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第十四話 静かな余波
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第十四話 静かな余波
王都に、日常が戻り始めていた。
市場は開き、商人たちは声を張り上げ、馬車はいつも通り石畳を鳴らす。
表向きには、何も変わっていない。
だが、空気は違った。
人々は、言葉を選ぶようになった。
「婚約」という二文字に、以前よりも重みを込めるようになった。
「……あの件以来、話が慎重になったな」
茶屋で、年配の商人が小さく呟く。
「王太子でも、ああなる。
なら、俺たちは尚更だ」
それは恐怖ではない。
理解だった。
一方、王城では、静かな再編が進んでいた。
宰相は、新たな王位継承体制の草案に目を通している。
次代の王を巡る話は、もはや感情論ではなく、安定性と信頼の問題として語られていた。
「……同じ過ちは、二度と許されませんな」
書記官の言葉に、宰相は頷く。
「許さないのではない。
起こせない仕組みにする」
法令。
記録。
教会との共同声明。
すべては、次の愚行を未然に潰すための楔だった。
エノー公爵邸では、祝宴は開かれなかった。
勝利を祝うには、この出来事はあまりに冷たく、重い。
イザベル・ド・エノー公爵令嬢は、書斎で一通の手紙を書いていた。
宛先は、名もなき地方の伯爵家。
内容は、婚約に関する形式的な助言だ。
「……これでよろしいかしら」
彼女は、書き終えた文を読み返す。
そこに、感情はない。
だが、誠実さはある。
婚約は、結ばれる前から守られるべきもの。
破る自由があるのは、正当な理由と合意がある場合のみ。
それを、次の世代に伝えること。
それが、自分の役目だと理解していた。
父であるエノー公爵が、静かに声をかける。
「多くの家から、相談が来ている」
「ええ」
イザベルは、筆を置いた。
「同じ恐怖を、二度と味わいたくないのでしょう」
「……お前は、前に出る気はあるか」
それは、政治の中枢に立つ覚悟を問う言葉だった。
イザベルは、少し考えてから答える。
「必要とされるなら」
野心ではない。
責任だった。
その頃、修道院では、同じ時間が別の形で流れていた。
マクシミリアンは、庭の手入れを命じられていた。
剣ではなく、鍬を手に。
土を掘り返し、雑草を抜く。
単純で、逃げ場のない作業。
「……こんなはずでは……」
呟いても、返事はない。
彼の名を呼ぶ者はいない。
肩書きも、過去も、ここでは意味を持たない。
修道士が、淡々と告げる。
「祈りの時間です」
マクシミリアンは、無言で従った。
祈りは、彼を救わない。
だが、時間だけは、等しく与えられる。
王城の鐘が鳴る。
それは、終わりを告げる鐘ではない。
次の秩序が始まったことを知らせる音だった。
イザベルは、その音を遠くに聞きながら、窓を開ける。
風は穏やかで、冷たい。
「……これでいい」
誰に聞かせるでもなく、そう呟いた。
愛は、否定されない。
だが、免罪符にもならない。
その当たり前が、ようやく王国に根付いた。
静かな余波は、確かに広がっている。
そしてそれは、剣よりも強く、
この国を縛り、守っていくのだった。
王都に、日常が戻り始めていた。
市場は開き、商人たちは声を張り上げ、馬車はいつも通り石畳を鳴らす。
表向きには、何も変わっていない。
だが、空気は違った。
人々は、言葉を選ぶようになった。
「婚約」という二文字に、以前よりも重みを込めるようになった。
「……あの件以来、話が慎重になったな」
茶屋で、年配の商人が小さく呟く。
「王太子でも、ああなる。
なら、俺たちは尚更だ」
それは恐怖ではない。
理解だった。
一方、王城では、静かな再編が進んでいた。
宰相は、新たな王位継承体制の草案に目を通している。
次代の王を巡る話は、もはや感情論ではなく、安定性と信頼の問題として語られていた。
「……同じ過ちは、二度と許されませんな」
書記官の言葉に、宰相は頷く。
「許さないのではない。
起こせない仕組みにする」
法令。
記録。
教会との共同声明。
すべては、次の愚行を未然に潰すための楔だった。
エノー公爵邸では、祝宴は開かれなかった。
勝利を祝うには、この出来事はあまりに冷たく、重い。
イザベル・ド・エノー公爵令嬢は、書斎で一通の手紙を書いていた。
宛先は、名もなき地方の伯爵家。
内容は、婚約に関する形式的な助言だ。
「……これでよろしいかしら」
彼女は、書き終えた文を読み返す。
そこに、感情はない。
だが、誠実さはある。
婚約は、結ばれる前から守られるべきもの。
破る自由があるのは、正当な理由と合意がある場合のみ。
それを、次の世代に伝えること。
それが、自分の役目だと理解していた。
父であるエノー公爵が、静かに声をかける。
「多くの家から、相談が来ている」
「ええ」
イザベルは、筆を置いた。
「同じ恐怖を、二度と味わいたくないのでしょう」
「……お前は、前に出る気はあるか」
それは、政治の中枢に立つ覚悟を問う言葉だった。
イザベルは、少し考えてから答える。
「必要とされるなら」
野心ではない。
責任だった。
その頃、修道院では、同じ時間が別の形で流れていた。
マクシミリアンは、庭の手入れを命じられていた。
剣ではなく、鍬を手に。
土を掘り返し、雑草を抜く。
単純で、逃げ場のない作業。
「……こんなはずでは……」
呟いても、返事はない。
彼の名を呼ぶ者はいない。
肩書きも、過去も、ここでは意味を持たない。
修道士が、淡々と告げる。
「祈りの時間です」
マクシミリアンは、無言で従った。
祈りは、彼を救わない。
だが、時間だけは、等しく与えられる。
王城の鐘が鳴る。
それは、終わりを告げる鐘ではない。
次の秩序が始まったことを知らせる音だった。
イザベルは、その音を遠くに聞きながら、窓を開ける。
風は穏やかで、冷たい。
「……これでいい」
誰に聞かせるでもなく、そう呟いた。
愛は、否定されない。
だが、免罪符にもならない。
その当たり前が、ようやく王国に根付いた。
静かな余波は、確かに広がっている。
そしてそれは、剣よりも強く、
この国を縛り、守っていくのだった。
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