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第三十話 通らなかった言葉
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第三十話 通らなかった言葉
北辺の嘆願が却下されてから、十日。
王都は、相変わらず静かだった。
だがその静けさは、もう「慣れ」ではない。
理解の静けさだった。
かつてなら、地方貴族の動きは噂になり、
「王権は揺らいでいるのではないか」
そんな憶測が市井を飛び交っただろう。
しかし今回は違う。
「ああ、あれ? 却下されたやつだろ」
「契約違反なら、そりゃ無理だ」
会話は、それで終わる。
感情も、期待も、入り込む余地がない。
王城では、新王が報告を受けていた。
「北辺の子爵家三家、異議申し立てはありません」
宰相の声は、淡々としている。
「周辺貴族も、追随せず?」
「ええ。
むしろ距離を置いています」
新王は、ゆっくりと頷いた。
「……賢明だ」
今回の処置は、
罰ではない。
見せしめでもない。
言葉が通らなかった、
それだけの話だ。
だからこそ、誰も騒げない。
エノー公爵邸。
イザベルは、王城から届いた定例報告に目を通していた。
「“再発の兆候なし”……」
その一文を読み、静かに紙を閉じる。
「当然ですわ」
侍女が言う。
「少し、あっけない気もします」
「ええ」
イザベルは微笑む。
「ですが、
あっけない政治ほど、強いものはありません」
誰かを打ち倒さず、
怒鳴らず、
恐怖も与えない。
ただ、通らないと示す。
それだけで、
多くの愚かさは自然と引き返す。
修道院では、名を失った男が、写本を閉じて外を見た。
「……言葉が通らない、か」
かつての自分は、
言葉が通らない時、
力を使えばいいと思っていた。
だが、今の国は違う。
言葉が通らなければ、
それ以上先に進めない構造になっている。
それは、彼にとっても、
もっとも厳しい形の否定だった。
王都の学舎では、新設された講義が始まっていた。
「今回の事例から学ぶべき点は?」
講師の問いに、学生の一人が答える。
「不満を持つこと自体は、否定されていない点です」
「その通り」
「ですが、不満を“権利”にすり替えた瞬間、
契約違反になる」
講師は、満足そうに頷いた。
学ばれている。
それが、何よりの成果だった。
イザベルは、久しぶりに何の予定もない午後を過ごしていた。
本を読み、
紅茶を飲み、
庭の木陰を歩く。
「……平和ですわね」
それは、皮肉ではない。
誰かの破滅に依存しない平穏。
王城では、新王が日報に短く書き記す。
「北辺事案、完全終結」
一行で、十分だった。
婚約破棄から始まった混乱は、
王位継承を揺らし、
諸侯の思惑を暴き、
内外の誤算を炙り出した。
だが第三十話の時点で、
この国ははっきりと示している。
――感情は語ってもいい。
――主張もしていい。
――だが、契約を越える言葉は、通らない。
イザベルは、夕暮れの空を見上げ、静かに確信した。
この国は、もう
「愚かさに振り回される段階」を終えた。
残るのは、
それでも愚かであろうとする者が、
どこまで自分を失うか――
ただ、それだけだ。
北辺の嘆願が却下されてから、十日。
王都は、相変わらず静かだった。
だがその静けさは、もう「慣れ」ではない。
理解の静けさだった。
かつてなら、地方貴族の動きは噂になり、
「王権は揺らいでいるのではないか」
そんな憶測が市井を飛び交っただろう。
しかし今回は違う。
「ああ、あれ? 却下されたやつだろ」
「契約違反なら、そりゃ無理だ」
会話は、それで終わる。
感情も、期待も、入り込む余地がない。
王城では、新王が報告を受けていた。
「北辺の子爵家三家、異議申し立てはありません」
宰相の声は、淡々としている。
「周辺貴族も、追随せず?」
「ええ。
むしろ距離を置いています」
新王は、ゆっくりと頷いた。
「……賢明だ」
今回の処置は、
罰ではない。
見せしめでもない。
言葉が通らなかった、
それだけの話だ。
だからこそ、誰も騒げない。
エノー公爵邸。
イザベルは、王城から届いた定例報告に目を通していた。
「“再発の兆候なし”……」
その一文を読み、静かに紙を閉じる。
「当然ですわ」
侍女が言う。
「少し、あっけない気もします」
「ええ」
イザベルは微笑む。
「ですが、
あっけない政治ほど、強いものはありません」
誰かを打ち倒さず、
怒鳴らず、
恐怖も与えない。
ただ、通らないと示す。
それだけで、
多くの愚かさは自然と引き返す。
修道院では、名を失った男が、写本を閉じて外を見た。
「……言葉が通らない、か」
かつての自分は、
言葉が通らない時、
力を使えばいいと思っていた。
だが、今の国は違う。
言葉が通らなければ、
それ以上先に進めない構造になっている。
それは、彼にとっても、
もっとも厳しい形の否定だった。
王都の学舎では、新設された講義が始まっていた。
「今回の事例から学ぶべき点は?」
講師の問いに、学生の一人が答える。
「不満を持つこと自体は、否定されていない点です」
「その通り」
「ですが、不満を“権利”にすり替えた瞬間、
契約違反になる」
講師は、満足そうに頷いた。
学ばれている。
それが、何よりの成果だった。
イザベルは、久しぶりに何の予定もない午後を過ごしていた。
本を読み、
紅茶を飲み、
庭の木陰を歩く。
「……平和ですわね」
それは、皮肉ではない。
誰かの破滅に依存しない平穏。
王城では、新王が日報に短く書き記す。
「北辺事案、完全終結」
一行で、十分だった。
婚約破棄から始まった混乱は、
王位継承を揺らし、
諸侯の思惑を暴き、
内外の誤算を炙り出した。
だが第三十話の時点で、
この国ははっきりと示している。
――感情は語ってもいい。
――主張もしていい。
――だが、契約を越える言葉は、通らない。
イザベルは、夕暮れの空を見上げ、静かに確信した。
この国は、もう
「愚かさに振り回される段階」を終えた。
残るのは、
それでも愚かであろうとする者が、
どこまで自分を失うか――
ただ、それだけだ。
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