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第三十四話 名前の重み
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第三十四話 名前の重み
王都に、久しぶりに“個人名”が話題として浮上した。
英雄の名ではない。
罪人の名でもない。
推薦者の名だった。
王城の評議会に、一通の正式な推薦状が提出される。
「エノー公爵家より、人材登用の提案です」
宰相の報告に、評議員たちが視線を交わした。
公爵家が人を推すこと自体は珍しくない。だが、今回の書面には、目を引く注記が添えられていた。
――任命後、特別扱いは一切不要。
――契約違反があれば、即時解任を認める。
――失敗した場合、推薦責任は公爵家が負う。
新王は、黙って最後まで読み、紙を閉じた。
「……覚悟がある」
名を出すという行為は、信用を賭けるという意味だ。
しかも今回は、成功しても特権はなく、失敗すれば推薦者が削られる。
それを承知で、名を差し出している。
エノー公爵邸。
イザベルは、推薦した人物の経歴を静かに確認していた。
実績は十分。能力もある。だが、万能ではない。
「失敗すれば、公爵家の名に傷が入ります」
侍女の言葉に、イザベルは頷いた。
「ええ。だから出すのですわ」
名を守るために、名を使わないという選択もある。
だがそれは、信用を溜め込むだけで、使わないということでもある。
「信用は、使われてこそ価値があります」
それに、今回の条件は明確だ。
守られるのは“人”ではない。
守られるのは“原則”だけ。
修道院では、名を失った男が、この話を遠くから聞いていた。
「……名前、か」
かつての自分は、名前さえあれば何でも通ると思っていた。
だが今は分かる。
名前とは、通用するかどうかを、繰り返し試される札だ。
通らなければ、ただの紙切れになる。
王城の評議会は、短い協議の末に結論を出した。
「任命を承認する」
理由は単純だった。
「条件が、国の原則と一致している」
特別扱いを求めない。
責任の所在が明確。
失敗を隠さない。
それは、この国が最も信頼する形式だった。
任命式は簡素だった。
拍手も、祝宴もない。
名前が読み上げられ、役職と責任が告げられる。
新王は、短く言った。
「あなたの名は、あなたの仕事で守られる」
それ以上の言葉は、必要なかった。
王都の市井では、こんな会話が交わされる。
「公爵家の推薦らしいな」
「じゃあ、安泰か?」
「いや……むしろ厳しいだろ」
その感覚こそが、この国の変化だった。
エノー公爵邸に戻ったイザベルは、報告書を受け取り、静かに息を吐く。
「……これでいい」
成功すれば、その人物の名が残る。
失敗すれば、公爵家の名が削られる。
どちらも、受け入れる。
庭に出て、イザベルは自分の名を心の中でなぞった。
イザベル・ド・エノー。
守られてきた名ではない。
使われ、試され、削られながら残ってきた名だ。
「……重いですわね」
だが、その重さを知っているからこそ、
軽々しく振り回さない。
名前とは、誇るものではない。
差し出し続ける覚悟の総量だということを、
彼女は誰よりも理解していた。
王都に、久しぶりに“個人名”が話題として浮上した。
英雄の名ではない。
罪人の名でもない。
推薦者の名だった。
王城の評議会に、一通の正式な推薦状が提出される。
「エノー公爵家より、人材登用の提案です」
宰相の報告に、評議員たちが視線を交わした。
公爵家が人を推すこと自体は珍しくない。だが、今回の書面には、目を引く注記が添えられていた。
――任命後、特別扱いは一切不要。
――契約違反があれば、即時解任を認める。
――失敗した場合、推薦責任は公爵家が負う。
新王は、黙って最後まで読み、紙を閉じた。
「……覚悟がある」
名を出すという行為は、信用を賭けるという意味だ。
しかも今回は、成功しても特権はなく、失敗すれば推薦者が削られる。
それを承知で、名を差し出している。
エノー公爵邸。
イザベルは、推薦した人物の経歴を静かに確認していた。
実績は十分。能力もある。だが、万能ではない。
「失敗すれば、公爵家の名に傷が入ります」
侍女の言葉に、イザベルは頷いた。
「ええ。だから出すのですわ」
名を守るために、名を使わないという選択もある。
だがそれは、信用を溜め込むだけで、使わないということでもある。
「信用は、使われてこそ価値があります」
それに、今回の条件は明確だ。
守られるのは“人”ではない。
守られるのは“原則”だけ。
修道院では、名を失った男が、この話を遠くから聞いていた。
「……名前、か」
かつての自分は、名前さえあれば何でも通ると思っていた。
だが今は分かる。
名前とは、通用するかどうかを、繰り返し試される札だ。
通らなければ、ただの紙切れになる。
王城の評議会は、短い協議の末に結論を出した。
「任命を承認する」
理由は単純だった。
「条件が、国の原則と一致している」
特別扱いを求めない。
責任の所在が明確。
失敗を隠さない。
それは、この国が最も信頼する形式だった。
任命式は簡素だった。
拍手も、祝宴もない。
名前が読み上げられ、役職と責任が告げられる。
新王は、短く言った。
「あなたの名は、あなたの仕事で守られる」
それ以上の言葉は、必要なかった。
王都の市井では、こんな会話が交わされる。
「公爵家の推薦らしいな」
「じゃあ、安泰か?」
「いや……むしろ厳しいだろ」
その感覚こそが、この国の変化だった。
エノー公爵邸に戻ったイザベルは、報告書を受け取り、静かに息を吐く。
「……これでいい」
成功すれば、その人物の名が残る。
失敗すれば、公爵家の名が削られる。
どちらも、受け入れる。
庭に出て、イザベルは自分の名を心の中でなぞった。
イザベル・ド・エノー。
守られてきた名ではない。
使われ、試され、削られながら残ってきた名だ。
「……重いですわね」
だが、その重さを知っているからこそ、
軽々しく振り回さない。
名前とは、誇るものではない。
差し出し続ける覚悟の総量だということを、
彼女は誰よりも理解していた。
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