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第七話 切り離される名
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第七話 切り離される名
王城に、静かな通達が回ったのは翌朝だった。
内容は簡潔で、しかし重い。
――ボルジア男爵家当主、王城への出仕停止。
――同令嬢ルクレツィア、王太子との私的接触を禁ず。
理由は記されていない。
だが、その沈黙こそが意味していた。
これは「調査」ではない。
すでに「処理」の段階に入っている。
マクシミリアン王太子は、その通達を手にした瞬間、紙を握り潰した。
「どういうことだ……!」
侍従は目を伏せたまま答えない。
答えられないのではない。答える必要がないのだ。
「父上は!? 宰相は!? なぜ、誰も説明しない!」
「……殿下」
ようやく口を開いた老侍従の声は、疲れ切っていた。
「これは、説明を要する段階を過ぎております」
その言葉が、マクシミリアンの怒りに火を注いだ。
「過ぎている? 何がだ!
私は王太子だぞ! 国王の次に偉い存在だ!」
老侍従は、はっきりと首を横に振った。
「“偉い”という概念で、物事が動いているのではございません」
それだけ言うと、深く一礼して部屋を出た。
残されたマクシミリアンは、理解できなかった。
なぜ、誰も自分に従わないのか。
なぜ、正しいはずの愛が、否定されるのか。
「……馬鹿げている」
そう呟いた彼は、すぐにルクレツィアのもとへ向かおうとした。
だが、王城内の通路で、はっきりと進路を塞がれる。
「殿下。これ以上は、お控えください」
騎士の声は、事務的だった。
「私の命令が聞けないのか?」
「申し訳ございません。
これは、国王陛下と教会の共同決定です」
その言葉で、ようやく異常さに気づく。
――教会。
マクシミリアンは、唇を噛み締めた。
一方、別室でルクレツィアは、司教と向かい合っていた。
昨日よりも、室内の空気は冷たい。
「本日をもって、あなたの“関与”は終了します」
司教の言葉は、宣告だった。
「え……?」
「王太子殿下との関係について、これ以上の聴取は行いません」
「そ、それは……無実だと認めてくださったのですか?」
希望を込めた声。
だが、司教は首を振った。
「いいえ。
“責任の所在”を、ここで固定するという意味です」
ルクレツィアの顔色が変わる。
「……どういう……」
「あなたは、政治判断に影響を与えた。
それ以上でも、それ以下でもない」
淡々と、しかし逃げ場のない言葉だった。
「殿下が愚かだった、ということですか?」
ルクレツィアは、縋るように問いかける。
司教は、一瞬だけ視線を逸らした。
「殿下が“理解していなかった”
それだけです」
その言葉は、優しさではなかった。
切り捨てるための整理だった。
「あなたは、王太子妃の器ではない」
はっきりと告げられた瞬間、ルクレツィアの中で何かが崩れた。
「……わたくしは、ただ、愛を……」
「愛は、免罪符ではありません」
司教は立ち上がる。
「本日中に、王都を離れなさい。
それが、あなたに残された唯一の慈悲です」
ルクレツィアは、言葉を失った。
王太子の隣に立つ未来。
王冠。権力。称賛。
そのすべてが、一瞬で消えた。
一方、エノー公爵邸では、静かな会合が開かれていた。
イザベル・ド・エノー公爵令嬢は、地図の前に立つ。
周囲には、他の公爵家の使者たち。
「王家は、王太子を切り離すつもりです」
イザベルの声は、冷静だった。
「ですが、それで終わらせるつもりはありません」
一人の公爵が、頷く。
「当然だ。
廃嫡で済む話ではない」
「ええ」
イザベルは、迷いなく続ける。
「これは、婚約破棄ではありません。
国家条約の破棄です」
その言葉に、室内の空気が引き締まる。
「正当な賠償と、政治的責任。
それが果たされるまで、我々は引きません」
誰も異を唱えなかった。
その頃、マクシミリアンは、王城の自室で独り立ち尽くしていた。
ルクレツィアに会えない。
誰も説明してくれない。
命令が、通らない。
「……なぜだ」
問いは、宙に消える。
彼は、まだ気づいていない。
自分が切り捨てられているのではない。
すでに――切り離された存在になりつつあることを。
理解しない者は、守られない。
それが、この国の“現実”だった。
王城に、静かな通達が回ったのは翌朝だった。
内容は簡潔で、しかし重い。
――ボルジア男爵家当主、王城への出仕停止。
――同令嬢ルクレツィア、王太子との私的接触を禁ず。
理由は記されていない。
だが、その沈黙こそが意味していた。
これは「調査」ではない。
すでに「処理」の段階に入っている。
マクシミリアン王太子は、その通達を手にした瞬間、紙を握り潰した。
「どういうことだ……!」
侍従は目を伏せたまま答えない。
答えられないのではない。答える必要がないのだ。
「父上は!? 宰相は!? なぜ、誰も説明しない!」
「……殿下」
ようやく口を開いた老侍従の声は、疲れ切っていた。
「これは、説明を要する段階を過ぎております」
その言葉が、マクシミリアンの怒りに火を注いだ。
「過ぎている? 何がだ!
