳は……っ」

 やっと口づけが治ったかと思えば、ぎゅうううと強く抱き締められる。
 苦しいくらいに抱き締められ、苦しいと口を開くと再び唇を重ねられてしまった。

「……っ、ん……峰、葵……とりあえず、落ち着いて」
「嫌だ」
「とにかく離して」
「離したらどこかへ行くだろう」
「どこにも行かないから」

 諭すように峰葵に言うと、渋々といった様子で離してくれる。
 花琳はどうにか峰葵の腕から逃げ出そうと這いずると、また上から覆い被さられて「どこに行くんだ?」と囁かれた。

「もうっ、どこにも行かないって言ってるでしょ! このままじゃ話もまともにできない!」
「俺は怒ってるんだぞ?」
「知らないわよ、そんなの。とにかく、このままじゃまともに話せないから一旦ちゃんと座らせて!!」

 こんな姿、良蘭に見られたらどうなるかと思いながらどうにか身体を起こす。

 けれど、また峰葵に座ったまま抱き締められてしまった。

「離してってば」
「嫌だ。座ってるんだからこれでいいだろ」
「はいはい。しょうがないから、これでいいわよ」

 不服だが仕方ないと諦める。
 なぜか以前のように駄々っ子のようになってしまった峰葵。
 離れようとしても嫌々としてしまって、花琳は大人しくされるがままになる。

「それで、どういうことなの?」
「どういうこととは?」
「峰葵が私を好きって……兄さまの妹としてじゃないの?」
「何となく認識の齟齬があると思っていたが、どうしてこういうときだけ斜め上の解釈をするんだ」

 呆れたような言葉のあと、峰葵に向かい合うように座らされる。
 そして、両手で頬を押さえられると「花琳が好きだ」と改めて告げられた。

「余暉の妹だからとか秋王だとかそういうのは関係なく、花琳という女が好きだ。理解できたか?」
「う、うん」
「はぁ、前にも国よりも何よりもお前が一番大事だと言ったのに、ちゃんと理解してなかったとは」

 やれやれと言った様子で溜め息をつく峰葵。
 そんな彼の様子に花琳はムッとした。

「そんな風に言われたってわかるわけないじゃない」
「普通はわかるんだ。それに、好いてる女にだからこうして口づけたり抱き締めたりしてるんだろ。ちゃんと気づけ」
「そんな、無茶苦茶な。そもそも、昔から女官食い散らかしたり後宮でもモテモテだったりしてるって聞いてたし」
「誰からそんなこと聞いたんだ。今の今まで誰も食った覚えはない。やけにいつも突っかかってくると思ったら、そんなほら話に振り回されてたのか」
「だって……」

 恋愛経験が皆無な花琳にわかれというのが無理である。

 正直、まだ今でもこれが本当なのかと疑っている状態だ。

「花琳はどうなんだ? 俺のことが好きなんだろう?」
「何よ、その自意識過剰な発言は」
「そうは言っても昔から俺のこと好きだったじゃないか」
「う」

 図星だから言い返せない花琳。
 まさか恋心を本人に知られてるとは思わず、押し黙った。

「他の男に目移りなど許さない」
「峰葵が決めることじゃ……」
「俺が決める」
「強引すぎるでしょ」
「知らなかったか? 俺はワガママなんだ」

 まっすぐ見つめられて何も言えない。
 何が何だかよくわからないままなのに、それでも嬉しく思っている自分がいた。

「だから先方には断れよ。同盟は組むが婚姻は却下だ。あんなヤツと婚姻するくらいなら俺としろ」

 思いがけない求婚に、花琳は目を見開く。

「そんな、でも……」
「でもでもだってでもない。花琳が秋王として頑張るというから水を差さないようにしていたが、花琳が俺と結婚したいと言ってくれるなら、法律でもなんでもいくらでも変えてやる」
「え、でも、雪梅さまはいいの? というか、世継ぎだって、もうすぐできるんじゃないの?」
「何を言ってるんだ、できるわけがないだろう」
「え? そんな、だって峰葵は毎日通ってるし、雪梅さまが……」

 会うたびに何度も何度も情熱的な夜を過ごして、すぐにでも子供を授かると耳にタコができるほど聞いた。
 それなのに、できるわけがないという峰葵の言葉に理解できなくて眉間に皺を寄せる。

「あー……とにかく、そういう心配はない。だから、花琳は何も気にする必要はない」

(私があれだけ悩んでたのはなんだったの……)

 苦しくて切なくて嫉妬していたのに、今までのあれはなんだったのかと頭が痛くなる。
 どちらかが嘘をついているのだろうが、それならば花琳は信じるなら峰葵を信じようと思った。

「もっと早く言ってよ」
「ヤキモキしてる花琳が可愛くてな。それに、もっと早く音を上げて俺に告白してくるかと思いきや、思いのほか花琳が我慢強くて驚いた」
「信じられない」

 不貞腐れるように唇を尖らせるとその口に口づけられる。
 そのまま受け入れるように深く唇を重ねたところで視線を感じて視線をそちらに向けると、良蘭と目が合った。

「!?」
「あ、バレちゃいました? やっとお二人がくっついたようで何よりです」
「良蘭!!!!」

 花琳は羞恥心で、今すぐ気を失いたくなった。
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