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6章【外交編・ブライエ国】

29 煙幕

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「おや、これは予想外でしたね」
「どういうこと?どうなってるの?」

壁の周辺から路地裏を抜けてメインストリートに出ると、そこにはモットー兵がずらっと並んでいた。そして、その近くには子供達。

バッとギルデルを見るも肩を竦ませるだけ。表情からは読めないが、なんとなく罠とかではなく単純にギルデル含めてハメられてしまったようだった。

「〈やはり裏切っていたか、ギルデル殿〉」
「〈何のことです?〉」
「〈惚けるな!そこの2人はブライエ国の者だろう!!〉」

モットー兵が私達に向かって切先を向ける。あからさま敵意に思わず身構えると、相手も呼応するように一斉に剣や槍を構えた。

「〈おやおや、彼女はブライエ国の使いでありながら前国王の使者ですよ?それに刃を向けていいのですか?〉」
「〈前国王陛下、だと……?バカなことを言うな!前国王陛下は国家叛逆罪によっての死罪だ!それに、我々は現国王の配下。いかなる理由があろうとも背くことはできない!〉」
「〈我が身……可愛さに、ですよねぇ。国家への忠誠心などはどこへやら、ですか?〉」
「〈煩い、黙れ!モットー国は前国王と共に死んだのだ!我々はただこの国で生きるしかない!!〉」

(なるほど、そういうことね)

つまり、彼らは己自身の意思ではなく、ローグの命だから従っているということだろう。指示をするのは師匠の目指す国だが、今は従わなければ待っているのは死のみ。それはまるで帝国のように。

従わぬ者は切り捨てる国。ローグはモットーを第二の帝国として在りさせたかったのだろうか。

(そんなのただの傲慢だ)

国は王の所有物ではない。民を導き、国を栄えさせるのが王である。王の独断で、民を苦しめて栄えようとするなど言語道断だ。

「これが、モットー国の民の言葉です」
「元々私をけしかけるつもりだったのね」
「それはご想像にお任せします」

ギルデルはニッコリと微笑む。彼は理解しているのだろう、私の考えが。私の生い立ち、人との縁、私の性格など全てを総合して私という人物を把握しているに違いない。

だからこそ、今彼らの言葉を引き出した。私の覚悟をさせるために。この国を変える必要があることを示すために。

「〈何をごちゃごちゃと話している!〉」
「リーシェ、このままだと一気に来るぞ」
「わかってます。ですから、ここは一気に切り抜けます!目と鼻にお気をつけください!」

ぼふん、と煙幕を地面に叩きつける。事前に用意したそれは、改良に改良を重ねたもののため、視界を悪くするだけでなく刺激臭や催涙成分を入れているため、無防備な状態でもろに食らうと動けなくなる代物であった。

「〈げほっごほっ、な、なんなんだ!?〉」
「〈うがぁぁぁ、目、目がぁあああぁあぁああああ!!〉」
「〈うぅうううう、鼻がぁあああ、ううぅうう〉」

まさに阿鼻叫喚な状態で、その隙に彼らの間をする抜けて大通りのほうに向かい、煙幕が届かないところまで注意しつつやってくる。

「大丈夫でした?」
「……っぐふ……っごほっ、また、随分と凄まじい、ものを……」

思いのほか効力がありすぎたようで、クエリーシェルも少々咽せてしまっていた。その隣のギルデルはいつものように涼やかな顔をしてるかと思いきや、ちょっと涙目になっている。

「すみません、威力の調整が必要ですね」
「そもそも、何が、入っ……てたんだ」
「えーっと、粉塵に、スパイス、発酵した食品と硫黄に、それから動物の糞尿と……」
「もういい。よくもまぁそれを隠し持っていたな」
「少々臭い漏れはしてましたが、どうにか。でも改善が必要ですね」
「その危険なものをまた作る気か」
「え、まぁ……失敗は成功のもとと言いますし」
「貴方達、そんなことよりも行かないんですか?」

ギルデルに指摘されてハッと我に返る。こんなところで話してる場合ではなかったと、辺りを見回した。

先程の兵達の悲鳴が聞こえたのか、遠くから増援らしき声も聞こえて慌てて物陰に姿を隠す。

「とりあえず、先に進みましょうか」
「だが、どこから?」
「上からはどうです?」

そう言って上を指差す。建物の高さはそれなりにあるものの、よじ登って上がってしまえば死角となって目につきにくそうだった。

「上、ですか」
「上だと問題が?」
「いえ、ただ単に面倒だな、と」

そう言ってちょっと眉を顰めるギルデル。なるほど、あまり体力のほうは期待できないのかもしれない。

「とりあえず行きます」

そう言って、よっ、よっ、と手をかけ足をかけて登っていく。それに続くようにクエリーシェルも上がり、ギルデルも渋々ながら必死な様子で上がってくるのをサポートしつつ、屋上へと上がるのだった。
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