満場一致で削除されましたが、世界は問題なく回っております』

鷹 綾

文字の大きさ
36 / 40

第三十六話 残された現実

しおりを挟む
第三十六話 残された現実

 初夏の風が、辺境の丘を渡っていく。

 草は青く、川は澄み、空は高い。

 王都からの報告は、すでに特別な意味を持たなくなっていた。

 ――王都、税制改正案可決。
 ――新王太子、教会との共同事業発足。
 ――貴族全会、次期長期計画を承認。

 どれも問題なく、波も立たない。

 アルベルトはその書状を一読し、静かに閉じた。

「……順調だな」

 辺境伯は頷く。

「王都は安定しております」

 かつてその中心に立っていた自分が、いまはただの“外部の読者”になっている。

 だがその事実に、もはや激しい感情は湧かない。

 昼。

 辺境の新しい街道が完成する。

 荷馬車が初めて通り、村人たちが拍手を送る。

 派手さはない。

 だが生活は確実に良くなる。

 アルベルトはその様子を見つめながら、初めて実感する。

 王太子という座を失った。

 だが、役割は失っていない。

 夜。

 夢は、ほとんど現れなくなった。

 広間も、円卓も、白い衣も。

 血の影も。

 ただ、遠くで鐘が鳴る音だけが残る。

 それは議決の音か、終幕の音か。

 わからないまま、目が覚める。

 汗はない。

 恐怖も薄い。

 リュシエラが静かに灯りを落とす。

「王都の夢は」

「……見なかった」

 彼女は微笑む。

「良いことです」

「いや」

 アルベルトはゆっくりと首を振る。

「夢が消えたのではない。意味が消えた」

 王都はもう、自分を中心に回らない。

 隣国も、自分を前提にしない。

 彼が恐れていたのは、偽聖女の狂気でも、噂でもない。

 “自分が不要であるという事実”。

 それを、ようやく受け入れた。

 隣国。

 エリシアは第二港湾都市の運用報告を受けていた。

「王都との協定は長期安定に入りました」

「新王太子は堅実です」

 彼女は頷く。

「それで十分です」

 婚約破棄は過去。

 因果応報は、感情ではなく構造で完了している。

 辺境の夜。

 アルベルトは丘の上に立つ。

 遠くに小さな灯が点在する。

 それは自分の領地の灯だ。

 王都の輝きとは比べものにならない。

 だが確実に存在する。

 彼は理解している。

 自分のざまあは、破滅ではない。

 “縮小”だ。

 中心から外れ、規模が小さくなり、影響が限定される。

 だが、その中で生きる。

 断罪はなかった。

 処刑もなかった。

 血もなかった。

 ただ、役割が変わった。

 リュシエラが背後に立つ。

「寒うございます」

「……いいや」

 彼は微かに笑う。

「ここは、現実だ」

 王都は安定している。

 隣国は発展している。

 彼は辺境にいる。

 それだけのこと。

 そして初めて、悪夢ではなく、目の前の風景を見つめていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

今さら救いの手とかいらないのですが……

カレイ
恋愛
 侯爵令嬢オデットは学園の嫌われ者である。  それもこれも、子爵令嬢シェリーシアに罪をなすりつけられ、公衆の面前で婚約破棄を突きつけられたせい。  オデットは信じてくれる友人のお陰で、揶揄されながらもそれなりに楽しい生活を送っていたが…… 「そろそろ許してあげても良いですっ」 「あ、結構です」  伸ばされた手をオデットは払い除ける。  許さなくて良いので金輪際関わってこないで下さいと付け加えて。  ※全19話の短編です。

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

心の傷は癒えるもの?ええ。簡単に。

しゃーりん
恋愛
侯爵令嬢セラヴィは婚約者のトレッドから婚約を解消してほしいと言われた。 理由は他の女性を好きになってしまったから。 10年も婚約してきたのに、セラヴィよりもその女性を選ぶという。 意志の固いトレッドを見て、婚約解消を認めた。 ちょうど長期休暇に入ったことで学園でトレッドと顔を合わせずに済み、休暇明けまでに失恋の傷を癒しておくべきだと考えた友人ミンディーナが領地に誘ってくれた。 セラヴィと同じく婚約を解消した経験があるミンディーナの兄ライガーに話を聞いてもらっているうちに段々と心の傷は癒えていったというお話です。

