ラノベでリアルに婚約破棄を描いてみたら、王家が傾いた

鷹 綾

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第三十一話 信頼という資産

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第三十一話 信頼という資産

 国は、ようやく「次の話」を始められる段階に入っていた。

 混乱の後始末ではなく、
 予防でもなく、
 積み上げの話だ。

 王城では、新王が評議会に新たな議題を提示していた。

「国庫の余剰分について」

 その言葉に、空気がわずかに引き締まる。

 余剰――
 それは、珍しい言葉だった。

「今回の一連の騒動で、
 軍の即応配備、条約再編、外交対応に備えた結果、
 想定より支出が抑えられた」

 宰相が補足する。

「各公爵家の協力が、非常に迅速でした」

 新王は、頷いた。

「それは、“忠誠”ではない。
 信頼だ」

 この国では、
 命令よりも、
 感情よりも、
 契約と予測可能性が重視される。

 だから、動きが早かった。

「余剰は、祝祭に使わない」

 新王の言葉に、異論は出ない。

「将来の“誤算”に備える」

 それは、堅実すぎる判断だった。

 一方、エノー公爵邸。

 イザベルは、新王から届いた正式な提案書に目を通していた。

「……共同基金、ですか」

 侍女が言う。

「公爵家と王家で?」

「正確には、
 王家・公爵家連合・教会の三者」

 基金の用途は明確だった。

 ――条約違反が起きた際の即時対応資金。
 ――戦争ではなく、調停を選ぶための資金。
 ――“感情的決断”を避けるための、時間を買う資産。

「賢明ですわ」

 イザベルは、即座に承諾の書簡を書く。

 この基金は、力の集中ではない。
 衝動を抑えるための安全装置だ。

 修道院では、名を失った男が、
 その話を聞き、静かに笑った。

「……俺が、最も嫌った仕組みだ」

 彼は、
 金が自由を奪うと思っていた。

 だが、違う。

 金は、
 考える時間を買うための道具だ。

 それを知らなかった。

 王都の商会では、商人たちがざわめいていた。

「共同基金だって?」

「信用が形になるってことだな」

 商人は敏感だ。

 国家が感情で揺れないと分かれば、
 投資は増える。

 信用は、
 目に見えないが、
 確実に利益を生む。

 王城では、基金設立の署名が進む。

 新王は、最後にこう付け加えた。

「この基金は、
 “誰かを救うため”ではない」

 評議員が、首を傾げる。

「では?」

「国を冷静に保つためだ」

 誰かを救う、という発想は、
 感情に引きずられやすい。

 冷静でいることこそが、
 最も多くを救う。

 イザベルは、署名を終え、静かにペンを置いた。

「……信頼は、溜められるのですね」

 侍女が聞く。

「ええ」

 彼女は、微笑む。

「そして、
 一度失えば、
 取り戻すのに何年もかかる」

 だからこそ、
 今は溜める時だ。

 王城の記録には、新たな項目が加えられる。

 〈共同基金設立〉

 派手さはない。
 だが、国の寿命を延ばす決断だ。

 修道院の若木は、さらに葉を増やしていた。

 名を失った男は、それを見て思う。

 ――王位は、資産ではなかった。
 ――信頼こそが、最大の資産だった。

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