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第40話 残されたもの
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第40話 残されたもの
朝の王宮は、いつもと同じだった。
鐘の音。
回廊を行き交う官僚たち。
静かに進む日常。
ただ一つ――
ルビー・エルヴェールの執務室だけが、違っていた。
机の上に置かれた一通の文書。
昨夜、日付だけを書き入れた辞任届。
(……今日ですわね)
彼女は、迷いなく署名した。
午前。
王太子レオニードに、正式な辞意が伝えられた。
「やはり、この日が来たか」 「はい」
「理由は?」 「もう、私が前に立つ必要がないからです」
レオニードは、しばらく黙っていた。
「引き留めたい、と言ったら?」 「光栄ですわ」
「ですが――」
ルビーは、穏やかに首を振る。
「それは、制度を信じていないという意味になります」
彼は、苦く笑った。
「……手厳しいな」 「正直なだけです」
王太子は、深く息を吐き、
そして、静かに頷いた。
「分かった。受理しよう」
「君が築いたものは、
我々が引き継ぐ」
午後。
公式発表は、簡潔だった。
> 『王宮顧問ルビー・エルヴェールは、
制度改革の一区切りをもって、
本日付で職を退く』
理由の説明は、ない。
賛辞も、長い演説もない。
それで、十分だった。
王宮内には、さざ波が広がる。
「本当に辞めたのか」 「逃げたわけじゃないよな?」 「……あの人らしいな」
制度は、止まらなかった。
会議は開かれ、
判断は下され、
異議は記録される。
誰かの名前を、
特別に呼ぶことなく。
夕方。
ルビーは、最後に王宮の庭園を歩いていた。
もう、護衛も補佐官もいない。
(静かですわね)
だが、その静けさは、
空白ではなかった。
彼女が手放した場所には、
誰かの判断があり、
誰かの責任があり、
誰かの覚悟がある。
それが、何よりの証拠だった。
門の前で、
一人の若い官僚が声をかける。
「顧問殿……いえ、ルビー様」
「ありがとうございました」 「何に、ですか?」
「“考えていい”と言ってくれたことです」
ルビーは、少し驚いた顔をし、
そして、柔らかく微笑んだ。
「それなら――」
「もう、私の役目ではありませんわね」
彼女は、振り返らずに門をくぐった。
翌日。
王宮では、新たな判断が下された。
小さな修正。
地味な改善。
誰かの英雄譚ではない。
だが――
制度は、生きていた。
そして、人々はいつか忘れるだろう。
誰が始めたのか。
誰が去ったのか。
だが、忘れないものがある。
迷った時に、
立ち止まって考える癖。
判断の理由を、
言葉に残す習慣。
責任を、
一人に押し付けない空気。
それらは、
誰かの名前を必要としない。
――それでいい。
ルビー・エルヴェールは、
王都を離れる馬車の中で、
静かに目を閉じた。
改革は、終わった。
だが――
物語は、続いていく。
名もなき判断の積み重ねとして。
それこそが、
彼女が残した、
本当の成果だった。
朝の王宮は、いつもと同じだった。
鐘の音。
回廊を行き交う官僚たち。
静かに進む日常。
ただ一つ――
ルビー・エルヴェールの執務室だけが、違っていた。
机の上に置かれた一通の文書。
昨夜、日付だけを書き入れた辞任届。
(……今日ですわね)
彼女は、迷いなく署名した。
午前。
王太子レオニードに、正式な辞意が伝えられた。
「やはり、この日が来たか」 「はい」
「理由は?」 「もう、私が前に立つ必要がないからです」
レオニードは、しばらく黙っていた。
「引き留めたい、と言ったら?」 「光栄ですわ」
「ですが――」
ルビーは、穏やかに首を振る。
「それは、制度を信じていないという意味になります」
彼は、苦く笑った。
「……手厳しいな」 「正直なだけです」
王太子は、深く息を吐き、
そして、静かに頷いた。
「分かった。受理しよう」
「君が築いたものは、
我々が引き継ぐ」
午後。
公式発表は、簡潔だった。
> 『王宮顧問ルビー・エルヴェールは、
制度改革の一区切りをもって、
本日付で職を退く』
理由の説明は、ない。
賛辞も、長い演説もない。
それで、十分だった。
王宮内には、さざ波が広がる。
「本当に辞めたのか」 「逃げたわけじゃないよな?」 「……あの人らしいな」
制度は、止まらなかった。
会議は開かれ、
判断は下され、
異議は記録される。
誰かの名前を、
特別に呼ぶことなく。
夕方。
ルビーは、最後に王宮の庭園を歩いていた。
もう、護衛も補佐官もいない。
(静かですわね)
だが、その静けさは、
空白ではなかった。
彼女が手放した場所には、
誰かの判断があり、
誰かの責任があり、
誰かの覚悟がある。
それが、何よりの証拠だった。
門の前で、
一人の若い官僚が声をかける。
「顧問殿……いえ、ルビー様」
「ありがとうございました」 「何に、ですか?」
「“考えていい”と言ってくれたことです」
ルビーは、少し驚いた顔をし、
そして、柔らかく微笑んだ。
「それなら――」
「もう、私の役目ではありませんわね」
彼女は、振り返らずに門をくぐった。
翌日。
王宮では、新たな判断が下された。
小さな修正。
地味な改善。
誰かの英雄譚ではない。
だが――
制度は、生きていた。
そして、人々はいつか忘れるだろう。
誰が始めたのか。
誰が去ったのか。
だが、忘れないものがある。
迷った時に、
立ち止まって考える癖。
判断の理由を、
言葉に残す習慣。
責任を、
一人に押し付けない空気。
それらは、
誰かの名前を必要としない。
――それでいい。
ルビー・エルヴェールは、
王都を離れる馬車の中で、
静かに目を閉じた。
改革は、終わった。
だが――
物語は、続いていく。
名もなき判断の積み重ねとして。
それこそが、
彼女が残した、
本当の成果だった。
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