どうも、死んだはずの悪役令嬢です。

西藤島 みや
ファンタジー
ある夏の夜。公爵令嬢のアシュレイは王宮殿の舞踏会で、婚約者のルディ皇子にいつも通り罵声を浴びせられていた。 皇子の罵声のせいで、男にだらしなく浪費家と思われて王宮殿の使用人どころか通っている学園でも遠巻きにされているアシュレイ。 アシュレイの誕生日だというのに、エスコートすら放棄して、皇子づきのメイドのミュシャに気を遣うよう求めてくる皇子と取り巻き達に、呆れるばかり。 「幼馴染みだかなんだかしらないけれど、もう限界だわ。あの人達に罰があたればいいのに」 こっそり呟いた瞬間、 《願いを聞き届けてあげるよ!》 何故か全くの別人になってしまっていたアシュレイ。目の前で、アシュレイが倒れて意識不明になるのを見ることになる。 「よくも、義妹にこんなことを!皇子、婚約はなかったことにしてもらいます!」 義父と義兄はアシュレイが状況を理解する前に、アシュレイの体を持ち去ってしまう。 今までミュシャを崇めてアシュレイを冷遇してきた取り巻き達は、次々と不幸に巻き込まれてゆき…ついには、ミュシャや皇子まで… ひたすら一人づつざまあされていくのを、呆然と見守ることになってしまった公爵令嬢と、怒り心頭の義父と義兄の物語。 はたしてアシュレイは元に戻れるのか? 剣と魔法と妖精の住む世界の、まあまあよくあるざまあメインの物語です。 ざまあが書きたかった。それだけです。

公爵令嬢アナスタシアの華麗なる鉄槌

招杜羅147
ファンタジー
「婚約は破棄だ!」 毒殺容疑の冤罪で、婚約者の手によって投獄された公爵令嬢・アナスタシア。 彼女は獄中死し、それによって3年前に巻き戻る。 そして…。

覚悟はありますか?

翔王(とわ)
恋愛
私は王太子の婚約者として10年以上すぎ、王太子妃教育も終わり、学園卒業後に結婚し王妃教育が始まる間近に1人の令嬢が発した言葉で王族貴族社会が荒れた……。 「あたし、王太子妃になりたいんですぅ。」 ご都合主義な創作作品です。 異世界版ギャル風な感じの話し方も混じりますのでご了承ください。 恋愛カテゴリーにしてますが、恋愛要素は薄めです。

婚約者が妹と結婚したいと言ってきたので、私は身を引こうと決めました

日下奈緒
恋愛
アーリンは皇太子・クリフと婚約をし幸せな生活をしていた。 だがある日、クリフが妹のセシリーと結婚したいと言ってきた。 もしかして、婚約破棄⁉

『外見しか見なかったあなたへ。私はもう、選ぶ側です』

鷹 綾
恋愛
「お前のようなガキは嫌いだ」 幼く見える容姿を理由に、婚約者ライオネルから一方的に婚約を破棄された 公爵令嬢シルフィーネ・エルフィンベルク。 その夜、嫉妬に狂った伯爵令嬢に突き落とされ、 彼女は一年もの間、意識不明の重体に陥る――。 目を覚ました彼女は、大人びた美貌を手に入れていた。 だが、中身は何ひとつ変わっていない。 にもかかわらず、 かつて彼女を「幼すぎる」と切り捨てた元婚約者は態度を一変させ、 「やり直したい」とすり寄ってくる。 「見かけが変わっても、中身は同じです。 それでもあなたは、私の外見しか見ていなかったのですね?」 静かにそう告げ、シルフィーネは過去を見限る。 やがて彼女に興味を示したのは、 隣国ノルディアの王太子エドワルド。 彼が見ていたのは、美貌ではなく―― 対話し、考え、異論を述べる彼女の“在り方”だった。 これは、 外見で価値を決められた令嬢が、 「選ばれる人生」をやめ、 自分の意思で未来を選び直す物語。 静かなざまぁと、 対等な関係から始まる大人の恋。 そして―― 自分の人生を、自分の言葉で生きるための物語。 ---

処理中です...