私は王太子だぞ! 国王の次に偉い存在だ!」
老侍従は、はっきりと首を横に振った。
「“偉い”という概念で、物事が動いているのではございません」
それだけ言うと、深く一礼して部屋を出た。
残されたマクシミリアンは、理解できなかった。
なぜ、誰も自分に従わないのか。
なぜ、正しいはずの愛が、否定されるのか。
「……馬鹿げている」
そう呟いた彼は、すぐにルクレツィアのもとへ向かおうとした。
だが、王城内の通路で、はっきりと進路を塞がれる。
「殿下。これ以上は、お控えください」
騎士の声は、事務的だった。
「私の命令が聞けないのか?」
「申し訳ございません。
これは、国王陛下と教会の共同決定です」
その言葉で、ようやく異常さに気づく。
――教会。
マクシミリアンは、唇を噛み締めた。
一方、別室でルクレツィアは、司教と向かい合っていた。
昨日よりも、室内の空気は冷たい。
「本日をもって、あなたの“関与”は終了します」
司教の言葉は、宣告だった。
「え……?」
「王太子殿下との関係について、これ以上の聴取は行いません」
「そ、それは……無実だと認めてくださったのですか?」
希望を込めた声。
だが、司教は首を振った。
「いいえ。
“責任の所在”を、ここで固定するという意味です」
ルクレツィアの顔色が変わる。
「……どういう……」
「あなたは、政治判断に影響を与えた。
それ以上でも、それ以下でもない」
淡々と、しかし逃げ場のない言葉だった。
「殿下が愚かだった、ということですか?」
ルクレツィアは、縋るように問いかける。
司教は、一瞬だけ視線を逸らした。
「殿下が“理解していなかった”
それだけです」
その言葉は、優しさではなかった。
切り捨てるための整理だった。
「あなたは、王太子妃の器ではない」
はっきりと告げられた瞬間、ルクレツィアの中で何かが崩れた。
「……わたくしは、ただ、愛を……」
「愛は、免罪符ではありません」
司教は立ち上がる。
「本日中に、王都を離れなさい。
それが、あなたに残された唯一の慈悲です」
ルクレツィアは、言葉を失った。
王太子の隣に立つ未来。
王冠。権力。称賛。
そのすべてが、一瞬で消えた。
一方、エノー公爵邸では、静かな会合が開かれていた。
イザベル・ド・エノー公爵令嬢は、地図の前に立つ。
周囲には、他の公爵家の使者たち。
「王家は、王太子を切り離すつもりです」
イザベルの声は、冷静だった。
「ですが、それで終わらせるつもりはありません」
一人の公爵が、頷く。
「当然だ。
廃嫡で済む話ではない」
「ええ」
イザベルは、迷いなく続ける。
「これは、婚約破棄ではありません。
国家条約の破棄です」
その言葉に、室内の空気が引き締まる。
「正当な賠償と、政治的責任。
それが果たされるまで、我々は引きません」
誰も異を唱えなかった。
その頃、マクシミリアンは、王城の自室で独り立ち尽くしていた。
ルクレツィアに会えない。
誰も説明してくれない。
命令が、通らない。
「……なぜだ」
問いは、宙に消える。
彼は、まだ気づいていない。
自分が切り捨てられているのではない。
すでに――切り離された存在になりつつあることを。
理解しない者は、守られない。
それが、この国の“現実”だった。
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