『婚約破棄?結構ですわ。わたくしは何もしないで生きていきます』

鷹 綾

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第三十九話 戻らない距離

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第三十九話 戻らない距離

 王宮では、定例の会合が淡々と進んでいた。資料は簡潔で、発言は要点だけ。以前のように、誰かの反応を待つ間は生まれない。決める人が決め、動く人が動く。その距離が、自然に保たれている。

 ユリウスは議事を締め、最後に期限だけを確認した。評価は後回し、修正は次の回で。戻らない距離を保つことで、前進が止まらないと分かっている。

 王宮の外では、新しい婚約者が連絡の整理を終え、机を空にした。今日は追加の提案を出さない。必要がないからだ。関係は、触れない時間があってこそ続く。彼女はそれを、身をもって学んでいた。

 ヴァイセル公爵家では、午後の光が書斎を満たしていた。リュシエンヌは机に何も置かず、窓を開ける。風が入る。考えは来るが、捕まえない。戻らない距離を、自分の側から守る。

 侍女が控えめに声をかける。

「お嬢様、何かお決めになりますか」

 彼女は首を横に振る。

「決めません。今日は、離しておきます」

 判断を離すことは、放棄ではない。状況が自分の形を取り戻すまで、待つという選択だ。

 夕方、王宮から短い報告が届く。現場で完結、次は来週。
リュシエンヌは紙を畳み、返事を書かない。
完了は、触れないことで定着する。

 夜、ユリウスは一日の記録を閉じる。戻らない距離を保てた一日だった。誰かを呼び戻さず、誰かに背負わせず、前に進んだ。それで十分だ。

 同じ夜、新しい婚約者は予定表を白紙のまま閉じる。余白は、関係を軽くする。

 リュシエンヌは窓辺に立ち、遠くの灯りを見る。近づけない。引き寄せない。戻らない距離が、静かな安定をつくっている。

 距離は冷たさではない。戻らないと決めたからこそ、今が揺れない。その確信が、三人の足元を静かに支えていた。
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