ラノベでリアルに婚約破棄を描いてみたら、王家が傾いた

鷹 綾

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第八話 正当な請求

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第八話 正当な請求

 王城に、正式な書状が届いたのは正午を少し回った頃だった。

 封蝋は深紅。
 刻まれているのは、イザベル・ド・エノー公爵家の紋章――そして、その背後に連なる複数の公爵家の連印。

 それは挑発ではない。
 正当な手続きであり、避けようのない現実だった。

 国王は、書状を受け取ると、しばし無言のまま目を閉じた。

「……ついに、来たか」

 宰相は静かに頷く。

「公爵家連合名義です。
 内容は、想定通りかと」

 書状には、感情を一切排した文章が並んでいた。

――王太子マクシミリアンによる婚約破棄宣言は、
――エノー公爵家との国家条約を一方的に破棄する行為である。
――これにより生じた名誉の失墜、外交的信用の毀損、
――および軍事的均衡の崩壊について、正当な補償を求める。

 そこに、怒りはない。
 あるのは、冷徹な計算だけだった。

「廃嫡では……足りない、ということだな」

 国王の声は低かった。

「はい」

 宰相は即座に答える。

「廃嫡は王家の内部処理にすぎません。
 公爵家が求めているのは、国家契約違反に対する対価です」

「金か」

「それだけではありません。
 権限の譲渡、軍事同盟の再編、王家の政治的責任――
 すべて含めた“精算”です」

 国王は、深く息を吐いた。

「……すべて、あの愚かな男が壊した」

 一方その頃、王太子マクシミリアンは、この書状の存在すら知らされていなかった。

 自室を歩き回り、苛立ちを隠そうともせずに声を荒げる。

「なぜだ……!
 なぜ、誰も私の言葉を理解しない!」

 返事はない。
 もはや、彼の言葉を受け止める者はいなかった。

「公爵家など、結局は王家に仕える家臣だろう!
 父上が本気を出せば――」

 その言葉は、虚空に溶けた。

 現実では、公爵家はすでに“家臣”の立場を越えて動いている。

 エノー公爵邸では、別の意味で静かな緊張が満ちていた。

 イザベル・ド・エノー公爵令嬢は、長机の先に立ち、集まった諸侯たちを見渡す。

「本日、王家へ正式な請求を行いました」

 声は落ち着き、揺らぎはない。

「我々の目的は、復讐ではありません」

 一人の老公爵が、低く笑った。

「当然だな。
 これは感情の話ではない」

「ええ」

 イザベルは、はっきりと言葉を続ける。

「国家条約を感情で破棄できるという前例を、
 ここで必ず潰します」

 その一言で、全員が理解した。

 今回の争いは、一人の令嬢のためではない。
 貴族社会そのものを守るための戦いだ。

「王家が誠意ある対応を示せば、武力行使は不要です」

 イザベルは淡々と告げる。

「しかし、誤魔化すのであれば――
 我々は、正当な権利を行使するだけ」

 誰も反対しなかった。

 その裏で、教会からの密書も届いていた。

「司教会議の結論です」

 側近の言葉に、イザベルは目を通す。

「王太子の行為は、神聖な婚姻契約への重大な冒涜。
 破門も視野に入れる――」

 イザベルは、静かに紙を置いた。

「十分です」

 彼女は、復讐を望んでいない。
 ただ、当然の帰結を受け入れさせたいだけだ。

 夜、王城では国王が一人、書類の山に向き合っていた。

 どの案も、王家にとっては苦い選択だ。

 だが、逃げ道はない。

 遠く、王都の外では、公爵家連合の騎士団が静かに陣を整えていた。
 剣はまだ鞘の中。
 だが、それは“抜かない”という意思表示ではない。

 ――条件次第では、いつでも抜く。

 マクシミリアンだけが、まだ理解していない。

 自分の「真実の愛」が、
 国家を揺るがす請求書になっているという事実を。
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