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第四話 静かに包囲される王城
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第四話 静かに包囲される王城
王城の鐘が、正午を告げて鳴り響いた。
その音は、いつもと同じはずだった。
だが、今の王城においては、妙に重く、空気を押し潰すように感じられた。
マクシミリアン王太子は、その違和感に気づかない。
「父上は、まだ何も言ってこられないな」
執務室で、彼は悠然と椅子にもたれていた。
「つまり、最終的には私の判断を尊重するということだろう」
机の前に立つ側近たちは、沈黙を保っている。
誰も肯定しない。だが、否定もしない。
それを、マクシミリアンは「理解された」と受け取った。
「見ていろ。
いずれ公爵たちも、王家に逆らえぬと悟る」
その言葉が終わるか終わらないかのうちに、扉が静かにノックされた。
「殿下。司教様がお見えです」
「通せ」
入室してきたのは、教会の高位聖職者だった。
老いた司教は、余計な挨拶を省き、率直に口を開く。
「婚約破棄について、教会の立場をお伝えに参りました」
「聞こう」
マクシミリアンは、自信に満ちた表情で頷く。
「理由は、真実の愛――そう伺っております」
「その通りだ」
司教は、ほんの一瞬だけ、目を伏せた。
「教会としては、その理由を正当とは認められません」
室内の空気が、わずかに揺れた。
「……何だと?」
「婚約は秘跡に至る前段階ではありますが、
国家条約として、教会の承認を受けたものでございます。
感情を理由とする破棄は、無効です」
マクシミリアンは、鼻で笑った。
「教会も、ずいぶん古い考えに縛られているのだな」
その瞬間、側近の一人が息を呑んだ。
(言ってはいけないことを……)
司教は怒らなかった。
ただ、静かに告げる。
「であれば、教会は、正当な契約を破棄された側を支持いたします」
「……支持?」
「エノー公爵家を、です」
マクシミリアンは言葉を失った。
司教は一礼し、踵を返す。
「王太子殿下。
どうか、お考え直しを。
これは、殿下個人の信条で済む問題ではありません」
扉が閉じる。
しばし、沈黙。
「……大げさだ」
マクシミリアンは、そう呟いた。
「教会が何と言おうと、最終的に決めるのは王家だ」
だが、その言葉には、先ほどまでの確信はなかった。
一方、王城の外では、別の歯車が噛み合っていた。
エノー公爵邸には、すでに三通の書簡が届いている。
南方、東方、西方――
いずれも、公爵家からのものだ。
「予想より早いですね」
イザベルは、父の向かいに座り、静かに言った。
「ああ」
エノー公爵は、書簡を一通ずつ読み上げる。
「“王太子の判断は、同盟を軽んじるもの”
“前例とすることは許されない”
“共同での対応を提案する”」
イザベルは、頷くだけだった。
「……動きますか」
「すでに動いている」
エノー公爵は、書簡を揃える。
「我々は、怒らない。
ただ、契約に基づき、権利を主張する」
その言葉が意味するのは、武力ではない。
だが、武力以上に重い圧力だった。
一方その頃、ルクレツィア・ボルジア男爵令嬢は、浮かれていた。
王城の一室。
彼女は、王太子から贈られた小さな宝石箱を手にしている。
「殿下……」
頬を染め、胸元に抱きしめる。
(皆、わたくしを見る目が変わった)
(もう、疑う者はいない)
彼女は知らない。
それが「敬意」ではなく、
「距離を測る視線」に変わったことを。
その夜、ルクレツィアは、侍女にこう告げた。
「近いうちに、王太子妃としての準備が始まるはずよ」
侍女は、一瞬だけ言葉に詰まったが、すぐに頭を下げた。
「……かしこまりました」
だがその目には、怯えがあった。
翌朝、王城では密やかな噂が流れ始める。
「教会が、エノー公爵家を支持したらしい」
「他の公爵家も、動いている」
「……王太子殿下は、ご存じなのか?」
その噂の中心にいるのが、
ルクレツィア・ボルジア男爵令嬢であることを、
彼女自身だけが理解していなかった。
イザベルは、執務室の窓から王城を見下ろす。
(包囲は、もう完成している)
あとは、誰が最初に切り捨てられるか。
