婚約破棄された公爵令嬢ですが、戻らなかっただけです

鷹 綾

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第四話 作られた噂

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第四話 作られた噂

「リュシエンヌ様って、やっぱり怖い方なのかしら」

「ええ、聞いたわ。妹君にきつく当たっているとか」

「王太子殿下もお困りらしいわよ」

囁き声は、まるで風のように静かに広がる。

けれど確実に、屋敷の廊下を、庭園を、社交界を巡っていく。

わたくしはその中心にいるのに、まるで当事者ではないかのように扱われている。

「リュシエンヌ様」

侍女が困った顔で近づいてくる。

「本日の茶会ですが、先方から急な辞退のご連絡が……」

「そう。体調でも崩されたのかしら」

「いえ……その……」

言いにくそうに視線を落とす。

理由は、わかっている。

体調ではない。

わたくしだ。

「構わないわ。無理にお招きするものではないもの」

穏やかに言えば、侍女はほっとしたように頭を下げる。

優しいですね、と言われる。

優しい。

その言葉が、最近はひどく空虚に感じる。


---

午後。

庭園での小さな集まり。

カイルが中心に立ち、セシリアがその隣で笑っている。

「お姉様もいらしたのですね」

セシリアがぱっと振り向く。

まるで今気づいたかのように。

「ええ、招待をいただいたから」

「まあ……お姉様はこういう場、お嫌いかと思って」

その言葉に、周囲が微妙な空気になる。

嫌いだなんて、言ったことはない。

けれど否定すればするほど、言い訳になる。

「嫌いではないわ」

「そうなの? わたくし、お姉様はいつも難しいお顔をしていらっしゃるから……」

くすくす、と小さな笑い。

貴族令嬢たちの視線が、わたくしに集まる。

「王太子妃になるお方は、もっと柔らかく微笑むものですわ」

誰かが言う。

「そうね。セシリア様のように」

カイルが、軽く頷く。

「リュシエンヌは真面目すぎるのだ」

その一言で、空気は決まる。

わたくしは、場違いな存在になる。

「失礼いたします」

静かに一礼して、その場を離れる。

背後で、セシリアの声が聞こえる。

「お姉様、怒っていらっしゃるのかしら……」

心配そうな声音。

けれどその奥に、微かな満足が混じっている。


---

夜。

執務室で帳簿を確認していると、父が入ってきた。

「最近、評判が良くない」

「……はい」

「妹に厳しいという噂が流れている」

「事実ではありません」

「だが噂は噂だ。王家に聞こえれば困る」

困るのは、家。

わたくしではない。

「どうすればよろしいでしょう」

父は腕を組む。

「しばらく社交の場を控えろ。セシリアを前に出す」

その判断は、早かった。

迷いもなく。

「承知いたしました」

胸が、静かに冷えていく。

わたくしの居場所は、またひとつ減る。


---

自室に戻ると、セシリアが待っていた。

「お姉様、今日はお疲れでしょう?」

微笑みは甘い。

「噂のこと、気にしていらっしゃるの?」

「気にする必要はないわ」

「そう。よかった」

セシリアは椅子に腰かける。

「でも、皆さまがわたくしのことを応援してくださるの。困ってしまいますわ」

「……」

「カイル様も、最近はわたくしに相談してくださるのよ」

その言葉は、さりげない自慢。

「お姉様は忙しくて、殿下とお話する時間も少ないのでしょう?」

忙しい。

家を守るために。

王家との契約を円滑に進めるために。

その結果、奪われるのなら。

わたくしは何のために動いているのだろう。

「お姉様は優しいから、怒らないわよね?」

またその言葉。

確認ではない。

試している。

「怒らないわ」

「やっぱり」

セシリアは立ち上がる。

「だから好きなの、お姉様」

扉が閉まる。

静寂。

鏡に映る自分を見る。

噂は、作られる。

涙と笑顔で。

事実など、必要ない。

信じたい物語があれば、それで十分。

王太子は、優しくて華やかな令嬢を望む。

社交界は、物語を求める。

そしてわたくしは。

物語にならない。

胸の奥の火が、少し強くなる。

優しい姉でいれば、波は立たない。

そう思っていた。

けれど。

優しさは、利用される。

噂は、刃になる。

そしてその刃は、静かに。

わたくしの居場所を削っていく。

嵐はまだ遠い。

だが確実に、空は暗くなっている。
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