婚約破棄された令嬢は、もう誰の答えも借りません

鷹 綾

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第13話 静かに広がる評価という波紋

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 隣国での仕事が、本格的に回り始めていた。

 迎賓館の一角に設けられた私の執務室には、以前よりも明らかに書類が増えている。
 商会の経営改善案、地方都市の税収報告、輸送網の見直しに関する試算。

 どれも、急を要するものばかりではない。
 だが、どれも放置すれば、いずれ問題になる案件だった。

 私は机に向かい、静かに書類を整理する。

(……不思議ですわね)

 王国では、こうした小さな歪みを見つけ、修正することは「地味な仕事」として軽視されていた。
 成果が派手でない以上、評価に値しないと。

 けれど、ここでは違う。

「エリシア様、こちらの件ですが」

 担当官が、遠慮がちに声をかけてくる。

「はい、今見ています」

 私は顔を上げ、にこやかに応じた。

 彼らの態度には、以前にはなかったものがある。
 敬意。
 それも、肩書きではなく、仕事そのものに対する。

 その日の午前中、私は地方都市の輸送網に関する打ち合わせに呼ばれていた。

 港湾都市から内陸部へ物資を運ぶ街道。
 老朽化した中継地点と、非効率な人員配置が問題になっている。

「修繕には、多額の予算が必要になります」

「すべてを一度に直すのは、現実的ではありません」

 担当者たちの意見は、どれも正しい。
 だが、どこかで話が止まっている。

 私は、資料に目を通しながら、静かに口を開いた。

「中継地点の機能を、すべて維持する必要はありません」

 室内が、しんと静まる。

「老朽化が激しい二か所は、統合しても問題ありませんわ。
 その代わり、残る地点の設備を重点的に整えます」

「……輸送距離が伸びますが」

「ええ。ですが、荷の積み替え回数が減ります。
 結果的に、時間も人手も削減できます」

 私は、簡単な図を描いて説明した。

 輸送は、点ではなく線で考えるべきだ。
 その考え方は、ここでも新鮮だったらしい。

「……なるほど」

 誰かが、思わずそう漏らす。

 その場で結論は出なかったが、議論は明らかに前へ進んだ。

 午後、カイルが執務室を訪れた。

「最近、あなたの名前が、各部署で話題になっています」

「そうですか」

 私は、驚いた様子を見せなかった。

「良い意味で、です。
 問題を大きくせず、早めに摘み取る、と」

 カイルは、少し困ったように笑う。

「実は、それが一番難しい」

「評価されにくい仕事でもあります」

「ええ。
 だからこそ、あなたの存在は貴重です」

 その言葉に、胸の奥が静かに熱を帯びる。

 王国では、一度も言われたことのない評価だった。

 同じ頃、王宮では、また一つ不穏な報告が上がっていた。

「地方都市で、物流の停滞が起きています」

「税収の見込みが下方修正されました」

 王太子レオナルトは、報告書を受け取りながら、表情を曇らせる。

「……またか」

 問題は、個別に見れば小さい。
 だが、重なれば、確実に国を圧迫する。

 以前なら、こうした兆候は、早い段階で修正されていた。
 誰かが、表に出る前に。

 彼の脳裏に、またしても浮かぶ名前があった。

「……エリシア」

 口に出した瞬間、その名が、ひどく遠いものに感じられた。

 その夜、私は迎賓館の庭を散歩していた。

 涼しい風が、木々を揺らす。
 足音だけが、静かな道に響く。

 ここでは、私はまだ正式な役職を持たない。
 それでも、仕事は確実に増え、評価も広がっている。

 それは、誇らしいというより、自然な感覚だった。

(……これで、いい)

 無理に目立たなくていい。
 無理に前へ出なくていい。

 必要な場所で、必要な仕事をする。
 その積み重ねが、静かに波紋のように広がっていく。

 王宮では、派手な奇跡が失われ、混乱が表に出始めている。
 けれど、ここでは違う。

 静かに、着実に、国が動いている。

 私は、夜空を見上げながら、確信した。

 評価とは、求めるものではない。
 正しい場所で、正しい仕事を続けていれば、
 自然と、後からついてくるものなのだと。

 その事実を、私は今、初めて実感していた。
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