婚約破棄されたので隣国で働きます ~追放侯爵令嬢、才覚だけで王妃候補に成り上がる~

鷹 綾

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第29話 優秀であることの、代償

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第29話 優秀であることの、代償

 評価指針が運用されてから、半月。

 数字は、正直だった。

 

「……上位評価者、偏ってきましたね」

 補佐官が、集計表を見ながら言う。

「ええ。予想通りですわ」

 ルビー・エルヴェールは、淡々と答えた。

 

 同じ名前が、何度も並んでいる。
 判断の質が高く、記録も丁寧。
 結果の検証も怠らない。

 

 ――優秀な者たち。

 

(そして)

 

 彼女は、表の下段を見る。

 名前の少ない欄。
 評価が伸びない者たち。

 

(差が、可視化されました)

 

 午後、地方行政局から非公式な相談が入った。

「顧問殿……少し、困ったことが起きています」

「どうしました?」

 

「上位評価の官僚に、業務が集中し始めました」

 

 ルビーは、静かに目を伏せた。

(来ましたわね)

 

「“あの人に任せれば安心だ”
 “どうせ評価されるのだから”」

 

 そうして、仕事が集まる。
 評価が上がる者ほど、忙しくなる。

 

「その結果、疲弊が見え始めています」 「下位評価者は?」

「……仕事が減り、学ぶ機会も減っています」

 

 沈黙。

 

 これは、制度の歪みだ。
 だが、避けられない歪みでもある。

 

(優秀であることが、罰になる)

 

 夕刻、ルビーはレオニードのもとを訪れた。

「評価制度に、調整が必要です」 「どんな?」

 

「“仕事量の分配”です」

 

「評価が高い者に、
 教育・監督の役割を正式に与えます」

 

「業務を丸投げするのではなく、
 育てる側に回してもらう」

 

 レオニードは、腕を組む。

「反発が出るな」 「承知していますわ」

 

「優秀な者ほど、“自分でやった方が早い”と思いがちですから」

 

 だが。

 

「だからこそ、役割として定義する必要があります」

 

「教えることも、評価対象に?」 「ええ」

 

「他者の判断をレビューし、
 改善点を示し、
 責任を分かち合う」

 

「それができる者こそ、
 次の段階へ進む資格があります」

 

 数日後。

 新たな補足通達が出された。

> ・上位評価者には、指導・レビュー義務を付与
・教育活動も評価対象とする
・業務集中が見られる場合、再配分を行う



 

 反応は、激しかった。

 

「なぜ、優秀なのに負担が増える?」 「教える時間なんてない」

 

 一方で。

 

「助言をもらえるなら、助かる」 「一人で抱えなくていいのか」

 

 声は、割れた。

 

 その夜。

 ルビーは、一人の報告書を読んでいた。

 上位評価者の一人が提出した、率直な意見書。

> 『正直に言えば、
評価されることが、少し怖くなりました。
ですが、
誰かが同じ場所で悩むなら、
手を伸ばす役目も必要なのだと思います』



 

 ルビーは、静かに息を吐いた。

(それでいいのですわ)

 

 優秀であることは、
 特権ではない。

 

 責任が増えるということ。

 

 そして――
 それを引き受ける覚悟がある者だけが、
 本当に“上”へ行ける。

 

 窓の外、王宮の灯りが瞬いている。

 制度は、
 人を選別するためではなく、
 人をつなぐためにある。

 

 ルビー・エルヴェールは、
 その境界線を、静かに、しかし確実に引いていた。

 次に待つのは――
 “組織そのもの”との対話だ。
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