その答えを、彼女はすでに知っていた。
沈黙は、続いている。
だがそれは、嵐の前触れだった。
王城の鐘が、正午を告げて鳴り響いた。
その音は、いつもと同じはずだった。
だが、今の王城においては、妙に重く、空気を押し潰すように感じられた。
マクシミリアン王太子は、その違和感に気づかない。
「父上は、まだ何も言ってこられないな」
執務室で、彼は悠然と椅子にもたれていた。
「つまり、最終的には私の判断を尊重するということだろう」
机の前に立つ側近たちは、沈黙を保っている。
誰も肯定しない。だが、否定もしない。
それを、マクシミリアンは「理解された」と受け取った。
「見ていろ。
いずれ公爵たちも、王家に逆らえぬと悟る」
その言葉が終わるか終わらないかのうちに、扉が静かにノックされた。
「殿下。司教様がお見えです」
「通せ」
入室してきたのは、教会の高位聖職者だった。
老いた司教は、余計な挨拶を省き、率直に口を開く。
「婚約破棄について、教会の立場をお伝えに参りました」
「聞こう」
マクシミリアンは、自信に満ちた表情で頷く。
「理由は、真実の愛――そう伺っております」
「その通りだ」
司教は、ほんの一瞬だけ、目を伏せた。
「教会としては、その理由を正当とは認められません」
室内の空気が、わずかに揺れた。
「……何だと?」
「婚約は秘跡に至る前段階ではありますが、
国家条約として、教会の承認を受けたものでございます。
感情を理由とする破棄は、無効です」
マクシミリアンは、鼻で笑った。
「教会も、ずいぶん古い考えに縛られているのだな」
その瞬間、側近の一人が息を呑んだ。
(言ってはいけないことを……)
司教は怒らなかった。
ただ、静かに告げる。
「であれば、教会は、正当な契約を破棄された側を支持いたします」
「……支持?」
「エノー公爵家を、です」
マクシミリアンは言葉を失った。
司教は一礼し、踵を返す。
「王太子殿下。
どうか、お考え直しを。
これは、殿下個人の信条で済む問題ではありません」
扉が閉じる。
しばし、沈黙。
「……大げさだ」
マクシミリアンは、そう呟いた。
「教会が何と言おうと、最終的に決めるのは王家だ」
だが、その言葉には、先ほどまでの確信はなかった。
一方、王城の外では、別の歯車が噛み合っていた。
エノー公爵邸には、すでに三通の書簡が届いている。
南方、東方、西方――
いずれも、公爵家からのものだ。
「予想より早いですね」
イザベルは、父の向かいに座り、静かに言った。
「ああ」
エノー公爵は、書簡を一通ずつ読み上げる。
「“王太子の判断は、同盟を軽んじるもの”
“前例とすることは許されない”
“共同での対応を提案する”」
イザベルは、頷くだけだった。
「……動きますか」
「すでに動いている」
エノー公爵は、書簡を揃える。
「我々は、怒らない。
ただ、契約に基づき、権利を主張する」
その言葉が意味するのは、武力ではない。
だが、武力以上に重い圧力だった。
一方その頃、ルクレツィア・ボルジア男爵令嬢は、浮かれていた。
王城の一室。
彼女は、王太子から贈られた小さな宝石箱を手にしている。
「殿下……」
頬を染め、胸元に抱きしめる。
(皆、わたくしを見る目が変わった)
(もう、疑う者はいない)
彼女は知らない。
それが「敬意」ではなく、
「距離を測る視線」に変わったことを。
その夜、ルクレツィアは、侍女にこう告げた。
「近いうちに、王太子妃としての準備が始まるはずよ」
侍女は、一瞬だけ言葉に詰まったが、すぐに頭を下げた。
「……かしこまりました」
だがその目には、怯えがあった。
翌朝、王城では密やかな噂が流れ始める。
「教会が、エノー公爵家を支持したらしい」
「他の公爵家も、動いている」
「……王太子殿下は、ご存じなのか?」
その噂の中心にいるのが、
ルクレツィア・ボルジア男爵令嬢であることを、
彼女自身だけが理解していなかった。
イザベルは、執務室の窓から王城を見下ろす。
(包囲は、もう完成している)
あとは、誰が最初に切り捨てられるか。
その答えを、彼女はすでに知っていた。
沈黙は、続いている。
だがそれは、嵐の前触れだった。
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