婚約破棄されたので隣国で働きます ~追放侯爵令嬢、才覚だけで王妃候補に成り上がる~

鷹 綾

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第32話 光の当たる場所へ

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第32話 光の当たる場所へ

 王宮に回覧された文書から、三日。

 混乱は――起きなかった。

 少なくとも、想定していたほどには。

 

「……意外ですね」

 補佐官が、小声で言う。

「もっと反発が出るかと」 「ええ」

 ルビー・エルヴェールは、報告一覧から目を離さずに答えた。

「ですが、人は“知らされないこと”よりも、“知らされること”に安心します」

 

 実際、寄せられてきた意見書の多くは、攻撃的なものではなかった。

 疑問。
 不安。
 確認。

 

(怒りではなく、質問)

 

 それは、大きな違いだ。

 

 午後、意見募集に応じた小規模会合が開かれた。

「正直に言っていいでしょうか」

 中堅官僚が、手を挙げる。

「改革そのものより、“次に何が来るか分からない”ことが怖かった」

 

 別の者も頷く。

「評価されるのはありがたい」 「でも、いつ切り捨てられるのかと……」

 

 ルビーは、遮らずに聞いた。

 そして、ゆっくりと口を開く。

「切り捨てるつもりはありません」

 

 会場が静まる。

 

「ですが、育て直す覚悟は求めます」

 

 視線が集まる。

 

「学ぶことを拒むなら、
 役割が変わる可能性はあります」

 

「それは、“排除”ではありません」

 

「配置換えです」

 

 沈黙。

 

「組織には、様々な役割があります」

「判断が得意な人」 「支えるのが得意な人」 「現場を回すのが得意な人」

 

「全員が、同じ場所に立つ必要はありません」

 

 誰かが、小さく息を吐いた。

 

「……それを、最初に聞きたかった」

 

 その言葉は、重かった。

 

 夜。

 ルビーは、マクシミリアンと並んで廊下を歩いていた。

「君は、敵を作らなかったな」 「いいえ」

 

 彼女は、少しだけ微笑む。

「敵を、話し相手に変えただけですわ」

 

「それは、簡単なことじゃない」 「ええ」

 

「でも、敵を黙らせるより、
 声を出させる方が、よほど難しくて、価値があります」

 

 翌日。

 王宮内に、もう一つの通達が出された。

> 『制度改正に関する定期説明会を設ける』
・参加は任意
・質問は匿名可
・議事録は全体共有



 

 ざわめきが起きる。

「匿名?」 「そこまでやるのか」

 

 だが、申し込みは予想以上に多かった。

 

(光は、人を集めます)

 

 ルビーは、静かに思う。

(そして――)

 

(光の中では、
 嘘も、操作も、続かない)

 

 その夜、王太子レオニードが言った。

「君は、戦い方を変えたな」 「はい」

 

「剣ではなく、
 灯りを持ちました」

 

 彼は、少しだけ苦笑する。

「だが、灯りは目立つ」 「承知していますわ」

 

「影にいた者は、
 いずれ姿を現す」

 

 ルビーは、窓の外を見た。

 王宮の灯りが、街へと広がっている。

(それでいいのです)

 

 敵が見えないまま怯えるより、
 見える場所で対峙する方が、ずっと健全だ。

 

 ルビー・エルヴェールは、静かに息を吸った。

 改革は、もはや制度の話ではない。

 信頼を、取り戻す物語へと変わっていた。

 

 そして次に問われるのは――
 その信頼を、
 誰が、どこまで受け止める覚悟があるのか。

 王宮の中心で、
 本当の試練が、ゆっくりと形を取り始めていた。
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