ラノベでリアルに婚約破棄を描いてみたら、王家が傾いた

鷹 綾

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第六話 理解しない者

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第六話 理解しない者

 王城の夜は、深く、重かった。
 昼間に広がっていた噂や視線は、夜になると一層鋭さを増し、言葉にされない緊張として廊下に漂っている。

 マクシミリアン王太子は、その空気を「反発」と呼んだ。

「皆、変化を恐れているだけだ」

 国王の執務室から戻ったあと、彼は自室でそう吐き捨てた。
 父の言葉の意味を、彼は理解しようとしなかった。理解してしまえば、自分が間違っていたことを認めることになるからだ。

「真実の愛を否定する国など、滅びても構わない」

 その言葉は、独り言だった。
 だが同時に、彼の中で揺るぎない信念になりつつあった。

 そこへ、控えめなノックが響く。

「殿下……」

 ルクレツィア・ボルジア男爵令嬢だった。
 いつもより慎重な足取りで室内に入ってくる。

「呼び出しを受けましたの。
 事情聴取、だそうです」

 声は落ち着いているように聞こえたが、手はわずかに震えていた。

「問題ない」

 マクシミリアンは即答する。

「教会も、父上も、少し大げさなだけだ。
 君が悪く言われる理由など、どこにもない」

 ルクレツィアは、ほっとしたように微笑んだ。

「殿下がそう仰ってくださるなら……」

「当然だ。
 君は何もしていない。
 ただ、私を愛しただけだ」

 その言葉を聞いた瞬間、彼女の不安は、甘い期待へとすり替わる。

(そうよ……)

(わたくしは、愛しただけ)

(それが罪になるはずがない)

 二人の間には、奇妙な連帯感が生まれていた。
 だがそれは、現実から目を背ける者同士が寄り添う、脆いものだった。

 一方その頃、王城の別の区画では、まったく違う会話が交わされていた。

 国王、宰相、財務卿、そして教会の高位司教。
 誰も感情的ではない。

「事情聴取は、明日から始まります」

 司教が淡々と告げる。

「対象は、ルクレツィア・ボルジア男爵令嬢」

「王太子は?」

 宰相の問いに、司教は首を横に振った。

「殿下は、すでに政治的判断能力に疑義が生じています。
 まずは、影響源の切り離しを」

 その言葉に、国王は目を伏せた。

「……理解している」

 苦渋の声だった。

「彼女は、切り捨てられる」

 誰も否定しない。
 それは報復ではなく、処理だった。

 翌日、王城の一角で、事情聴取が始まった。

 小さな部屋。
 豪奢さはなく、壁には教会の紋章だけが掲げられている。

 ルクレツィアは、背筋を伸ばして椅子に座った。
 表情は、あくまで穏やかだ。

「お尋ねします」

 司教の声は、静かだった。

「あなたは、王太子殿下に対し、婚約破棄を勧めましたか」

「いいえ」

 即答。

「わたくしは、殿下のお心を尊重しただけです」

「では、“公爵家など不要”という発言については」

 ルクレツィアは、ほんの一瞬だけ言葉に詰まった。

「……殿下が、そう仰ったのですわ。
 わたくしは、ただ……否定できなかっただけで」

 司教は、書簡に目を落とす。

「“殿下のお心が最優先”
 “古い契約に縛られる必要はない”
 これらの言葉は、あなたのものだと記録されています」

 ルクレツィアの喉が鳴った。

「そ、それは……殿下を思って……」

「国家条約より、個人の感情を優先するよう、促したと?」

「違います!」

 思わず声が大きくなる。

「わたくしは、ただ……愛を……」

 司教は、そこで初めて顔を上げた。

「それが問題なのです」

 その一言が、ルクレツィアの胸を貫いた。

 一方、イザベル・ド・エノー公爵令嬢は、静かに書簡を読んでいた。
 教会から届いた、形式的な報告書だ。

「事情聴取が始まったそうです」

 侍女の言葉に、イザベルは頷くだけだった。

「そう」

 それ以上、何も言わない。

 彼女にとって、これは確認作業にすぎない。
 流れは、すでに決まっている。

 夜、マクシミリアンのもとに、報告が届く。

「殿下……事情聴取は、厳しいものになっています」

「馬鹿な」

 彼は苛立ちを隠さない。

「彼女は、私を想って行動しただけだ。
 それを裁くなど、間違っている」

 だが、その声に応える者はいなかった。

 マクシミリアンは、ようやく気づき始める。

 ――誰も、自分の言葉を肯定していない。

 それでも、彼は理解しなかった。

「……皆が間違っている」

 そう呟き、彼は一人、夜の王城に取り残される。

 理解しない者は、最後まで理解しない。
 そしてその無理解こそが、次に切り捨てられる理由になることを――
 彼は、まだ知らなかった。
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